Naught
「……ここにいたか!」
「え、ジェイド?」
開かれた扉の先には、虎頭のジェイドが立っていた。しかし、部屋を飛び出したときと様子が違う。
「ジェイド、怪我してる?」
白い毛皮の虎頭は血に塗れ、ジェイドは肩で息をしているようだった。
「待って、ジェイドくん!」
すかさず、痩躯の優男がジェイドに駆け寄る。
「マット?」
「あ、セーラちゃん。久しぶりー」
「何でマットまで……てか、どういうこと?何がどうなってるの?」
「分からないよー、ジェイドくんが血だらけで倒れてたんだー」
「え、血だらけ?」
「おれから説明するっす……」
肩に触れたマットの手を振り払うと、ジェイドはかめんちゃんに向き合う。血塗れの虎頭の眼窩から、怒りを湛えた目が覗く。
「さっき会ったね、ベセドリ」
「そうだな、グルヅァテ」
「グルヅァテっちゃ、かめんちゃんの本名だっけか?」
「そうっす……こいつはおれの幼なじみで、長いこと会ってなかったっす……だけど、今さっき再会したっす」
「血だらけなのに、よく立ってられるね」
「うるせえ」
ジェイドは血混じりの唾をかめんちゃんの足元に吐き捨てる。
「グルヅァテ、何のつもりでここに来た?」
「何って、ベセドリを追ってだよ」
「おれ?思い当たる理由は見つからねえが、おれと会ったなら何でまだここにいる?」
「さあね」
「答えろ!そして、ヴォルフさんを奪ったのは何でだ!?」
「ヴォルフさん?ああ、あの狼さんね。あの人はついでだよ」
「ついで?」
「うん。本命はあなた、ベセドリ。狼さんはあなたを探しているときに会ったの」
「じゃあ、何で……?」
「だって、外れかけの仮面を見たら外したくなるじゃない?」
「……てめえ!」
ジェイドは一気に間合いを詰めると、かめんちゃんの鉄仮面を鷲掴みにした。指を暗い仮面の眼窩に掛ける。不思議と、かめんちゃんは抵抗する素振りさえ見せない。
「……今度は負けねえ!」
仮面に掛けた指に力を込めると、仮面を固定していた金属製の鍵とリングが独りでに崩壊した。壊れた鍵は鈍い音を立てて床に落ちる。
「……村一番の仮面外し、流石だね」
「うるせえ!お前の素顔、暴いてやる!」
仮面を引き剥がすように腕を振るうジェイド。次の瞬間、かめんちゃんの頭から厳つい鉄仮面が外された。
「……どうだ!」
ジェイドの手には空になった仮面が握られている。今さっきまで装着者であったかめんちゃんの素顔は暴かれるはずだった。
「……え?」
「どっただや?」
「ど、どういうこと?」
一同はかめんちゃんの素顔に注目する。しかし、晒されたものは顔でなかった。
「真っ黒な闇だっぺよ……」
目の前に、ローブを宙に浮かせた黒い塊が現れたのだ。人間の手指であったものも黒く、不定形な気体の塊に変化している。
「……やっと外れた。みなさん、どうですか、私の素顔は?」
どうやって発声しているのか不明だが、目の前のかめんちゃんであった黒い塊から声がする。
「グルヅァテ、お前……」
「ベセドリ、私はどんな顔してる?みんな、びっくりしてるから、ブスなのかな?」
「い、いやぁ……」
最早、美醜を問う段階ではない。目も鼻も無い、無機質な黒い塊なのだから。
「誰か、鏡を持っていますか?私、自分の顔を見たいんです」
「いんやぁ、あだしも鏡ば持ってねえだ……セーラ、いしは?」
「私も無いです……」
「おれ、あるよー」
マットがポーターバッグから手鏡を取り出し、黒い塊に向けた。
「……これが、私?いっ、いっ、いやあああああああ!!!!!!!!」
どこが目に相当するのかは判りかねるが、どうやら自らの姿を視認したのだろう。黒い塊が鼓膜を突き破らん限りの悲鳴を上げたと同時に爆発した。
「うっ、うわぁ!」
マットが持つ手鏡が一瞬でひび割れる。黒い塊が部屋中に広がると、辺りは光もない暗闇に覆われていく。
「み、みんな、どこにいるのー!?」
「マット!あんたが鏡を見せるからこうなったんでしょ!」
「ゴメンよー!こうなるって分からなかったんだー!」
「頭が割れるように痛いっす……!」
暗闇はかなりの重さを持つらしく、頭からプレスされるようだ。ジェイドは立ち続けられず、その場に踞った。
「この暗闇はあだしの黒魔術と同しだ……したっけ、いしら!近くにあるもんさしっかり掴まってろ!」
アイーシャが指先で宙に紋様を刻むと、先ほど召喚したものより大きなブラックホールが現れた。
「うっ!」
「か、体が吸い込まれるよー!」
「た、耐えるっす……!」
「分身の体だっけ全力は厳しいけっどが、暗闇ば吸い込むくらいは出来っぺ!みんな、辛抱しつくろ!」
アイーシャが喚んだブラックホールが暗闇を吸い込んでいく。




