Formula
中央区。ここは分隊の中枢機関が集まり、本隊からの上官も赴任してくる。
「中央区に来るのも久しぶりっす」
「おれはしょっちゅう、てか住んでる」
「わえもしょっちゅう来とる」
「ジェイドはどこ住んでんだっけ?」
「東区の第二居住区っす」
「何だよ、副隊長なのに二等兵が住むようなとこにいるんだな」
「引っ越しが面倒なんすよ」
「まあ、ヴォルフの野郎も隊長だってのに東区の第一だからな」
「むしろ、ヴォルフさんが東区だから引っ越さないんす」
「きしょいこと抜かすなや」
「おれは本隊にも行くから中央区住みなんだよな。外線に乗らなきゃだし」
「わえも外線で来るわ。首都の供給住宅に住んどるけど、こっちのほうがええわ」
「鈍行で2時間、快速で1時間、特急で40分だもんな」
「そやご。軍人ならタダやしな。仮宿にはお世話になっとる」
「てか、首都の一般人が分隊まで来る用事も無いしな。おい、ハセガワ。着いたぜ」
ぶかぶかの衣服に身を包んだ長谷川は、東区を歩いていたときより回りをキョロキョロと見渡していた。
「凄い、青梅から新宿に来たみたいだ」
「何つってんだ?」
「凄い、やて」
「こいつ、大したこと言わねえな」
「そやな。通訳もしんどいわ」
物流施設や車両が忙しなく行き交う東区とは違い、中央区は分隊でも上位の役職者たちが道を行く、静かな場所だ。建物や区画はきっちりと整備されていて、碁盤の目のようになっている。
「で、教会はどこだっけ?」
「何な、知らんの?」
「生憎、無神論で教会には用が無いんだよ」
「そんなんで、よう戦場を生き抜いたわな」
「神様に嫌われてるから死ねないのさ。だから、教会はどこだ?」
「分隊の事務ビルの裏手、A42やな」
「なるほど、おれはA40までしか行かないから知らなかった」
「お前、中央区に住んどるんちゃうんけ?休みに中央区ブラついたりしやんの?」
「仕事でほとんど東区なんだよ。休みは死んでる」
「すまんかった。ほいで、ジェイドは?」
「知らねえ、ハセガワと一緒のはずだけど?」
ヴァーラたちが振り返ると、ジェイドと長谷川は一軒の店に足を止めていた。
「何だ、この店?」
「ここはおれのお気に入りの店っす」
「どこかで見たことあるような気がする」
「おれが作った防具やアイテムを売ってくれてるんすよ」
「うーん、文字が読めないな」
「これが新作っす。ドラゴンの亜種で作ったんすけど、防御力は上がるんすよ」
「そこの人形が俺を見つめている」
「あれがドラゴン亜種の肝臓で作った解毒剤で、そこの緑色のが水棲生物が由来の痺れ薬っす」
「うおっ!人形が動いた!」
「何してんねん!」
「あたっ!」
ジェイドの虎頭を叩くガモット。スパーンと小気味の良い音が聞こえた。
「何すんすか!」
「勝手に消えるなよー!何、道草しとんねん!」
「道草じゃないっすよ、市場調査っすよ!」
「市場調査て何な?」
「おれが作った最新作の売れ行きっすよ」
「いらっしゃーい」
陳列棚の間から、人形のような姿の女性が座ったまま挨拶をした。
「うおっ!」
「あ、アイーシャさん、お邪魔してるっす」
「トラちゃん、しばらぐですよ」
「おう、アイーシャやんけ。生きとったか」
人形のような女性はアイーシャといい、鼻にかかった声と尻上がりのイントネーションで喋る癖があった。
「に、人形が、やっぱり喋った!生きてる!」
「生ぎでますよお、あだし、人間ですもん。喋りますよ」
「最初はビビるっすね」
「ん?アイーシャ、お前、ハセガワの言葉が分かるんか?」
「分がるよお。ブガブガの服ば着た兄ちゃんはハセガワさんつーだない?はじめましてえ」
「は、はじめまして……」
意外な人物がハセガワの言葉を理解することに驚愕だ。
「何でな?何で、ハセガワの言葉分かるんや?」
「だいぶ昔に、あだしも住んでだとごろの言葉だっけ、あだしも分がんだよ」
「意味分からん。何な、昔住んどった場所の言葉なんか?どこの言葉や?」
「ジパングだどない」
「あ、ああ、ジパングか。何な、そんなん言うとったな。ほいでもよ、わえは住んどったことないで?何でわえもハセガワの言葉が分かるんや?」
「いんやあ、ガモットも住んでたときあっとお?」
「あれへんて、そえはいつや?」
「遠い、遠い昔だあよ。前世っつーのがや」
「前世?何な、非科学的やな」
「だあな、非科学的だどない。んーでも、あだしの分野のこどだどない」
「お前の分野……ああ、闇か」
「んだあ」
「ガモット博士、アイーシャさんって?」
「そやな、わえの同級生やったわ。同じ魔道をやっとったけどな、わえは理魔法でアイーシャは闇に行ったんよ」
「だあな。あだしがやりたいこど、理の分野さには無がっただもん。したっけ、あだしは闇さ行ったの」
「魔女になったんよ」
「だあな、あだしは魔女だな」
人形のように無表情のまま、アイーシャは自嘲の声を漏らす。
「お前が人形みたいなんも、闇のせいやろ」
「だどない。闇さ入ったら、色んなこどがグジャグジャになっただよ。歳取んねえし、見た目が変わんねえようになっただよ」
「そやろな。わえが初めて会うたときといっこも変わらへんもんな」
「見た目が変わんねえ、若いとぎのまんまっつーのは女の夢だど?」
「わえには分からんわ。ほいで、前世か?何な、わえも前世にジパングにおったんか?」
「いだどお。ガモット、いしはハセガワさんの友達だっただよ」
「友達?何な、ナカモトとか言うとったな。わえはそえか。ほいで、お前は?」
「今みだいに、店ばやってただね。ハセガワさん、一回だけちか会ったときねえけっど。んでも、覚えてたし思い出したよ」
「そやったら、ハセガワ。お前も何か覚えてへんか?」
「店……思い出した。確か、ハロウィンで」
「んだんだ。ハロウィンっつー、変な祭があったどない」
「俺、ハロウィンに変な店に入って……」
「変な店っちゃー失礼だどな。んでも、変な店に変わりあんめから気にしねえ。んだあ、そんときの店があだしの店だよ。爺やがいたべ?あだしみだいな喋り方の」
「いた。妙な発明品ばかり作る、かなり歳のジジイ」
「それがあだしなだよ」
互いに、前世を擦り合わせる。長谷川の前世とアイーシャが一致したようだ。
「偶然なだか導かれだのか分がんねけど、ようやぐ会えだどない」
「わえも専門外やから分からへんねやけど、前世てどういうもんなん?」
「正規硬直時流の線上における発生と消滅および再発生、その消滅から再発生の連続性だな」
「うわ、おれには分からねえ。言葉が難しすぎるぜ」
「なるほどな」
「いや、分かるのかよ」
「突き詰めたもんは専門外やさけ分からんけど、分野の言葉を知っとるから何となく分かるんよー」
「それで、どういうことなんだ?」
「この世に生まれて死ぬやろ?ほいで、またこの世の違う場所で誰かが生まれたとする。死んだのと生まれたのが同一なら前世で来世や」
「いや、待てよ。そんなことが有り得るのか?例えば、おれが死んだのと同じ瞬間に生まれた赤ん坊がおれってこと?」
「平たく言うならそういうこっちゃ。そやけど、色々と条件もある。前世の記憶かつそれを立証する物品や人物があること、死亡と誕生の間隔とかやな」
「それでも、ヴォルフとハセガワは?年齢の差を考えても、生き死にの間隔なんて無さそうだぞ?」
「それな。わえもハセガワがヴォルフの前世とちゃうと思うんよー」
「したら、転移かもしんねえど?」
「「転移?」」
ガモットとヴァーラの声が重なる。
「んだあ。あだしはその手の卒論ば書いだがら、そう思うだ。あった、これだこれだ」
レジの横にある本棚から、アイーシャは古ぼけた紙の束を取り出す。彼女が言う卒論のようだ。
「ガモットも前世に関係する分野は、式だけ見ろば頭さ入っぺ?」
「どんなもんかに依るで」
「これだ」
ATF 絶対正規硬直時流
SpA 世界A
SpB 世界B
RTF A 相対時流A
RTF B 相対時流B
公式①
ATF>RTF A+RTF B
相対時流の総和は絶対正規硬直時流の数量を超えない
公式②
RTF A=SpA
RTF B=SpB
各世界に相対時流が存在する
公式③
RTF A=RTF B
SpA=SpB
相対時流の数量が等しければ各世界は同一のものである
「なるほどな」
「何が何だか分からねえ」
「ヴォルフとハセガワさんは何歳だっけ?」
「おう、ハセガワ。歳はなんぼや?」
「22だ」
「若いなぁ。ほいで、ヴォルフは……わえと同い年やったはずや」
「したっけ、30だな」
「そやな。あ、ほんまや。公式に嵌まらへん」
「どういうことだ?」
「30歳のヴォルフの中から22歳のハセガワが出てきてん。年齢も同じにならなあかんのに差があるやろ?そやから、公式③が成り立たへん」
「ハセガワさんはこの世界の人間でねえだな」
「いや、でも、ハセガワはジパング出身って……」
「あだしがいたのは、この世界のジパングでなくて、違う世界の『日本』っつー場所なだよ」
「そうそう、日本だ。ジパングじゃない」
長谷川が会話に復帰する。




