Inventory
分隊の事務室。朝も早く、セネがマグカップを片手に自席に着いていた。彼以外はまだ誰も出勤していない。彼の出勤は皆より早いようだ。赤みが残る朝陽に照らされたデスクで、セネはマグカップのコーヒーを啜りながら受注を整理していた。
「おはようさん!」
事務室に、段ボールを抱えたヴァーラが入ってきた。
「おはようございます、ヴァーラさん」
「相変わらず、朝が早いのな」
「ええ。家にいても、やることもないですし」
「だからって、早朝手当も無いのに」
「お金は別問題ですよ。ヴァーラさんこそ、今日は早いですね」
「まあな。夜中、ってか、今日か。夜明け前によ、発注してねえアイテムが倉庫から出てきやがってさ」
抱えられた段ボールがそのアイテムなのだろう。ヴァーラは空いたデスクに段ボールを置く。
「ヴァーラさんは深夜残業派なんですね」
「嫌でもな。残業手当は付かねえけど」
「お互い様ですね」
「だな。セネ、こいつを処分したい」
「物は何ですか?」
「黒龍のところの応急処置セット50ユニットだ。MWの格安ので統一になったのに、まだ残ってたんだな」
黒龍というのは、大陸の最東端にある大国系資本の会社だ。実戦向きの武器はもとよりオフィス用品も取り扱っているメーカーで、セネたちの国にも進出してきた。同業他社より安価だが、品質は一部の武器を除いて粗悪なものが少なくない。対して、MWは正式名称をMagic and Weaponsといい、こちらは魔導書や呪術道具を中心に取り扱っている。最近では医療器具にも着手し、徐々にシェアを広げている。品質も申し分なく、価格も良心的なので、セネたちの軍では必要な物品を一括購入するようになっていた。
◆黒龍有限公司 Hey Long Co., Ltd.
・本社 大清共和国 The Republic of Dai Xing
・資本金 105億G
・営業品目 製造・加工・商社・卸・物流・金融・人材派遣
産業機械及び部品、戦略兵器及びそれに附帯した物品、鉄鋼及び金属、エネルギー原料(石油を除く)、生活用品
・特記 軍縮条約から脱退で戦略兵器の輸出増加。日用品の製造工場の新設で事業拡大。金融は国外投資が不調
◆Magic and Weapons Co., Ltd.
・本社 アルケミア共和国 The Republic of Alchemia
・資本金 2億G
営業品目 魔導書編纂加工開発、呪術器具製造開発、医療器具販売、出版、文化財保護、教育、IT
・特記 ジパングに支社設立。医療器具部門が好調。出版と教育部門は横這い。文化財保護センター設立。国内物流企業と業務提携で製品の流通量安定化。
「あらあら、黒龍は定期購入を解消しましたので、返品しても返金はされませんね」
「そうなんだ。先々月の800ユニットを最後に打ち切ったもんな。各部隊に全部配ったと思ったらよ、隅っこで寝てやがったんだ」
「困りましたね」
「困ったよ。黒龍は売り逃げって本部は嘆いてたな。他の分隊との交流会で聞いたんだけど、他の調達も黒龍とは付き合ってないようだぜ。キサラギとかマツダイラとか、ジパング系の会社から買ってるってさ」
ジパングは黒龍の本社がある大国の側に浮かぶ島国だ。セネたちの国やその周辺国もまだ人的国交が盛んでなく、ミステリアスなイメージを持たれている。黒龍に負けじと、ジパング系の大企業であるキサラギやマツダイラが世界的に進出はしているもの、まだまだ認知度は高くない。しかしながら、セネたちの国の産業の中心にはジパング製の機械やプラントが用いられている。ハード面ではジパングに軍配が上がる。
◆如月ホールディングス KISARAGI Holding
・本社 ジパング Zipang オーミ Aumi
・資本金 42億G
・営業品目 機械・電子機械・自動車・造船・製鉄・製鋼・非金属・製紙・食品・商社・倉庫・物流(陸運海運)・エネルギー・建築・金融等
・特記 エネルギー・自動車・電機・金属製造部門を子会社化。金融部門は銀行として分社化。造船は低調、海運は横這い、陸運は上昇。
◆株式会社松平商事 MATSUDAIRA Co., Ltd.
・本社 ジパング Zipang トキオ Tokio
・資本金 25億G
・営業品目 機械・電子機械・医療器具・製鉄・製鋼・非金属・食品・商社・倉庫・物流(陸運海運)・エネルギー・建築・金融等
・特記 エネルギー・建築・金属製造・物流部門を分社化、筆頭株主。親族の会社を吸収、商社と物流部門の拡大。
「アフターケアがないんですもんね、黒龍」
「ああ。そもそも、購入を打ち切る条件に800ユニットも買わせる自体がおかしいんだよ」
「普段はチラシだけ持ってくる、偉そうな態度の営業の方が土下座してましたね」
「値段も一括購入割引されなかったから割高だったよな。確か、いつも500ユニットで2万Gだから単価が40Gか?」
セネたちの国の通貨はGUENEといい、Gと表される。1Gは日本円にして、約130円だ。1Gの半分がDEMEで、1/10がCENTEという。一般的にはG単位で価格が表示され、G未満はあまり用いられない。G未満の通貨は流通量が少なく、お釣りは払わないか何かをオマケして売買が行われている。
「確か、そうでしたね。割引が一般購入価格から25%引きなので2万Gでした」
「つーことは、普通に買ったら2万5000Gで単価は50Gか。最後の800ユニットは確か、4万Gだったな。最後は割引なしだったから、8000Gの損だ」
「MWで同質の製品は単価が25Gでしたし、一括購入なら30%ディスカウントですもんね。MWに乗り換えますよ」
「今は一括で1000ユニットだっけ?30%引きだから、1万7500Gか。おいおい、黒龍ボリすぎだろ」
「しかも、取扱い説明書も象形文字だから読めませんし」
「10ユニットのうち2ユニットの割合で不良品が混ざってやがるしな。契約から2ヶ月目なんて40ユニットが使い物にならなかったぞ」
「返送代金はこちら持ちですし、向こうの担当は不良品は無いの一点張りでしたもんね」
「覚えてる。室長も連れて殴り込みに行った日だな。他でも同じようなことになってるみたいでよ、黒龍の支社の前に何人かいたな」
「それでも、武器は良いらしいですけどね、黒龍」
「いいや、それも物によるぜ。ハンドアックスは刃が脆いし、タガーは切れ味が悪い。シールドやプロテクターは数回で壊れる耐久性、火器はジョイントが壊れて暴発するかサイズ不良で組み立ても出来ないか。黒龍で誉められるのは弾薬くらいかな」
「弾薬だったら、国内でも賄えますね」
「価格は割高、面倒見や責任感はねえ、クオリティ最悪。黒龍、要らねえな」
「新聞によると、黒龍も魔導書開発に着手するようですよ」
「ふざけた話だ。軍の魔道士連中は使わねえだろうな」
「武器のことを聞く限り、ビギナー向け魔導書も怪しいですね」
「技術や開発の科学畑が作る試作品がまだ使えそうだ」
「ところで、その50ユニットの応急処置セットは使わないんですか?」
「使わねえだろ。MWのが出回ってるし、黒龍のなんか不良品だらけで博打だし。肝心なときに役立たずな応急処置セットなんか、倉庫の肥やしにもならねえ。転売すっか?」
「転売ですか。買い手はいるんですかね?」
「そうなんだよ。問題はそこだ。軍関係には黒龍の悪評は広まってるし、医療関係機関は自分とこで作ってるか他のメーカーから仕入れているだろうし」
「50ユニットって数も中途半端ですもんね」
「そうなんだよなぁ。戦闘員の応急処置用具必携義務で各自1ユニットだとして、部隊下限人員が30だろ?だから、30ユニットで50人も部隊は組まないし。中途半端すぎるわ」
「嵩張るから2ユニット以上は持たないしで、完全に持て余しましたね。かといって、捨てるわけにもいきませんし」
「一応は軍の金で買ったからな。知り合いに好事家の転売業者もいるんだけど、あいつでも100Gくらいだろうし」
「一般価格の半値以下ですね」
「完全に損だよな」
ヴァーラとセネの二人は不良在庫を前に頭を悩ませていた。




