Reflection
「そう来ましたか。その攻略法は正解です」
かめんちゃんはアイーシャに向き直る。
「私は攻撃が出来ないです。出来ない代わりに、相手の攻撃を反射することが出来ます。その反射ですが、相手の攻撃の逆方向にしか反射が出来ません」
アイーシャに歩み寄る、かめんちゃん。
「反射された攻撃の方向までは操れません」
「な、何なだや?」
「つまり、そういった対策法がない限り、私には攻撃できません」
厳つい無機質な仮面がアイーシャを見上げる。
「反射を防ぐ術が出来た以上、私は攻撃を塞がれたようなものでして勝ち目はありません。あなたがたの形勢逆転です」
表情は読み取れないもの、仮面の下でも余裕は感じているのだろう。見上げた仮面の、鉄板に触れた声からそう感じられた。
「やげに大人しいどな。おう、一つ、訊いていいか?」
身構えながらアイーシャが訊ねる。
「何ですか?」
「お前さんがハセガワさんば狙う意味は何だ?」
「狙う?」
「狙ってんだべよ、でねぎら、ここまで来めえや?」
「そうですよね」
かめんちゃんは視線を落とし、正面を向く。
「私がここにやって来た理由、それはこれです」
自らの頭部、仮面を指差すかめんちゃん。
「これ、外れないんです」
かめんちゃんは首もとの南京錠に触れる。
「外れないって、鍵は?」
「ありません」
南京錠の、鍵を挿入する部分を見せる。挿入口は錫と思しき軽い金属を溶かしたもので潰されていた。素肌を無傷のまま、鉄製の仮面やリングだけを破壊するのはほぼ不可能だ。
「仮面を被せて鍵をかけた後、鍵も壊したようです」
「壊したようですって、何も知らない風だけど……?」
かめんちゃんの表現に違和感を覚えるセーラ。
「ええ、何も知りません。被せられたときの記憶もありません」
「したっけ、じゃあ。いしはどこの者だ?」
「私は……パーゾンナ村の出身のはずです」
「はずっちゃ、いしの出身地なだべ?なんで知らねえ風に言うだ?」
「実は、仮面の人間になる前の記憶も曖昧なのです」
「どういうこと?」
「気がついたら仮面を被せられていて、私の人生のスタートで覚えているのはパーゾンナの外れにいたことです」
「……詳しく話してみろ」
念のために魔法を発動させたまま、アイーシャは構えを解く。かめんちゃんからも攻撃の気配は無いようだ。
「目を開けたときに頭が重かったことは今でも覚えています。重い頭に触れると、冷たい鉄の感触がしました。最初は焦りました。自分の頭にいきなり仮面が被されていたので、必死になって脱ごうと藻掻きました」
かめんちゃんは自らの仮面を脱ごうとする。しかし、首のリングが顎に引っ掛かって脱げそうにもない。
「仮面が脱げなくて、のたうち回って泣いていました。そのときに、彼が現れたのです」
「彼って?」
「ベセドリ、こちらでは何と呼んでいるのでしょうか……そのときは、彼は犬を模した仮面をしていました」
「現れたのも仮面の人物!?」
「もしかすっと、その犬の仮面はジェイドかもな」
「こちらではジェイドという名前なのですね」
「ああ。こさ来るのは自分の故郷の人間だっちけ、いしもジェイドと同じ村出身なだべや」
「はい。私は彼と同じ村で育ちました」
「ジェイドが語ってたっけ、いしらの村は仮面の集落なだべ?」
「はい、既にご存知の通りです。仮面が外れないで泣いている私を、彼は優しく慰めてくれました。仮面の姿は村では通常のことなので、気にすることはないと言ってくれました」
「仮面姿が普通って信じられないし」
「異文化だっぺよ」
「彼も仮面を固定している紐を固く結びすぎて解けずに、1週間も過ごしていたと笑い話もしてくれました」
かめんちゃんは自らの仮面に触れる。
「ベセドリは私を自分の家に連れていってくれました。そこから、私は彼の家で過ごすことになります」
「凄い早い展開だね。草むらで出会ってから居候まで」
「彼の家、そもそも集落がよそ者に対して排他的です。集落を訪れる者も全くいませんけどね。そんな中で、よく私を受け入れてくれたと思います」
「んでもよ、いしとジェイドは何で村ば出ただ?」
「ベセドリが集落を出たからです」
「ジェイドが?何でだ?」
「彼は下の顔を見せてしまったからです」
「下の顔って?」
「こちらでは『素顔』と言いましたね。仮面の下の顔です」
「いしの村では、素顔ば見せたら駄目なのげ?」
「はい。見せてしまえば、死罪は免れません。彼はまだ若かったので、集落からの追放で済みました」
「何で素顔を見せちゃ駄目なの?」
「集落の長老が言っていたことですが、集落にはこんな考えがあります。人間は生まれたときから罪深く、目や口から災禍を撒き散らすと」
「とんだ性悪説だっぺな」
「その考えから、集落では生まれたときから仮面を被って生活をしています」
「全員が仮面って、何か怖い……」
「慣れてしまえば何てことはないですよ。自身も仮面ならば条件も同じなので、素顔で生活するのと変わらないです」
「そうは言うけどさ……でも、確かに仮面の相手でこっちが素顔なら怖いかも」
「今、私は怖いですか?」
「ちょっとね……何か、得体が知れないしさ」
「じゃあ、これを使ってください」
かめんちゃんが取り出したのは、一枚の仮面だった。身に纏っているものと同じく金属製だが、デザインは口が大きく開かれているものだった。
「これは……?」
「大丈夫です。一度も使ってませんので」
「いや、そういうことじゃなくて、これは何?」
「食事用の仮面です。私がカモフラージュで持っているものです」
「しょ、食事用って……」
「試しに、着けてみてください。大丈夫、外れなくなるということはありませんから」
「そ、それじゃ……」
恐る恐る、差し出された仮面を顔に着けるセーラ。金属のひんやりとした感触が頬に当たり、真一文字に細く遮られた視界に目が戸惑った。
「どうですか、仮面を着けた感じは?」
「何だろ、不思議な感じ」
後頭部にある革製の紐と金具で固定し、唇だけが金属に覆われていない状態になった。固定具が髪に隠れる。頭を振り回しても外れそうにもなく、装着したら安定感があるようだ。
「お似合いです。良かったら、差し上げますよ」
「いや、いいかなぁ……」
「バトルシスターなんだっぺから、防御力も上がっぺな」
「そうかなぁ……じゃあ、次の戦闘から仮面キャラで」
「仮面の者同士、条件が揃いましたね。あらためて、私は怖いですか?」
「あ、ううん。さっきより怖くないかも」
「仮面の相手には仮面を用いると恐怖感が和らぐんです」
「ほんで、いしはジェイドば追っかけて来たんだべ?」
「ええ。ベセドリ、そちらではジェイドですね。彼を追いかけて私も集落を出ました」
「ジェイドが村ば出た後、ひとっつも便りば寄越さながっただべ?よぐ、ここが分がったな」
「初めは手探りで、私が最初に行き着いたのは首都でした」
「まあ、最初は大きい街に行ったほうが情報は掴みやすいかもね」
「ええ。私も街で彼の情報、どんな些細なことでも集める毎日でした」
「しかし、よぐ分がったと思うだ」
「私も奇跡、かなりの幸運だったかと思います。首都で開かれていた拳闘会で、ベセドリを見つけたんです」
「拳闘会?ジェイドってば、そんなのに出てたんだ」
「ヴァーラが昔、そんな仕事してたって聞いたときあんだけっどが、ジェイドもけ」
「ええ。下の顔にメイクをして出場してました」
「でも、素顔じゃジェイドって分かんなくない?」
「それが、私には分かるんです」
「どってだ?」
「私たち、集落の人間には特殊な力があります。どんなに分厚い仮面でも、下の顔が透けて見える能力です」
「え、じゃあ、セーラ、仮面してる意味なくない?セーラの顔も見えてるの?」
「はい、見えてます。しかし、そちらが私と条件を合わせる意味では仮面も意味があります。ベセドリはメイクを施そうが、集落で見えていた顔と変わりありませんでした」
「したっけ、いしはジェイドば追っかけただが?」
「それが、出来ませんでした。その拳闘会は一度きりで、その後のベセドリの行方も分かりませんでした」
「それって、ジェイドが入隊したからじゃない?」
「だな、それっていつのときだ?」
「10年近くなります」
「ビンゴだね」
「んだ。ジェイド、入隊10年目の式典さ出てたっけ」
「それから、どうしたの?」
初めて被る仮面の視界の狭さに手こずりながら、セーラはかめんちゃんに訊ねる。仮面の下の目は開口部に合わせて細めていた。
「身寄りがなくて首都をふらふらとしているのにも限界が来たので、私も衣食住環境が揃っている仕事を探しました」
「仮面の子を雇うところも無さそうだよねぇ……」
「あんめーや」
「ちょうど、分隊で兵職を募集していたのでこちらにやってきました」
「兵職でも軍属でも分隊なら住むとこもあっし、賢い選択だっぺな」
「そして、私は入隊試験を受けました」
「試験って……」
「筆記は難なく、こちらの言葉を習った記憶はありませんがスラスラと問題が解けました。実技試験も受けましたよ」
「実技もって、希望の職種は何だったの?」
「バトルシスターが第一志望でしたが、途中で魔導士に変更しました」
「バトルシスターは倍率が高いからね。採用も少ないし」
「魔導士は基幹職だがら、いぐらいでも困んねえしな」
「そして、面接で落ち続けました」
「そらそうだっぺ」
「仮面の子はスパイかもしれないからね」
「それでも、何とか試験に合格しました」
「いや、したんかーい!」
訥々とした身の上話でしんみりとした雰囲気に、場違いなツッコミが響く。
「そのとぎの面接官っつーか、セキュリティが甘々だったんだべな」
「無事に入隊した私は、ミステリオ・マスカレドという名前を名乗ることになりました」
「あ、聞いたことあるかも。まだセーラが卒業間近で学科にいたとき、基礎科目の授業で名前だけ」
「したっけ、そんとぎに会ってただ?」
「ううん、いつも欠席で会ったことはなかったな」
「奇異の目に晒されることが明らかだったので、軍には名前だけ登録してました。授業も登録すれど、全く出席してません」
「まあ、仮面の子がいたらセーラも覚えてるし……じゃあ、まだ養成学校は卒業してないってこと?」
「してません。猶予期間の上限まで出席しませんでしたが、最近になって出席せざるを得なくなったのでこちらに来ました」
「したっけ、ジェイドの行方も知っただか?」
「ええ。私がベセドリの行方を知ったときには、彼は既に一等兵より昇進して実戦に出ていました」
「ということは、行方を知っていてもずっと会えてなかったの?」
「はい。ですが、今日、今さっき彼と会いました」
「今さっき?」
セーラの疑問と同時に、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。




