情報堂
シオンは静かな地だ。まだ朝だからかもしれないけど。
小さな家が、小川や石畳から離れた場所に、点々としていた。
それでも、なだらかな丘を登るほど、露店が密集していき、人々の密やかな生活音が聞こえ始めた。
「シオンの空気は気に入りましたか? 私はね、商人ですが、それ以前にシオンの人間なんですよ。だからですかね、遠くの地まで旅をしても、最後にはここに戻ってくるんです。いじらしいと思いませんか? シオン様は、私に祝福を授けては下さいませんでしたけどね……」
何気なく見ていた橋から、ゲンヤに視線を戻した。
前を歩いている彼の顔は見えない。
だからこそ、その声に漂う哀愁、寂しさのような気配を感じてしまう。
「神木から祝福を受けた僕が言うことじゃないのかもしれないんですけど、祝福を授けられる、授けられないって、そこまで重要な意味がある訳じゃないと思うんです」
一呼吸置いて、もう一度口を開く。
ゲンヤが立ち止まって、ちらりとこちらに視線を向けてくる。
「だって、境界の内側なら、誰もが守られてるじゃないですか。ここなら、シオン様に。神木守もそうじゃない人も。ゲンヤさんは、シオン様に守られているはずです。僕はそう思います」
彼の細い目の圧にじっと耐える。
僕は胸を張って、力強く微笑んだ。
境界は常に揺らいでいる。いつ、どんなことがあってもおかしくはない。神木の守りが消えれば、真っ先に危険なのは祝福を授けられていない人たちなのかもしれない。でも、そのときは、僕たち神木守が、それぞれのできる範囲で、最期まで守り通してみせればいいと思う。
「……目が揺れていますよ」
息を呑んで、口元を押さえる。
えっ、嘘、本当に……?
うろうろと視線を彷徨わせた。
「冗談ですよ! 嬉しいことを言ってくれるじゃないですか! さあ、そろそろ着きますよ」
横に並んできたゲンヤが、僕の背を軽く押してくる。
たたらを踏んで歩き出しながら、前方を見た。
石畳が途切れた先には、森が広がり、その周りをしめ縄が囲んでいた。
特に目に付いたのが、二本の柱とその奥にある、石造りの階段だった。
どこに繋がってるんだろう。
階段の先を見上げても、木々が邪魔をして見えなかった。
「……あの先には、何があるんですか?」
「気になります? 情報はただでは無いんですが、今回は特別ですよ」
後ろを振り返ると、ゲンヤが悪戯げに微笑んでいた。
「祭祀場があるんです。正真正銘、シオン様のお膝元ですよ。ちなみに、祭祀長が過ごしている場所でもありますね。で、す、が、今から行く場所はこっちです」
ゲンヤの腕が大袈裟に動き、階段から逸れた場所にある、開放的な建物に向けられた。
「まずはティエラについて聞かせてくれますよね? 大丈夫、全部聞いた後、海でもなんでも調べられるよう、堂主に掛け合って差し上げますから! そして、なんと、私の助力も差し上げますよ! 一緒に情報堂の隅から隅まで、調べ上げましょう!」
ゲンヤの勢いに押されて、足が勝手に後退る。
いや、助かるけど、助かるんだけど! そうじゃないと思うのは、おかしいんだろうか……。
どうしていいか分からず、無意識に手が胸元の小瓶に触れていた。




