A Hag
「おう、ここやここや」
ガモットたちは、本来の目的地である教会に辿り着いた。
「ほえー、なかなか大きな建物だな」
門前に立ち止まり、長谷川が教会を仰ぎ見る。
「仲本、ここは?」
「ガモット、や。おまんのツレのナカモトはおらんで。ほいで、ここは教会や」
「教会?キリスト教っぽくないけど、何教の教会なんだ?」
教会と言われると、真っ先に白か茶色いブロックの建物を連想する。火の見櫓のような塔に鐘、玉葱のような球体の屋根などがよくある教会だ。しかし、目の前にあるのは教会とはかけ離れたものだった。
「何教て、テオフォトンやご」
「テオフォトン?」
「あっこにテオフォトンのシンボルがあるわ」
ガモットの指差す先には、水色の棒でつくられた米印のようなマークが掲げられている。
「あの、よく分からない形のか?」
「空から注ぐ光を示しとるんや」
「あれで光?いや、教会のマークってクロスだろ?」
「おま、そえは悪魔崇拝や!横棒が人間世界で、縦棒が悪魔の世界の意味や!」
「ハセガワさんの世界では、それが教会のマークだったんだべな」
「ほなんか?」
「んだ。はじめは違いにたまげただ」
「所変われば品変わる、っちゅーんかな」
「んだな。したっけ、入ってみべや」
白色の生地に水色の米印を背負った装束の集団を縫うようにして、一行は教会の中へ進んだ。
「あ、ガモットさん」
教会の礼拝所だろうか、広い空間に祭壇と椅子が設えられた場所でガモットが呼び止められた。
「何な?て、おう。シャイモンやんな」
「はい、ご無沙汰しとります」
「知り合いけ?」
「ああ、わえの後輩で部下やったんや」
「その節はお世話になりました」
シャイモンという青年は被っていた水色のローブを脱ぎ、ガモットに会釈する。
「何な、ここの配属になったんけ?」
「そうなんですよ。ようやっと、ボクも部下を持てるようになりましてん」
「水色のローブっちゅーことは、教会長やんな」
「はい。正式には来月からでっけど」
「何な、軍でも教会方面は長いこと居らんかったさけ、知らんかったわ」
「ガモットさんの部下やった時代も短かったさかい、無理もあれへんかと思いますよ。ガモットさんは魔道と薬学方面に行かはったし、ボクはずっと教会に居りましてん」
「ガモットさん、シャイモンさんって誰なんすか?」
「ジェイドも関わらんかったから知らんわな。シャイモンはよー、わえの元部下やってん。わえがまだ教会に籍があった頃や」
「えっ、ガモットさんって教会にもいたんすか!?」
「居ったわ。はじめは分隊の魔道一兵卒で、昇進して本隊に行ってん。本隊で最初に配属されたんは教会やってん。教会でモンク連中束ねててんけどよ、そん中にシャイモンが居ってんよー」
「ガモットさん、やる気無さそうに仕事してましてん」
「当たり前やわ。モンクは大した魔法も使わん、破戒僧の戦闘集団やさけ。何な、武術の連中と変わらへんかってんもん」
「今もですよ。連中、中途半端な回復魔法しかでけへん」
「ほいで、教会の聖書解釈とか神聖魔法の分野に興味あれへんくて、異動願を出してんよ。それが今の魔道将軍部の戦闘部門や」
「ガモットさん、そこで部隊長っすよね」
「まあな。戦争もあれへんさけ、暇やから薬学にも手出してん」
「片手間で薬学博士やなんて、普通の人間にはよう真似できることとちゃいますよ」
「魔道の基礎からの応用やからな、簡単やで。ほいでも、シャイモンよー。おまんが教会長なるなんて信じられんわ」
「ボクも驚いてます」
「モンクの中でも武闘派やったお前がなー。神様もあれへんような人間やったし」
「それは言わんといてください、恥ずかしい」
はにかむシャイモン。すると、礼拝所の小さな扉が勢いよく開かれ、何者かが現れた。
「シャイモン!」
現れた何者はシャイモンの名を呼ぶ。腰が90°曲がった老婆だった。黒いローブを纏い、背丈の倍以上はある杖をついてシャイモンに歩み寄る。歩行のスピードは若い人の早足より速い。
「シャイモン!あんた、何してんのさ!」
「ヘッ、ヘイネ様!」
「教会長就任の式典の準備があんのに、じぇんぶアタシにやらしぇる気かい!?」
杖でシャイモンの頭をぶっ叩くヘイネ。
「あっ、占いババア!」
「何だい?って、マジックマッシュルームじゃないかい!」
「その名前で呼ぶなや、ババア!何な、死んでへんかったんか!」
「アタシが死ぬわけないだろ!キノコが教会に何の用だい?」
「お前に関係あれへんわ!」
「関係大有りしゃっ!アタシがまだ教会長なんだからねっ!」
「嘘こけ、ババア!お前はゴミ捨て場の主やろが!」
「本当だよっ!ゴミ捨て場って、誰が言ったんだい!」
「そこの蝿が言うとるやいしょ!」
ヘイネのローブには蝿が2匹、手を摩り足を摺っている。
「この子たちはしゃっき、教会の前で出会ったんだよ!教会の前で手を合わしぇてたのしゃ!お前と違って信仰心があるんだよ!」
「アホ抜かせ!はよ、蝿連れて猫屋敷に帰れや!」
「シャイモンがシャボってるから、帰りたくても帰れないんだよ!アタシだって帰りたいしゃ、家にはお腹を空かせた猫ちゃんたちが待ってるからね!」
「猫ちゃん待ってんねやったら、はよ帰って糞して寝ろ!」
「おい、ガモット。そこの婆さんは?」
「婆しゃんとは随分な言い方だねっ、ヴァーラ!」
「えっ、何で婆さんがおれの名前を知ってるんだ!?」
「知ってるしゃ!元アクスナイトのヴァーラだろっ!アタシはね、入隊してから80年はここに住んでるんだよっ!だから、何でも知ってるのしゃ!」
ヘイネは白内障で白く濁った右目で凄む。
「キノコも入隊したときから知ってるよ!こいつはね、まぁ、出来損ないだったんだ!」
「何言うてんねや、ババア!おまん、わえが入隊試験のトップやったから、入隊式でスピーチしたろうが!」
「忘れたねっ!」
「ボケとんのとちゃうか!?」
「なにぃ!?ボケてないよっ!」
「……なあなあ、本当に何者なんだ、この婆さま?」
「ああ、お菰はんやな」
「お菰はん?」
「乞食や」
ガモットはヴァーラに耳打ちする。ヘイネは幸い、耳が遠いようだ。
「乞食って?」
「あがらが生まれる前、ずっと昔や。この分隊の用地になった集落で、何な、占い師やっとってん。ほんで、用地の接収で揉めたんよ。このババアが集落の権力者やったからな。ほいで、権力者いうても気が狂れたような言葉の占いで貢ぎ物せしめててん。そいでも、住民はババアを信仰しとって接収に難儀したんや」
「それでも、この土地は軍が収用したんだろ?」
「そや。何な、住民は無条件で軍属に迎え入れて収入も保障してん。ババアは軍のポジション与えて事を収めた歴史があんねん」
「軍のポジションって、婆さんは偉いのか?」
「いいや、行軍に影響が出えへんポジションや。軍曹よかちょい下の、分教会の教会長補佐やな」
「分教会の教会長もいないのに、補佐ってあるんだな」
「ああ。シャイモンみたいに本部から来た教会長がここのトップと兼任すんねん。そやから、シャイモンがババアよか上やで」
「でも、シャイモンはババアに頭が上がらないようだぞ?」
「ババア、あがらが知らんとこで散々威張っててん。教会方面の人間で知らんのが居らんくらいや」
「威張ってるって、どんな感じだよ?」
「何な、就任してきた教会長に難癖つけて辞めさすねん。毎日、教会長の部屋にやって来ては怒鳴り付けるイジメや。下らんこと、身に覚えがないことでやいやい騒がれんねん。そやから、教会長の成り手も居らんようなってんねや」
「なるほどな。だから、シャイモンも萎縮してんのか」
「シャイモン!あんたはいっちゅもシャボることばっかり!」
「すんません、すんません……」
シャイモンはヘイネを対応しながらも、時折、ガモットの方に助けを求めるような眼を見せている。
「だけど、まあ。ババアの天下も終いやな」
「どうしてだ?」
「後ろ楯が居らんようなる」
「誰が今まで後ろ楯だったんだ?」
「指南役や。ババアが入った頃を知っとる世代も死んで、次の世代も交代したし。指南役は92歳で長いこと名誉職やったし、次の人事異動で前の統帥が新しい指南役になるんよ」
「指南役、アホステンの世話係か」
「実質的にはそやんな、アホの子守りや。ほいで、指南役はババアの時代を知っとるから、今まで何度となくあったババア追放令に待ったを掛けててんよ。その指南役が下りるさけ、ババアも威張れんようなるわ」
「指南役が下りたら、婆さんも追放か?」
「どうやろ。まあ、軍の役が外されるんは間違いないわ。一般の軍属住民になるやろ。軍の敷地の隅っこ暮らしやわ」
「てか、ガモットも詳しいな」
「当たり前や。ババアはわえが教会方面から異動願を出した理由でもあるし」
「あの調子だと、そのときも酷かったんだろうな」
「酷かったで。あのババア、字も読み書きでけへん、聖書の内容も知らんで教会のポジションになったさけ、毎度毎度、頓珍漢な物言いで教会に乗り込んできてんよー」
「そんな妨害ばっかりしてるのに、軍は何もしなかったのか?」
「何もしやん。そもそも、教会は軍でも別の機関でアンタッチャブルな存在やさけ、手出しがしづらいんよー」
「そうだったか。それでも、婆さんは乗り気でシャイモンに引き継ぐような感じだけど?」
「軍も敷地の隅っことはいえ、終の住まいは豪邸やろな。退職金もぎょうさん持たすやろし。聖職者の清貧とは逆で、欲ボケやご」
「しゃーて、シャイモン!行くよっ!」
「ちょっ、ちょ待ってください、ヘイネ様!」
ヘイネはシャイモンのローブをひっ掴むと、出てきた扉に引き摺り込もうとした。
「あらっ!大きい猫ちゃん!」
リアルな虎の頭を被ったジェイドを、ヘイネの濁った右目が捕らえてしまった。
「おっ、おれっすか!?」
「ありゃりゃ、猫ちゃんは喋るのかい!?」
「えっ、おれ、人間……これ、マスクで虎の……」
「いい子だねー」
本物の猫の頭を撫でるように、ヘイネはジェイドの頭に手を伸ばした。
「あっ、あふぅ……!」
「お前も感じてんじゃねえよ」
「あいたっ!ヴァーラさん、ネコ科は頭を撫でられると気持ちいいんすよ」
「マスクを被った人間だろうが」
「剥がそうとする人よりはマシっすよ」
「猫ちゃん、お腹空いてるだろ?お食べ」
ヘイネはローブから、得体の知れない魚の干物を取り出した。
「しゃあ、お食べ。今朝、拾ってきたんだよ」
「い、いやぁ……これは」
「食えよ、猫ちゃん」
「ヴァーラさんまで!食えないっすよ!」
「マスク脱いで、人間だって言うしかないな」
「剥離剤がないと取れないんすよ!」
「しょっちは、大きいワンちゃんだね」
「へ?」
長谷川に、ヘイネの火の粉が降りかかろうとした。




