Summoned
「……しばらく喚んでねえけっどが、大丈夫だっぺ」
紋様を刻み終えると、部屋の空間に変化が見られた。紫の結界越しにも分かる。空間に黒い墨を流したように、禍々しい闇が訪れた。
「けほっ……けほっ……」
「げほっ……何だ、この耐え難い臭いは……?」
闇は夜空というよりか、墨のような染料というべきであった。白い壁紙が墨を溢して広がるが如く、みるみる黒く染まっていく。そして、その黒いものは酷く乾燥しており、恐ろしく臭気を帯びていた。黴と埃と、血液と糞尿と、動物の死骸が腐敗した臭いが混ざって交互に鼻腔を殴打する。
「セーラ、ハセガワさん。わんか息ば止めてられっか?」
「はい……?」
「止めてろ。死ぐど?」
セーラと長谷川は口から息を吸い込んで止め、唇を肘に当てて臭気をやり過ごそうとする。
「……おい、しばらくだっけね」
天井に向かって、アイーシャは声を掛ける。
「何か言えよ、しばらくぶりに行き逢ったんだからよ」
『……久しぶりだな、アイーシャ』
天井に広がる漆黒の中心から、人間が出せる低音域より遥かに低い声がした。
『ところで、何の用だ?』
「おう、そこに仮面がいっぺね?」
『仮面?』
「んだ。そんても、闇んてーだべ?」
『そうだな。俺のじゃないが、闇の力が働いている』
「だっぺ?したっけ、いしの力で何とかしつくろ」
『うーむ…………』
闇の声が止む。どうやら、考え込んでいるようだ。
「早くしろよ。早くしねぎら、表の人間が死んちまーだがら」
『結論から言うと、それは出来ない』
「何でだよ!いがっぺね!」
『いや……同じ闇の力でも、おれのではない以上、手出しが出来んのだ』
「手出しが出来ねえって、いしゃ、闇の世界でも上の方なんだっぺよ!?」
『いかにも。俺より下級の契約なら無効に出来よう。しかし、その仮面を力ずくでどうにかするとしたら、この世界が壊れるぞ?』
「壊れるっちゃ、何でだ?」
『そいつの力を潰すには、そいつの力以上の力が必要だ。その力を出すのは容易い。しかし、その力をこの世界に出すと、この世界は力に耐えられない』
「耐えられねぎれば、世界はどうなんだや?」
『力を現した場所に、全てを飲み込む穴が生まれる。そうなると、その穴を中心にこの世界が飲み込まれる』
「したっけ、力ば加減すろばいがっぺね?」
『それは出来ない。闇の力はあまりに強大だからな』
「ぶぎっちょだない!」
『何とでも言え。この世界が壊れることはお前の望むところではないはずだ。しかし、この世界を壊さぬ限りには俺も力を貸そう』
「分がった。あだしが出来る限り、何とかすっから。喚んですまねえな」
アイーシャは喚んだときと同様に、指先で紋様を刻む。同時に、部屋から黒い闇と臭気が余韻もなく消え去った。
「セーラ、ハセガワさん。もういいど」
「っぷはぁ!ハァハァ……」
「ハァ……死ぬかと思いましたよ」
肺に空気を掻き込むようにして息をするセーラ。
「それで、相談の結果は?」
「決裂だ。何とかしてもらうべ、っつー頭があっただけっどが」
「どうするんですか?」
「かめんちゃんの仮面があっぺ?あの仮面か、仮面の下に秘密があんだと思う。あだしの闇魔法で仮面ばひっ剥がすだね」
「でも、攻撃を跳ね返すんですよね?どうやって手出しするんですか?」
「あだしは闇の魔導師だど?理の魔導師よか魔法のレパートリーはしっかり持ってんだ」
アイーシャは指を鳴らした。すると、アイーシャの周りに小さな渦巻きと、表面が凹凸だらけの球体が現れた。
「それは?」
「ブラックホールと月のミニチュアだな。ミニチュアっつっても、本物ば小さくしただけだがらな」
「ブラックホールと月、それでどうやって攻撃するんですか?」
「これは攻撃さ使うんでねえだ。月の引力で攻撃の方角ば曲げて、ブラックホールさ誘導すんだ。跳ね返った攻撃はブラックホールに吸収されんだ」
ミニチュアのブラックホールは渦の中心に底知れない闇を湛え、月はただ浮かぶだけだった。アイーシャは実践とばかりに、手近にあった硝子の破片を自らに投げ付けた。硝子はアイーシャに向かうも、月の引力に軌道を歪められ、歪められた軌道はブラックホールに向かった。硝子はブラックホールの底知れない闇に消えていった。
「こんで分がったべ?したっけ、セーラ。いしはヴァーラとガモットの治療さ集中してろ」
アイーシャはかめんちゃんと対峙した。




