Messy eater
「だいぶ、緊張が解れたようやな」
ガモットが各人の前に茶と切り分けたケーキを置きながら言う。
「まあな。ハセガワも話すようになったぜ」
「そりゃ良かったわ。何な、ハセガワはわえがおらんと話しやんし」
「シャイなんだよねー、ハセガワくん」
「ま、まあな……」
「何も恥ずかしがることあれへんて。ほ、ババアも食えよー」
「ありがとねー。猫ちゃんはケーキ食べれないから、あたしが貰うよっ」
「あ、おれのケーキ!」
「猫ちゃんは食べれねえだろ、ケーキ」
「いじめないでくださいっすよー!」
「ほんで、何か分かったんか?」
ガモットも自席の椅子を引っ張り、座に加わる。
「いや、大したことは分からなかったぜ」
「そうなんか。そやったら、有識者の出番やな。アイーシャ、ババア」
「何だや?」
「何だいっ?」
「ハセガワはどっから来て、どないしてここに来たんか。お前らの意見聞かせーよ」
「んだなあ、あだしの見解ではよ、さっきも言ったみてえに、ハセガワさんは異世界のニホンから来たっつーのが見解だどない」
「あたしはねっ、ハシェガワしゃんって言うのかいっ?ハシェガワしゃんからはワンコの大将の匂いしかしないよっ!」
「ちゅーかよ、ババア。お前もハセガワの言葉が分かるんか?」
「分かるしゃっ!あたしが前に使っていた言葉だからねっ!」
「ちょ、待て。それはどういうこっちゃ?」
「あたしはねっ、4歳のときにこっちに来たのしゃ」
「こっちて、お前も異世界の人間なんけ!?」
意外な人物の意外な過去が明かされた。
「しょうだよっ!今でも覚えてるよっ!あたしはね、不思議な光に包まれて、気が付いたらこの世界に来てたのしゃっ!」
「その話、もうちょい詳しく聞かせてんか?」
「あたしの親はね、貧乏で喧嘩が絶えなかったのしゃ。あたしにまで暴力が及んでね。いちゅもみたいに父親の暴力を受けていたときしゃ、消えてなくなりたいって願いが叶ったのかね、目が開けられないほどの眩しい光が現れたのしゃ」
「光が消えたら、この世界に来てたんか?」
「しょうだね。最初は田舎のおじいちゃんの家に来たのかと思ったよ。回りは森や山だろ、あたしはフラフラと森を歩いてたのしゃ。しょしたらしゃ、村の人間に保護しゃれたのしゃ」
「そっから、どうしてん?」
「保護しゃれてからね、あたしは言葉を覚えたよっ。孤児院のようなところでね、何不自由なく優しく育てられたんだ。言葉はしゅぐに覚えたよ。だけどね、親にいじめられていた記憶は今でも体が覚えていてね、しょれを思い出して発作が起きるのしゃ。しょのときは元の世界の言葉だったね、自分でも覚えてない言葉が降ってくるのしゃ。しょのときの言葉をこっちの世界の世界の言葉に翻訳して、占いってしてたのしゃ」
「にわかには信じられへんな。ババア、生まれた場所とか覚えてんのか?」
「覚えてるよっ。発作のときに、頭の中に浮かぶから嫌でも忘れらんないねっ!」
「何ちゅう場所なんや?」
「宮城県の登米ってとこしゃ」
「ハセガワ、知っとるか?」
「知ってる。登米は行ったことはないけど、宮城県って地名はある」
「ほら、嘘じゃないだろ?あたしは本当に、ハシェガワしゃんと同じ世界の人間だったんだよ」
目の前の、腰が曲がった老婆はホラを吹いているわけではなさそうだ。
「ヘイネさん、元の世界に帰ろうと思ったことは?」
「ないねっ!向こうの世界に帰ってもしゃ、あたしの居場所なんてないし。こっちで人生の大部分を過ごしたんだ、今更、帰る理由もないよっ」
ヘイネは切り分けられたケーキを手掴みで口にすると、恨み節を炸裂させた。
「あたしは7人兄弟の末娘でねっ、貧乏な農家の生まれだったんだ。長男の兄ちゃん以外はゴミより粗末な食事でしゃ、いっちゅもお腹を空かせてたよっ。昔の名前はカネっていって、4年しか向こうで暮らしてないけどねっ、あたしは10歳まで生きられたか分かったもんじゃないよ。飯も食わしぇない、殴る蹴る、終いにゃ、口減らしで捨てられたかも分からないよっ。90年以上もこっちで生きられたんだ、こっちの世界には感謝してるしゃ」
ケーキの塊をお茶で流し込むヘイネ。
「まあ、これでハセガワが異世界の人間て確実になったな」
「そ、そうだな……まさか、登米って父方の親戚の近所の名前が出てくるとは思わなかったけど」
「ババアは不思議な光でこっちに、ハセガワがこっちに来るきっかけて何やったか?」
「それが……」
「今までの時系列を思い出してみいや」
「ハロウィンのときに狼のマスクと毛皮を買って」
「あだしの前世の店からだな」
「そこでアイーシャが絡むんか。アイーシャよー、毛皮の出所て覚えとるか?」
「それがよ、前世の人間のときも仕入先ば分がんなかっただちけ」
「完全に出所不明の謎の物品なんやな」
「マスクと毛皮を着たら脱げなくなって、俺は狼人間になってたんだ」
「そこでヴォルフが完成されたんやな」
「そこで、俺は友人に助けを求めて……」
「助けを求めて、ほんでほんで?」
「何故か命を狙われて……詩織っていう女の子に連れられて地下に……すまん、思い出せるのはそこまでだ」
「その先、思い出されへんの?」
「ああ。何だろう、その先の記憶を辿ろうとしたら、強制的に探索にストップが掛けられるんだ」
頭を掻く長谷川。
「そえ、心的なストップなんかな。それとも、外的な催眠術か何かやろな」
「んーだなぁ」
「アイーシャ、何か分かるんか?」
「あだしの予想なだけっどが、その毛皮が時空ば超えた存在なんだべ」
「どういうこっちゃ?」
「あだしらの前世の時代よか昔の世界に現れで、今に至るっつー存在だ。どこで生まれたかは知んねえ、けっどが、形を保ったまんま時代も時空も超えてるだから、ただの毛皮であんめ」
「形を保ったままっちゅーのは、ある意味でポイントなんか?」
「んだ。転生で前世の記憶ですら99%は失われんだ。形は真っ先に失われる。毛皮の中から前世のまんまハセガワさんが出てきたっつーことは、転生や転移に耐えられる毛皮だ。んな毛皮、あだしの研究でも見たときねえだ」
「毛皮はタイムカプセルみたいなもんなんかな。ほいでも、毛皮が脱げへん狼人間から完全に分離してハセガワは出てきたんやど?」
「それはおれの分野っす」
自分のケーキの取り皿を確保し、隙を突いてヘイネから抜け出したジェイド。部屋の隅で、ヘイネと距離を保っている。
「ヴォルフさんからハセガワさんが出てきたのは、おれの故郷に伝わる『仮面外し』で説明できるっす」
「さっき、事務室で言うとったな。どんな仮面でも外す術やろ。お前以外の故郷の人間が軍に紛れ込んで、そいつがヴォルフにやったっちゅー推理やろ」
「そうっす」
「すっかり忘れてたぜ。おれがヴォルフに最後に言った言葉、『侵入者を捕まえてこい』だった」
「ちゅーことは、その侵入者はまだ捕まってへんっちゅーことやんな?」
「そうだ。唯一、その侵入者と接触していたのがヴォルフで、おれたちは見てねえんだ」
「立ち消えたから聞けてなかったんすけど、その侵入者の名前って何なんすか?」
「確か……マスカレドとかそんな名前だった気がする」
「マスカレド……教会の名前っぽいすね」
「ああ。ヴォルフの伝聞だけど、そいつは新しく入隊したそうなんだ。だけど、調べても名前が記録に載ってねえ」
「他に覚えていることってあるっすか?」
「ヴォルフはそいつのこと……かめんちゃん?とかふざけた名前で呼んでいた気がするな」
「かめんちゃん……あ、分かったっす」
ケーキを早食いして平らげると、ジェイドは部屋を出ようとした。
「分かったって、ジェイド!侵入者の目星はついてるのかよ!?」
「やっぱり、おれが予想した人間で確定っす!犯人はおれの故郷の人間っす!」
誰かが止めようとするよりも早く、ジェイドは部屋から駆け出した。




