Being An Alien
「ふー、暑かった。しかし、もう元には戻れないかと思ったな」
脱いだ毛皮を狼頭のそばに置き、ヴォルフが着ていた制服を着る長谷川。ヴォルフのサイズに合わせて作られたせいで、制服のサイズは明らかに長谷川の体より大きい。
「待て待て待て!あがら置き去りにして勝手に着替えよって!何な、こっちは何のこっちゃさっぱり分からんど!ハセガワよー、お前が知っとる限りのことで構わんさけ、説明しちゃってくれるか!?」
「俺だってさっぱりさ。じゃあ、説明するぞ。まず、俺が狼になった経緯だな。まず、俺はこれを店で買ったんだ」
長谷川は先程まで纏っていた毛皮を指差す。
「そして、毛皮を着たら脱げなくなって、狼になってたんだ」
「それはいつのことや?」
「だいぶ昔のことのような、ついこの間のことのような、覚えてないな」
「何だいな、そえ!ほいでも、わえはヴォルフと同期やから10年以上は狼の姿は見てんで?」
「10年以上も、俺は狼だったんだな。俺も三十路か」
「何な、話がぐちゃぐちゃや。ほで、お前が狼になったんはどこや?」
「俺の下宿先だから、ギリギリ東京だな。もう少しで山梨に入るような僻地で」
「トーキョーてどこな?」
「え、知らないのか?仲本、いくらお前が和歌山の生まれだからって、東京を知らないってことはないだろ。お前だって俺の同級生で、東京の大学に茗荷谷から通ってたくせに」
「そやから、わえはガモットや!」
「冗談キツイぜ、仲本。キノコ頭の眼鏡って、仲本以外になかなかいないぞ?ガモットって何だ、コスプレのときに名乗る名前みたいなものか?」
「19の頃からこないな格好や!歳取っても大して老けへんで、年齢不詳や!そんなんはどうでもええわ!」
「嘘だあ。俺、仲本と大学1年のときから知ってるけど、入学式はロン毛だったじゃないか」
「それはお前の知っとるナカモトのことやご!わえはガモットやっちゅーてんのに分からんのか!?」
「というと、お前は俺が知ってる仲本じゃない?」
「最初からそう言っとるが!」
「じゃあ、ここはどこなんだ?東京じゃない……?」
「エルメシア連合王国サンニキウス領ニキエア第24分隊や!」
「ちょっと待って、それってどこ?」
「はあ……球体儀見てみ!」
ガモットは指を鳴らすと、長谷川の目の前に地球儀が現れた。
「うおっ、凄いな!ホログラムか?」
「簡単な魔法や!ヴォルフも使えてんで。何べん教えてもでけんのはマットだけや。ほいで、その球体を触ってみ」
「触れるのか、これ?」
「そえまで忘れてんか。まあ、ええ。触って指を右左に動かすと球体も東西にスライドすんで」
ガモットに言われるがまま、長谷川は恐る恐る指を地球儀に触れさせる。
「あ、触れる」
「そやから、そう言うとるが」
スライドさせながら球体儀をよく見ると、長谷川が今いる世界と地球はよく似ていることに気付く。違うのは、ユーラシア大陸に相当するであろう大陸がヨーロッパと近東エリアの部分で地形がやや異なっていることだ。
「あがらがおるんは、この辺や。わえの指先や」
「ベルギーとかフランスの辺りか?」
「何な、そら?聞いたことあれへん地名やご」
「え?」
「エヴロピア地方の北西部、エルメシア連合王国にあがらはおるんやで?」
「待て、そんな国はいつ出来た?」
「いつて、連合の成立は今からちょうど100年前やご。今年の春先に記念祭もやったろうか」
「いや、知らないし。お前の指先にあるのはEUだろ?」
「イーユー?何な、そえ?」
「英語が苦手だからEUの正式名称は答えられないけど、とにかく!ここはヨーロッパのはずだ!」
「ヨーロッパて、エヴロピアと似たような響きやな。待てや、エヴロピアはエヴロパが語源やから……」
「そして、俺が生まれたのはここだ!」
指を動かして、球体儀を東にスライドさせる長谷川。ユーラシア大陸のような大陸の東端に、幾つかの島が浮かんでいた。奇しくも、その島々は日本列島と寸分違わずに並んでいる。
「日本はちゃんとあるんだ。ここ、ここだ!俺が生まれたのは日本なんだよ!」
「ニホンて、何な、ジパングのことかいな」
「ジパング?何だ、物凄く古い名前で呼ぶんだな」
「ジパングはジパングやご。何な、ハセガワはジパング系なんか。言われてみると、確かにジパング系な顔立ちやな。平面的やし」
「お前だってジパング系だろうが」
「わえは、おじいがシン系や。わえだけ隔世遺伝かしらんが、ジパングっぽい顔立ちなんよ」
ガモットはジパングの隣にある大陸を指差す。地球でいうところの中国に相当する場所だ。
「あの、ガモット博士?」
「何な、ジェイド?」
「盛り上がってるところ、すんません。二人とも、何を話してるんすか?」
「え?」
ガモットと長谷川はジェイドたちを見遣る。ジェイドたちは言葉が通じない外国人を遠巻きに眺めているようだった。
「何な、わえはいつもの言葉で話しとるが?」
「いえ、今、おれに話してる言葉はいつもの言葉なんすけど、その……元ヴォルフさん?と話してる言葉は違う言葉なんす」
「どういうこと?」
「元ヴォルフさんの言葉もおれたちには分からないし、さっきから博士たちが話してる内容が分からないんす」
「おれも分からねえ」
「私も。固有名詞が端々に聞こえますが、全く違う言語で話してます」
「何な、わえはジパングの言葉なんかでんでん喋れやんど!?」
「博士、ジパング語で話してたんすか?」
「つーと、ヴォルフの体から出てきた人間はジパング人なのか」
「ますます妙ですね。喋れないはずのジパング語で、ガモットさんも会話ができているということは」
「何な、頭が痛なってきた……色んなことか次から次へと起こりすぎや。何や、今、ジパング語話そと思ても話せへん」
「元ヴォルフさんと話すときだけ話せるんすかね?」
「セネ、ジパング語の教科書ってある?」
「古いのなら、私も趣味でかじったことがあるので」
「やっぱ、ジパング語って難しいのか?」
「発音は簡単ですが、ちゃんとした文法と文字が難しいですね」
「昔、マツダイラの機械で説明書を読んだことがあってよ、大清みたいな文字があったのは覚えてる」
「大清なら清字ですね。ジパング語は更に2種類の表音文字を使いますよ」
「表音文字って、あれか。おれらのアルファベータみたいなものか」
「そうですね。更に厳密に言うと、ジパングの表音文字は音節文字と言われてます」
「音節って、子音と母音の組合せか?」
「そうです。私たちの言葉とは随分と違う言葉ですよ」
「そうだろうな。ガモットたちが話しているのを聞いてそう思うわ」
怪訝な表情を解けないまま、ヴァーラはヴォルフだった人物に視線を送り続けた。




