Beast
「とにかく、私が後の処理はしますので段ボールは置いといてください」
「ああ。邪魔にならないとこに置いとくよ」
「おはようさん」
すると、事務室に珍しい来客があった。キノコを彷彿とさせる頭で、眼鏡をかけた人物だ。
「あら、ガモットさん」
「よう、ガモット。珍しいじゃねえか」
「まあな」
来客はガモットという。ガモットは手に紙袋を携えていた。
「おはようございますっす!おれもいますよ!」
ガモットの隣にこれまた目立つ、小ぶりの白い虎がいた。
「ジェイドもいるのかよ」
「も、って何すか!も、って!」
「ガモットの隣にいると、お前の存在が薄くなるんだよ」
「酷いなー、ヴァーラさん。ガモット博士が迷ってたんで、おれが案内したのに」
「サンキュな、ジェイド。分隊も模様替えしたばかりやさけ、わえも迷ってもうたわ」
「良いんすよ」
「そえにしても、ジェイド。ええもん被っとるのー」
「分かりますか、ガモット博士!?分かってくれますか!?流石は博士っす!こいつ、新作なんすよ!」
ジェイドの頭には白い虎が被せられている。虎の頭はジェイドの顔の殆どを覆い、虎の牙の隙間から彼の唇がちらりと覗く。素顔が全く見えない。手足は人間だが、首から上が白虎の奇妙な出で立ちだ。
「作ってんけ?」
「そうっす!だいぶ前に白虎を退治して、その毛皮を有効活用したんすよ!」
「前は何な、違うの被ってへんかった?黒いのと青いので」
「黒いのは黒豹で、その前の青いのが水龍っすね」
「今回は白い虎なんか」
「そうなんす!退治した後、科学班の連中も要らないってんで、おれが始末したんす。あ、始末する免許も持ってますよ。それで、始末する過程で被ってみたいなあって思いで作ったんす!」
「そえでも、虎はでかいやろ?よう、小柄なお前の頭に合うとるわ」
「自分の頭に合わせるのが大変なんすよ。毛皮の保護剤と収縮剤で防腐と耐久の処理をした後、後頭部を切開して紐使い仕様にして調節できるようにしたんす。ほら」
ジェイドは後頭部を見せる。そこには靴紐のような編み上げの加工が施されており、毛皮の補色に合わせた黒い革紐でジェイドの頭と虎頭がきつく固定されていた。
「激しい動きにも耐えられるようになってますよ。全然ズレないし、自分の顔みたいな感覚っす」
「器用やんな。ほんで、作ったんは頭だけやないやろ?」
「分かりますか?正解っす。今、マントやアームとレッグのプロテクターも作ってますよ!」
「おめぇ、防具屋なれるんちゃうか?」
「ぶっちゃけ、目指している感はありますね」
「軍に入って、お前はもう尖兵長で準隊長やご。そんなんでええんか?」
「良いんすよ。おれ実は、軍に入って人を殺したことがないんす。人外の魔物や魔獣なら皆に負けませんけどね」
「そういや、魔物退治のクエストで毎回出陣しとるわ。おめぇ、攻撃魔法だけやのうて回復や解呪も使えるしよ、そこいらの勇者よか万能やご」
「剣術はまだまだっすけど、ナイフの腕には自信あるっす」
「マットよか剣術もできんで、おめぇ。何な、あいつはでんでん剣術が上手くならんし、わえが魔法も教えても全く覚えやん」
「ガモット博士が教えてもっすか?」
「そやご。わえとは同期やさけ、マットに魔法は教えてんよー。何な、ファイアを最近ようやっと覚えた言うとったわいな」
「ファイアって、おれは軍に入る前から覚えてましたよ!?失礼っすけど、マットは……」
「言いな言いな、あいつは魔法の素質がありやんさけーよ。ファイアは初心者の魔法やご、そえを最近て。わえも悲しゅうて悲しゅうて」
「ところで、ジェイドさん……ちょっと」
「セネさん、どうしたんすか?」
「耳を貸してください」
ジェイドは虎の耳をセネに傾ける。セネはその虎耳に耳打ちする。
「実は私、ケモノが凄く好きでして、その……」
「そうなんすか?」
「そうなんです。ジェイドさんが被ってらっしゃるマスク……非常に興味深くて」
「ありがとうございます!良かったら、ストックがいくつもあるんで、おれの部屋に来てくださいよ!一つ、好きなのをお譲りしますよ!」
「えっ、良いんですか!?」
「おれが一度は被りましたけど、それでも良ければ」
「ご使用済みでも構いません!ありがとうございます!」
「おいおい、そこで取引の話しとるお二人さんよー。何な、セネはマスク好きなんか?」
「大好きです!」
「……ほおか」
「しっかし、ジェイド。お前は素顔が男前なのに、いっつもマスク姿だよな」
ヴァーラがジェイドの虎耳を摘まみながら言う。
「痛たた、やめてくださいよ!それに、おれは男前じゃないっす!」
「マスクの耳なのに痛いのか?」
「マスクじゃないっす!おれの顔っすよ!」
「何を言ってんだか」
マスクの毛を掴むと、その手に力を入れはじめるヴァーラ。
「剥いでいい?ねえ、剥いでいい?」
「痛い痛い痛い!離してください!」
「良いじゃねえか、久しぶりに面見せろよ」
「面って、この顔がおれの顔っすよ!」
「馬鹿言うなっての。虎のはマスクだろ?どうせ、一人のときは外して人間の顔なんだろうから」
「違いますよ!」
「え、じゃあ、なんだ。お前はいつも虎なのか?」
「だから、そう言ってるじゃないっすか」
マスクあらため、自前の顔の乱れた毛並みを整えるジェイド。
「おー、痛てて。ハゲたらヴァーラさんのせいっすからね」
「本当だ。地下闘技場で小遣い稼ぎしてたときに、お前みたいな素顔を隠した相手がいたんだ。ノックアウトさせたら、俺は相手の素顔の御開帳とかやってたんだよ。そいつらのマスクは簡単に外れてたけど、お前のは外れないのな」
「当たり前っすよ」
「どうなってんだ?俺はお前が入隊したときから知ってるけど、あのときはお前も人間の素顔だったじゃねえか。遠い昔だから、どんな顔だったか忘れたけどよ」
「ガモット博士に頼んだんすよ」
「そうなのか、ガモット?」
「ん、そやったな。ジェイドがよー、何な、獣になりたいっちゅーてよ」
「何つー願望だよ、ジェイド」
「言葉を足すとっすね、おれ、獣みたいに強くなりたかったんす」
「それが、それか?」
ヴァーラはジェイドの虎頭を指差す。
「そうっす。獣って虎とか豹とか、しなやかで力強いじゃないっすか。おれもそうなりたくて、まず形から入ったんす」
「形から入ったとして、ガモットに何を頼んだんだ?」
「まず、単刀直入におれを獣にしてくれって言ったんす」
「覚えてんでー。わえはソッコーでムリ言うたわ」
「そりゃ、ムリだわな」
「おれはムリって言われたショックで、山に籠ったっすよ。もう、山で出会う獣に片っ端から勝負を挑んで勝ちまくったっす」
「道理で、軍の演習場の近くに小動物しかいない山があるわけだ。何だ、お前のせいだったのか」
「勝負でほとんど獣は殺してないっすよ。多分、ビビって違う山に逃げたんすね」
「生態系を壊してんじゃねえよ」
「まー、ハーフビーストっちゅーて半人半獣の種族はおるけどよ、知能は低いし人間の遺伝子が強うて獣の子は生まれん。そもそも、人間との間に子を成した事例はあれへんな。謎が多い種族やご」
「それで、ガモットはどう絡んでくんだ?」
「薬品を作ってんよ」
「何のさ?」
「まず、脱毛剤やな」
「顔中の毛という毛を剃り落としてツルツルにしたんす。そして、脱毛剤で毛を生えなくさせたんすよ」
「ジェイドよ、あの脱毛剤でも毛は生えてくんで?毛根を完全に死滅さす脱毛剤も作れへんことはないけどよ、副作用が出んねん。そやから、飽くまでも毛の成長を抑えるだけや」
「そうでした。でも、あの脱毛剤の効果は凄いっす。試しに腕の剛毛で試したんすけど、あれから半年っすけど産毛すら生えないっす」
「腕の産毛は毛根が小さいからやな。頭髪と眉毛はそうもいかん」
「ツルツルにして、次は?」
「接着剤や」
「顔と頭に接着剤を塗って、その上からこいつを被ったんす」
ジェイドは愛おしく、虎の頬を撫でる。
「接着剤は自信作やで?剥離剤使わへん限り、絶対に剥がれへんのよ」
「そうなんす。湯船に浸かっても全く剥がれる気配がないんすよ。本当、自分の皮膚になったようで」
「その接着剤は医療用に開発したさけ、体に悪いことあれへん」
「紐で固定してもズレはやっぱり生まれるし、ヴァーラさんみたいに剥がそうとするのがいるから、接着剤は欲しかったんす」
「悪かったな。闘技場時代の血が騒ぐんだよ」
「ところで、おれも地下闘技場にいたんすよ」
「え、いつだ?」
「入隊する少し前から、一等兵になるまでっす」
「じゃあ、俺がいた時代と少しダブるな。まさか、俺はお前とバトッてたのか?お前、リングネームは?」
「オーホス・ネグロスっす」
「うわ、俺、お前とやってるわ」
「ええ、おれも覚えてます。ヴァーラさんは、ディオス・デ・ディオブロスっすよね?」
「懐かしいなあ、おい!DDDとか言われてたぜ。思い出した思い出した、お前とやったとき、凄い盛り上がりだったわ。何だ、俺は無敗のファイターで男から、オーホス・ネグロスは可愛いキャラで女人気があったな。まさか、それがお前とは」
「意外でしょ?あの頃は素顔にフェイスペイントで出てたっす」
「そうそう!白と水色の隈取りでさ、黒い目が珍しいからってかなり目立ってたな!」
「ヴァーラさんだって!今でも、ヴァーラさんのコスチュームを真似る女ファイターが跡を絶たないんすから!」
「ええ、と……ヴァーラさんって、そんな時代があったんですか?」
「まあな、昔の話さ」
「ヴァーラさんの人気は凄かったんすよ!引退試合におれも行ったんすけど、凄い人の数で!地下闘技場なのに、引退試合だけは地上の拳闘館でやったんすから!」
「お前、あのときも来てたのか」
「ヴァーラさん、軍人なのに何やってるんですか」
「そやご。兵站かて軍人やで?闘技場の参加はギャンブルやのうて、金稼ぎの扱いや」
「分かってねえなあ。俺は軍人と兵站の間に、予備隊扱いの空白期間があったの。予備隊は軍属寄りの一般人で、軍は俺に拘束する権限はなかったのさ」
「というと、私と出会う前ですね」
「だな。俺が復帰してここの配属になって、既にセネはいたな。俺がDDDだった時代は1年半くらいか。何だ、アイドルだったな」
「ヴァーラはそえでええわ。そやけど、ジェイド。お前はあかんな」
「引退してから10年経つんで時効っすよ。おれは素顔で闘技場に出てたし、一等兵以降はずっと獣頭っすから」
「お前の素顔は誰も知らんようなってんねんな」
「ああ!そう言われると、オーホス・ネグロスの顔が久々に見たくなったぜ!」
「うへっ!?」
唐突に、ヴァーラはジェイドの虎耳を掴んで強く引っ張った。咄嗟の対応に遅れ、ジェイドは防御が不完全のままヴァーラにマウントを取られてしまう。
「おらおらおらぁ!素顔を見せやがれ!」
「痛たたたたた!やめてやめてやめて!にっ、肉が……剥がれるっ!」
無表情の虎マスクの口から、苦悶できつく結ばれた唇だけが覗いていた。




