父の手帳と海
情報堂の中庭が見える個室で、僕はゲンヤさんに質問攻めを受けていた。
「ティエラからアレースに着くまで、十年は旅してました」
「それは……地図が繋がらないのも納得ですね。ですが私は諦めませんよ! ティエラについて、覚えていること、手がかりになりそうな記憶! 全て! 教えてください!」
と、言われても……。
天井の木目を見て眉間に皺を寄せ、目を閉じて唸る。
「ティエラの神木には、赤っぽい、うーん、黄色っぽい実がなってたのは、ぼんやりと覚えています。あとは……」
旅に出てる父さんの帰りを、母さんと一緒に窓の外を眺めながら待ってたかも。
帰ってきた父さんが、最初に見せてくれるのはいつも、旅先で見てきたらしい、手帳の風景だったなぁ。
「あ……思い出した。ゲンヤさん。父の手帳を持ってるんですけど、もしかしたら、役に立つかもしれません」
ただ、書かれてる文字が、読めないんだよね……。
「そんなお宝を! 見せて頂けます?」
「良いですけど……読めますか? そもそも、文字なんでしょうか、これ」
鞄から手帳を取り出して机に置くと、ゲンヤが息を呑みながらページを開く。
そして、食い入るように文字を目で追い始めた。
居心地の悪い沈黙が続き、湯呑みのさざ波をじっと見詰める。
中庭の草花がお茶の波に映し出されている。
なんか落ち着く。
「分かりました!」
大きな声に目を丸くしてゲンヤを見る。
「……え? 読めたんですか!?」
「いえ、読めませんね。けれどこれは文字です。それだけは分かりました! なので、この手帳の内容、写させて頂けます? 持ち帰って、何か分かればお伝えしますから!」
あ、ゲンヤさんでも、読めなかったんだ……。
「良いですよ。終わったら返して貰えれば」
「では早速、堂主には伝えておきますので、好きに海を調べてください! 手伝えなくてすみませんね」
彼は半分腰を浮かせながらこちらを見て、頷きを返したら、そのまま慌ただしく去って行ってしまった。
◆◆◆
情報堂に篭って、片っ端から資料を読んだ。
最初の二日は当てどなく本棚を漁り、『海』を探した。
海よりも、シオンの地について詳しくなった気がしてきた時、情報堂にやってくる人たちが、色んな本を持ってきてくれるようになった。
それから数日、ついに見つけた。
窓から射し込む夕暮れの光に照らされた一文。
『広大な青い水の地から来たと言う行商人は、見た事もない品を、シオンに齎した』
椅子から身を乗り出して、文字を指でなぞる。
何度も読み返し、拳を握り締めた。
「あった……、見つけた……」
良かった。ここでも、見つからないんじゃないかと思ってた。
でも、広大な水の地はあるんだ。この世界のどこかに。
父さん、見に行こう。
段々と視界が陰って、意識が暗闇に溶けて行った。
◆◆◆
翌日、本を枕にしてしまったことに、恐れ戦きながら、情報堂にいた人たちに挨拶をすると、苦笑いで送り出された。
父の手帳が戻ってくるまで、旅立つことはできないため、護衛してくれる人を探すついでに、神木守堂で滞在することにした。




