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「ところでよ、仮面外して何な?」


ガモットが本題に戻す。


「そうだそうだ。すっかり忘れてたぜ」

「おれの身の上話になってたっすもんね。仮面外しは、どんな分厚い仮面でも外す術っす」

「外すって、力ずくでか?」

「全く腕力も使わないっす。指で触れるだけで簡単に仮面を外す術で、故郷では小さな子供ですら使えるっす」

「何な、見てみんことにはよう分からん術やな」

「つーか、仮面を外すだけの術なのか」

「随分と用途が限られているのですね」

「おれの故郷では、下の顔を見られることは死を意味するっす」

「えらい物騒やな、死て」

「そもそもよ、下の顔って何なんだよ?」

「下の顔は、ヴァーラさんたちの世界での素顔と同じっす」

「何だ、お前の故郷では毎日がマスク剥ぎのデスマッチなのか?」

「毎日が毎日、誰もが皆、剥がそうとはしないっすよ。小さい子どもが悪戯で相手の仮面を外そうとしたりするっす」

「ちゅーか、お前の故郷では皆、仮面しとるんか?」

「そうっすよ」

「怖い場所だな、そら」

「仮面の集落ですね」

「まあ、他の人里から隔絶された場所っすから。こっちに来てビックリしたっす、皆が下の顔で生活してるんで」

「下の顔で生活って、お前のところじゃ仮面はずっとしてるのか?」

「してるっすね。というか、している感覚はしないっす」

「感覚が麻痺してんねや、そえ」

「異文化ですね」

「流石に、風呂や寝るときは外すだろ?だいたい、飯はどうすんだ?」

「寝るときはしたままっす。風呂は、誰にも見られないようにするか入浴用の仮面をするかっす。おれは入浴用派っすね。飯も、食事用の仮面があるっす。口の部分が大きく開いてるんすよ」

「マジかよ、徹底してんのな」

「ぶっちゃけ、おれは親や兄弟の下の顔を見たことないんす」

「そえ、寂しくないんか?」

「寂しくないっす。向こうも、おれの下の顔を知らないっすから」

「でも、ジェイドさんには相手の素顔を見る能力があるんですよね?そうしたら、肉親の素顔も見えるんじゃ?」

「見えるっすよ。ただ、見るには凝視するんす。故郷では、相手の下の顔を覗いてやろうと凝視しないことになってるんすよ」

「そいでも、仮面やと中の人間が入れ替わったりしたら分からんやろ?同じデザインの仮面やと尚更やろし」

「分かるんすよ、それが。声や体型、髪型で区別したりするんす。300人もいない集落なんで、似たようなデザインの仮面もしないことにしてるんす」

「いやいや、同じ国でも違う国だな、そりゃ」

「仮面の文化は南方の国の話だと思っていました」


ジェイドの故郷は他の社会と交流が断絶した社会は独自の文化が育つようだ。国家が打ち出したスタンダードとは明らかに乖離している。


「ほんで、ハセガワの狼マスクが脱げたんと何が関係あんねや?」

「絶対脱げないはずのマスクと毛皮が脱げて、謎のジパング人が現れたのが分からねえよな」

「それが仮面外しの術で、ですか?」

「そうっす。それしか考えられないっす」

「てか、ヴォルフが今までマスクの獣人だって考えもつかなかったしな」

「ご本人も思いもよらなかったと思いますよ」


名残惜しそうに、指先でさりげなく、ヴォルフだったマスクを撫でるセネ。


「えらいショックそうやな、セネ」

「ショックですよ。今まで親しんでいた人の頭が目の前で落ちて、こんな状況になっているんですから」

「で、ジェイド。お前の考察はどうなんだ?」

「おれが思うに、ヴォルフさんは仮面外しの術を食らって今に至るかと思うっす」

「ぴったり張り付いた毛皮がズルっと脱げたもんな。それで、中から出てきたジパング人の正体は?」

「それはおれにも分からないっす」

「わえもや。何や、通訳しても本人も分からんっちゅーことやし」

「じゃあ、鍵になるのは仮面外しをした人間か」

「そういうことになるっす。そして、それはおれの故郷の人間っす」

「目星はついてんのか?」

「いいえ、それが……ぶっちゃけ、おれは故郷を出てから一度も帰ってないし、誰がこっちに来ているかも分からないんすよ」

「誰かは特定できねえけど、お前の地元の人間のことは確かなんだな?」

「はいっす。その人間も会えば分かると思うっす」

「よし。じゃあ、次の行動はその人間を探し出すことだな。ヴォルフの野郎が言うには、そいつは昨日の昼頃に侵入したって話だ。しかも、素顔が見えないほどの仮面を着けているらしい。まだ軍隊の敷地内にいるかもしれねえから、徹底的に探すぞ」

「おれも手伝うっす。隊長のグロヴィス氏は遠征中だし、ヴォルフさんもいなくなったので、おれが陣頭指揮を執るっす」

「頼むぜ、ナンバー3」

「最近、就任したばっかりっすけど」


因みに、分隊には隊長が別にいて、ヴォルフは飽くまでも隊長待遇だった。ジェイドは名ばかり副隊長でも、立場はヴォルフに次ぐ上位だ。


「ほいで、こいつはどうする?」


棚に収まったファイルの背表紙をしげしげと見つめる長谷川、それを顎で差すガモット。


「アルファベット?似てるけど、違うよなあ。読めない」

「何してんねん、お前」

「ここにいても、他の人間が見たら部外者だと思うだろうから、おれたちで別の場所に避難させるしかないだろうな」

「そやったら、ええ場所があるわ」

「どこだ?」

「聖教職管理課分隊分室っちゅー、人も滅多に来やん場所があるんよー。そこにはわえと部下、たまにセーラが来よる」

「どこにあるんだ、それ?おれも流石に知らねえ」

「サンニキウス大聖堂の分隊教会があるやろ?教会の、資料室の横に間借りしてんよー」

「そんなとこに部署って、閑職なんだな、そこ。仕事は何してるんだ?」

「まあな。本隊の事務方の左遷部署なんよ。仕事は、分隊の聖教職の活動報告とかを書類にして本隊に送るだけや。仕事はでんでんありゃんさけよ、わえと部下らは怪しげな研究しとるわ」

「軍隊にも研究室持ってんのな。セーラは何しにくるんだ?」

「いいや、趣味と実益を兼ねて魔道のラボやな。軍隊も流石に本隊長にならんと研究室はくれやん。分室は総務も把握してへん穴場なんよ。セーラは茶菓子だけ食いに来よるわ」

「だから、肩書きが増えても何とかなってるんですね」

「そやご。わえは名ばかり副隊長で補佐やし。分室に飛ばされて権限も大してあれへん。軍隊の時間より、大学に居る時間の方が多いわ。誰もわえを副隊長補佐とか呼ばいで、博士っち呼びよるわいな」

「それもそれで悲しいな」

「出世には興味あれへんさけ構わん」

「そうか。じゃあ、ハセガワとやらをガモットの分室に運ぶぞ」

「ほだら、通訳やな。おう、ハセガワよー。移動するさけ、準備せえ」

「ああ。どこへ行くんだ?」

「ええところや」


ガモットに促され、長谷川はサイズが合っていない服装のまま部屋を出ようとした。


「夏の制服に着られとるやないか、しょうもない格好やな。まあ、しゃあないか。わえとヴァーラ、ジェイドで囲んで移動したらええやろ」

「新人のオフィサー候補を案内中って体裁で何とかなるんじゃね?」

「あの、ガモットさん。私は?」

「セネは来んでも構わんで。わえとヴァーラたちで何とかなるしよ。お前は通常通りに仕事しとったらええわ」

「分かりました。今日の出勤は私だけですから、事務室を空けたままにするわけにいかなくて」

「そやったら、尚更やな。ここに居り」

「てか、室長も来ないのか」

「あの人は有給でバカンスです」

「そうなのか。半年くらい会ってねえや」

「私も2週間前に会ったきりです。室長代行にも慣れました」

「もう、それ、上に言えよ。ほとんど出勤しない管理職じゃねえか。書類もまともに作れないんだろ?」

「作れないですね。前に経理伝票の出納担当印の場所に決裁印を捺してました」

「酷いっすね、それ。グロヴィス氏が帰ってきたら報告するっす。それか、おれも本隊に稟議出すっす」

「分隊の人事も見直しだな。軍隊の縦割り体質が機能してねえし」

「本隊も分隊も、事務方は民間人の組織体質やしな。わえも口添えしちゃらそ。副隊長補佐でも影響力はあるし」

「本隊からの監査がないのも異常だよな。だから、分隊でも好き勝手なことをしやがる。技能隊なんか要らねえ係ばっかりだし、保守係と点検係を分けてる意味が分からねえ。資材購入の用紙がバラバラで届くしよ」

「セネも調達係やろ?調達と資材は輸送隊でも激務ポジションて聞くわ。調達以外に経理もやってんねやろ?」

「経理以外にもやってますよ。総務もやってます。総務は人事、労政、庶務、施設管理、産廃とかも……」

「総務全部じゃねえか」


ヴァーラはセネのマグカップを見つめる。マグカップの内側にはコーヒーや茶の渋味がこびりつき、それがセネの長時間労働の過酷さを物語っていた。


「他の人間はやらねえのか?」

「経理担当のパートさんがいますけど、総務にはいませんね。室長が担当になってますけど」

「その室長はおらんのやろ?」

「バカンスです」

「バカですわ!もう、我慢ならん。わえ、本隊に行く用事があるから言うたるわ!わえよか忙しいやんけ!」

「セネ、寝れてるか?」

「寝れてないですね、正直。今日は夜中までの予定ですし、月末月初は仮眠室に止まってます」

「本隊の事務方はそない仕事せえへんで?定時に来て定時前に帰りよるわ。そんなん分隊に送っても役に立たへんわな」

「民間人の小さな会社の事務じゃねえんだから、人を増やせってんだ。MWの子会社の物流事務所ですら聞いたことねえわ」

「セネ、邪魔してすまんかった。ハセガワのことはあがらで何とかするさけよ、セネは仕事しとってくれるか」

「はい、分かりました。ガモットさん、お願いします」

「よっしゃ、ヴァーラ、ジェイド!連れもて行くで!」


ガモットはセネを事務室に残し、分室へと向かった。

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