花茶
神木と同じ名前の、静謐な少女を見つめる。
それって、どういうことなんだろう。儀式のときに神木と同じ名前を付けられるなんて、そんなこと、有り得るのかな。この地にとっては、普通のこと?
シオンを凝視していると、彼女の髪飾りに、一匹の青い蝶が舞い降りるのが見えた。
「蝶が……」
シオンが首を傾げると、その蝶は髪飾りから、彼女の指先へと、ひらりと移動した。
「ああ、甘菓子の匂いに誘われてきたのでしょう……」
「白い蝶も……?」
彼女が指先を湧水の方へと伸ばし、青い蝶を飛び立たせているのを眺めながら、今は見えない白い蝶の姿を思い浮かべた。
「蝶だけではなく、たまに小鳥も来るんです……ほら今も」
彼女の視線を辿ると、いつの間にかテーブルの甘菓子の傍に、つぶらな目の鳥が降りて来ていた。
小鳥と目が合い、高く柔らかな鳴き声が、その嘴から聞こえて、何だか口元が緩んだ。
小鳥が甘菓子を啄む横で、シオンの手が無言で甘菓子を包み込み、そのまま彼女の口まで運ばれて行く。
テーブルの甘菓子が、ゆっくりと減って行くのを見詰めたあと、手元にある湯呑みに視線を向けた。
お茶の中に、数枚の紫と白の花弁が浮かんでいる。
「……この花は、神木の?」
独り言のように零れた呟き。
「ええ。少し苦味がありますが、甘菓子を食べたあとに飲むと、ほんのり甘くなって美味しいんです」
先程までの声よりも、柔らかく微かに熱が籠った声に、瞬きをしてシオンへと視線を向ける。
彼女は湯呑みを口元から離し、ほっと小さく吐息をついた。
目を閉じて、お茶を味わっているみたいだった。
手元の湯呑みに視線を落とす。
持ち上げて、お茶に浮かぶ花弁を眺めたあと、そっと口に含んだ。
言われたほど苦くはない。逆に少し甘いような……。
甘菓子を先に食べたからか、苦味はほとんど無かった。
一口飲むと、すっきりとした感覚が体に染み渡り、鈍く疼き始めていた腹部の痛みが、消えたような気がした。
「美味しいですね」
シオンに対して、遠慮がちに笑いかけると、彼女の表情に色が灯った。
「……よろしければ、こちらをお持ちになってください」
彼女が、服の袖から花柄の巾着袋を取り出し、両手で差し出してくる。
「えっと、綺麗ですね?」
「神木の花を煮詰めた角砂糖です。……どうぞ」
差し出された巾着袋を見つめていると、彼女の手首が無理な姿勢のせいか、小刻みに揺れ出した。
「あ、ありがとうございます。頂きます!」
あたふたと巾着袋を受け取り、懐に仕舞う。
お茶を飲んで、気分を落ち着かせる。
しばらくぼんやりして、湧水の音に耳を傾けた。
なんだか、現実じゃないみたいだな。……なんで僕はここに居るんだろう。それに、神木守たちが戦っていた腐怪は、無事に浄化できたのかな……。
「あの、祭祀長様は、この地の境界に入ってきた腐怪がどうなったのか、知ってますか?」
窺うようにシオンを見ると、彼女の目が湧水のように微かに揺れた。
「祭祀長でいいですよ。……滞りなく、自然へと還りました」
「そう……なんですね」
……浄化できたってことで、いいのかな。問題がなかったなら良かった。
それなら、僕も早く護衛を探しに行かないと。
あ、祭祀長なら、海の場所を知ってるかも。
「急に失礼かもしれないんですけど、祭祀長は、海の場所を知ってますか? 探しているんです」
彼女は、手のひらに甘菓子を乗せて、小鳥に与えながら、小首を傾げて目を閉じた。
「海……ですか。余程の場所なのですね。……私も、見てみたいものです」
ゆっくりと目を開けた彼女の視線とぶつかる。
「……お役に立てず、申し訳ありません」
少しの落胆が顔に出てしまったのか、謝らせてしまい、慌てて口を開く。
「いえ! 海を否定しないでくれて、ありがとうございます」
そんな場所は無いと言われるより、断然希望がある。
そもそも、情報堂で見つけたじゃないか。広大な水の地。僕はその地に辿り着いてみせる。絶対に。
「あの、お茶、ありがとうございました。僕は、そろそろ行かないと」
腰掛けから半ば立ち上がりながらお辞儀する。
「……一つだけ。あまり力を使い過ぎない方がいいと思います。命に関わるような腐敗は特に……ご自愛ください」
真っ直ぐに向けられた視線に息を呑む。
父さんと同じことを……。
「はい。肝に銘じておきます。お世話になりました」
表情を引き締め、深く頭を下げた。




