Glue
「でも、仕事をすることには変わりないっすよ」
「そやな。人事異動がどれほど効果あるか気になるわ。ジェイド、お前かて隊長になったし」
「そうっすね。今までの副隊長みたいに暇で、アイテム作りに没頭できそうにないっす」
「ヴォルフも隊長待遇やったけど、大して仕事らしい仕事もあれへんかったで?」
「有事でもない限り、隊長職は暇なんだよ。おれなんか、前の隊長に会ったことないぞ?」
「おれも2回くらい、式典のときしか会ったことないっす」
「そやから、武者修行の旅に行けるんよー。本隊の総務で聞いてんけど、隊長はずっと留学の名目で国外におんねんて」
「風の噂じゃ、留学先で免許5つ皆伝して叙勲しそうになったらしいぜ?」
「民間人やったらむこうで帰化して叙勲でけるけど、軍人やから帰ってきてん。留学終えて、こっちで本隊引き上げや。偉くなったなあ」
「その間、ヴォルフが隊長だったしな。本来の隊長がいないし、隊長は二人も置けないから臨時で隊長待遇だってな。それは聞いた」
「ジェイドも副隊長なったはええけど経験不足やさけ、長いこと名ばかりの副隊長やったやろ?」
「そうっすね。有事がないから、小さいクエストばっかりで昇格の機会も無かったっす」
「戦闘員で兵長以上になると武勲が関わるから、年功序列で昇格が難しいんだよな」
「平和なんはええことやけど、兵站職ばかり昇格やら異動やらで組織が腐るわな。わえなんか上がつかえとるさけ、ずっと隊長になれへん。そやから、師範代や薬学博士とかの別の肩書きが増えんねん」
「前の隊長が出て、その座にジェイドが収まった。いざ有事になったとき、この軍は大丈夫なのか?」
「が、頑張るっすよ!」
「本隊ばっかり人事異動やらで、分隊まで見えてへんのも問題や。仕事しやん室長をずっとほかっとったし」
「みんな、お茶でもどうですかー?」
話題に入らなかったセーラがお盆に人数分の茶を淹れて現れた。
「おう、貰うぜ」
「ありがとうっす」
「ど、どうやって飲めば良いんだ?」
「何な、気が利くやんけ」
「ガモットさんのところでもやってますよー」
「食うだけとちゃうんけ?」
「ひっどーい!セーラだってお茶くらい淹れますよー」
「あのときはずっと菓子食うてたろ?」
「ガモットさんが淹れるって言うから!」
「まあまあ、いいじゃねえか。みんなで茶を飲もうぜ」
「せっかくですけど、セーラは教会に戻らなきゃいけないので帰りますねー」
「おう。また暇なときにでも遊びに来いよ」
お盆を傍らのデスクに置くと、セーラは事務室を後にした。
「ほいで、この部署もどうなることやら」
「私は総務全般と、資材と調達の業務のほとんどをヴァーラさんに任せます」
「そこの仮面はどないすんの?」
ガモットは、仮面の口でティーカップと格闘する長谷川に視線を遣る。
「ハセガワさんには簡単な総務と経理の業務から始めてもらって、徐々に業務を覚えていってもらおうかと」
「何な、戦力になってもらうんか」
「はい。こちらにいらっしゃる間はミステリオさんとして行動していただかないといけませんし」
「この部署の業務量はヤバいぜえ?セネなんてずっと家に帰れなかったんだからな」
「……俺、帰れなくなるのか。くそっ、今度は仮面が脱げない!」
長谷川は頭に被せられた仮面を脱ごうと藻掻くが、首を絞めるように囲うリングと南京錠がそれを阻む。
「おいおい、鍵を盗まれたら逃亡しちまうかもな。そうだ、仮面を脱げないようにしちまおうぜ!」
「そうですね。万が一に備えて」
「や、やめてくれ……!ただでさえ仮面を丸一日被りっぱなしでも辛いのに!」
「ちょうど、ガモットさんから貰った接着剤があるっす。おれの顔と虎の皮をくっつけてた」
ジェイドは腰のポケットから紫色の小瓶を取り出す。中は粘性を帯びた液体で満たされている。
「準備がええな。よっしゃ、ジェイド。ハセガワを押さえろ」
「はいっす!」
「えっ、ちょっ、冗談だろ!?止めろ!止めてくれっ!」
床に押さえ付けられ、身動きができなくなる長谷川。ジェイドから接着剤を受け取ると、ガモットは仮面の接合部に中身を垂らした。
「止めて、止めてくれええ!!!!」
「何な、かなり入っとるやんけ」
「はいっす。ガモットさんの接着剤は強力で、数滴でこの間まで虎皮がくっついてました」
「流石、わえの自信作やわ」
「ぎゃああああ!!!!」
接着剤は速乾性もあるようで、仮面の接合部の隙間が接着剤の凝固であっという間に埋まってしまった。
「仮面が取れへんようなったら、この鍵も要らんわな。接着剤もちょうど残っとるし」
「止めろおおおお!!!!」
長谷川の叫びも虚しく、南京錠の鍵穴も接着剤が塞いでしまう。
「さて、終わったで。因みにジェイド、剥離剤はあるんか?」
「無いっす。剥がす気もなかったんで、使わずに行方不明っす」
「そ、そんなぁ……!」
力無い手で、仮面となった自らの顔を撫で回す長谷川。隙間など初めから無く、一枚の鉄板のように長谷川の頭を包み込む。
「ううっ……ううっ……狭いよう、重いよう、暑いよぅ、臭いよう、痒いよう……取れないよう、取ってくれえ!!!」
泣き言を漏らしながら床に頭を打ち付けるも、精錬された鉄の仮面はびくともしない。
「うっ、ううっ……取れない……」
「泣くんじゃねえよ」
「酷いよ!狼の皮が脱げてから、鏡で自分の顔も見てないのに!」
「でも、こうして新しい顔になれた仲間が増えたっすね」
「そうですね。私は狼に、ジェイドさんは虎に」
「俺だけ仮面じゃないか!一生脱げない仮面って不衛生だし、第一、食事はどうするんだよ!?さっき、食事のときは取ってくれるって言ったじゃないか!」
「呼吸する穴から水と洗剤を入れて洗えば良いんじゃねえか?」
「食事はわえが液体の栄養剤を作ったるわ」
「私も料理に自信がありますので、お作りして仮面の口から食べられるようにしますね」
「おれも仮面が脱げなくなって、長いこと被ったままの生活をしたことがあるっす。仮面生活で困ったら相談に乗るっすよ」
「おう、良かったな。みんな協力してくれるって」
「ちっとも良くないよ!」
仮面の下の顔は涙に濡れて憤怒に満ちているだろうが、無機質かつ厳つい表情の仮面がそれを隠す。
「何か、仮面が脱げないようになってから性格が変わってないか?」
「そうっすね。声から感情が読み取りやすくなってるっす」
「そりゃそうだよ!仮面で顔が見えなくなっちゃったし、声も張らないと籠って聞こえないでしょ!」
「それにしても、仮面の男になってから随分と口数が増えたぞ?」
「あー、それは分かる気がするっす。おれも素顔で闘技場に出てたときは恥ずかしくって喋れなかったっすけど、マスクマンになってから今みたいに喋るようになったんす」
「そういうもんなのか?」
「マスクマン仲間もそんな感じだとか言ってたっす。飲み会もマスクを被ったままのほうが盛り上がったすね」
「顔を隠しても本音はさらけ出す、仮面って不思議なんだな」
ぺしぺしと、長谷川の仮面を叩くヴァーラ。
「ちょっと、止めてよ!死角から叩かれると怖いし、音が響くんだから!」
「おっと、悪い悪い!すまんな、えーと……仮面くん」
「長谷川だよ!」
「いいえ、あなたはこれからミステリオ・マスカレドとして生きていきます」
「そんな!俺は長谷川だ!」
「仮面が脱げなくなっちまったんだ、その仮面の名前で生きてくしかねえだろ」
「誰が脱げなくしたんだよ!?」
「観念せえ。ハセガワっちゅー名前はこの世界に存在しやんさけ、仮面なしでは生きていかれやん」
「だからって、脱いだって良いじゃないか!」
「良かったなら、最初から鍵を預けてました。しかし、鍵を預けたら仮面を外して逃げ出しますでしょう?逃げ出した先でどうするつもりでしたか?」
「それは……」
「そもそも存在しなかった人間が、言葉も分からないで生きていけるとは思えねえな」
「万が一、軍で素顔を見られたらどうなるか分からないっす」
「まあ、牢獄行きだろうな。間者認定されて身の潔白や事情を説明しようにも、言葉が通じねえから無理な話だ」
「仮面に生かされとるっちゅーこっちゃ」
「ある意味、仮面の奴隷だな」
「……………………」
どう転んでも仮面が脱げない現実を受け入れざるを得ないせいか、自身の内で消化するために黙り込む長谷川、もといミステリオ。
「まあまあ、狼のマスクをずっと被って生きてきたんだから、鉄仮面の生活にもすぐ慣れるぜ」
「そうかなぁ……最後に、思い切りシャワーを浴びたかったなぁ……」
「そう言いな、えーと、ミ……ミステリオやったか?」
「長谷……ミス、テリオです」
「何か、違和感だよなぁ」
「そうっすね。仮面はカッコいいけど、喋り方と体つきが合ってないせいか……」
「そやな。ミステリオっちゅー、固い名前も合わんな」
「消えたアイツを思い出すけど、『仮面くん』って呼びたくなるんだよな。おれもさっき言っちまったし」
「それが合ってるっすね。何か、可愛いからそう呼びたいっす」
「そう、だね……じゃあ、俺のことは仮面くんってことで」
ミステリオの呼び名が仮面くんに決まったようだ。




