第三十五話:逃避と開花
「最近圭太見てないね〜」
それは何気ない白空の一言から始まった。
確かに言われてみれば全く顔を合わせていない。
みんなは学園祭の時に会っているが、私はその間バタンキューしていた。
いつもならミロックダイスキーとか言っているのにどうしたんだろう…。
「そういえば圭太って兄弟とかいるのかな、あんまり聞いたことないけど」
「確かに俺も知らねえな。あいつ自体あんまり話したがらなさそうというか」
ボリボリとポテトチップスを食べながら竜は言った。
「…私、心配だし圭太の家行ってみる。あかりがどの辺にあるか知ってると思うし」
「だとしても、さすがに場所までは分からないんじゃないのか?一軒一軒探すのかよ」
「そのつもりだよ」
こういう提案をした時、いつも優は一度反対意見を出す。
初めは嫌がらせだと思っていたが今は違う。
冷静に物事を判断するために立ち止まる機会をくれているのだ。
それは彼なりの優しさなんだと思う。
そう考えられるくらい私も大人になったってことだよね、へへっ。
「なら俺も行く。竜と零も来れるか?人は多い方が良い」
「もちろんついていくよ」
「ええ、私も同じ」
「ありがとう!あかりに連絡してみるね」
「何かあったらすぐに知らせて!私たちもミロックへ待機してるから」
利愛が言うと白空も大きく頷いた。何か、嫌な予感がする。
あかりから住んでいる地区の情報だけ得た私たちはすぐに捜索を始めた。
しかし、いくら探し回っても出背の表札は見当たらない。
そこまで広くないし四人で走り回っているからすぐ見つかるはずなんだけど……
「おい、本当にこの辺で合ってんのか?」
「ひと通りは探したはずなんだけど…。何か気づいたこととかある?怪しい家を見つけたとか、見逃した可能性とか」
「そういうのはないなあ…。そもそも出背なんて珍しい名前をスルーする訳ないし」
「名字かあ」
竜が何か考え込む。
「どうかしたの?」
「ああいや、俺の母方の名字が樅木って言うんだよ。珍しいだろ?」
「樅木ってあのクリスマスツリーとかで使われるやつ?」
「そうそう、出背も珍しいけど樅木もなかなかないよなあって」
その時、優がなにか閃いたように言った。
「もしかして圭太のやつ、出背って名字の家にいないんじゃないか?例えば母方姓だとか、別の名前になってるとか…」
「だから見逃してたのか!?それじゃね!?」
「わ、私あかりに聞いてみる!」
すぐにスマホを開きあかりに電話をかける。
メッセージのやり取りをしていたからすぐに出てくれた。
「あかり!何度もごめん、圭太の住んでる場所の名字とか知ってたりする?」
『全然大丈夫だよ〜!うーん、詳しくは知らないけど、雪?が付くってのは聞いたことあるよ。
家庭訪問の時に先生に家の名字伝えてるのを見た子がいるんだ』
「雪、雪ね!ありがとう探してみる!」
あかりにお礼を言うと私たちは探索を再開した。
「…前から思ってたんだけど月霜あかりって何者なの?なんでそんなことまで分かるのよ」
「さ、さあ?」
零ちゃんの疑問ももっともではある。
でもまあ、元々あかりは活発でウワサ好きなところもあるから情報通なのかもしれない。
ちょっと怖い。隠し事するのは辞めておこう。
「それにしても優はさすがだな、天才だわ!お前を相棒に持てて誇りに思うよ」
「取ってつけたように相棒にするな。そういうカップリングを作って売れようみたいな魂胆一番嫌いなんだよな」
「急にどした?仲良くしようぜ?な??な??」
戯れている優と竜は、放っておこう。
「…ここだ」
数十分後、私たちはとある家の前に立っていた。雪野と書かれた表札、ここに圭太がいる可能性が高い。
優が前へ出てインターホンを鳴らした。返事はない。
「入るぞ」
「えっもう!?まだ一回しか鳴らしてなくない!?あまりにもせっかちすぎ…」
私の言葉を無視して優は家のドアを開けた。
鍵が、開いていた。
全員慌てて中へと走る。そこにいたのは。
「け、圭太!!!しっかりして、圭太!!!!」
血を吐き、虚ろな目で倒れている出背圭太だった。
すぐに圭太をミロックへと運び、りゅうさんに治療してもらった。
どうやら見た目ほど大事ではなかったらしくすぐに意識を取り戻した。
…血はいつ見ても慣れない。慣れて良いものではないけど。
「とりあえず重症じゃなくて良かったよ。俺らが見つけた時はマジで焦ったんだからな!?
もうお釈迦様になっちゃったんだと思った」
「竜、縁起悪いからやめなさい」
「す、すみません……」
いつものように零ちゃんが突っ込む。
「とりあえずお前らで少し話をしておいてくれるか?俺はちょっとやることがあって…」
「やることですか?」
りゅうさんは少し困ったように言った。
「この前のむつきのスピーチを聞いて、デモ活動をしている住民がいるらしいんだよ。といっても小さい集団なんだけどね。
Be Quietが出動してるらしいから少し様子を見てくる。
クルミル様と白空利愛もそっちに出払ってるから、また後でどうなったか教えてくれ」
「わ、分かりました…」
私とジュゼッペが映っている写真がばら撒かれて、四醋剣が全部悪いと断言したあのスピーチ。
思いが届かなかった住民もいるということなんだ。
「別に凹むことでもねえよ。全員が全員に届く方が変だろ。もはや宗教だよ」
ボソッと優がフォローしてくれる。
「はは、それもそうだね」
私は笑いながら返した。
「んで、話を戻すが、これはどう説明してくれるんだ圭太」
バンッッと机の上に何かを叩きつける。
そこにあったのは花形のキーホルダー、四醋剣だった。
「な、なんでここに四醋剣が!?」
「ここにじゃねえよ、圭太のポケットに入ってたんだよ。
そのままだと逃げられると思って運び込む前にこっそり抜き取った」
「やだなあ優先輩、変なとこ触ったんじゃないですか?」
「ふざけるな」
優は圭太を思いっきり睨みながら言った。
「答えろよ、なんでお前が四醋剣を持ってるんだよ」
優先輩にどやされ、少しずつ記憶が戻ってくる。
ああ、そうなんだ。俺は四醋剣を渡されたんだ。
だとしたら、あの時の記憶は………
『これはあなたと私だけの秘密。せいぜい足掻きなさい』
女の人の声が頭の中でこだまする。
もし記憶が事実なのだとしたら、あの人は今どんな気持ちで生きているのだろう。
「…知りませんよ、気付いたらポケットの中に入ってました」
「本当だな?嘘をついていたらどうなるか分かって発言してるんだな?
この場だけじゃない、ミロックの今後に関わることなんだぞ」
優先輩は凄む。彼は察しているのだろう、俺が嘘をついていることを。
誰かから四醋剣を渡されたということを。
「優、その辺にしよ?血を吐いてた訳だし、圭太だって被害者だよ。今ここで詰めたって何も変わらないよ」
「もし被害者なのだとしたら、なんで加害者を庇おうとするんだ?」
加害者か。この場合の加害者って誰を指すんだろう。
本当のことを黙って誤魔化そうとした俺?
ミロックを罠に嵌めようとしたマリック様?
それとも、俺に四醋剣を与えた霜月みな?
「圭太、もう一度聞く。これが最後だ。誰から四醋剣を受け取った?」
「……さあ、誰でしょうね」
俺はそう言うとむつき先輩の手を引いて部屋の外へ出た。
「おい、待て!!」
遠くで優先輩の声が聞こえるが振り返らない。
前も見ずに俺はひたすら走り続けた。
「圭太、圭太っ!」
むつき先輩が俺の名前を呼ぶ声がして、ハッと我に帰る。
ここは、どこだ…?
「ね、ねえ圭太。私たちミロックにいたはずだよね?
ミロック城を出て現実世界に戻るには、ミロックハウスを経由するはずで…なのにここって……」
俺たちが必死に走っていたのは、季未賀高校の廊下だった。
むつき先輩の言う通り変だ。この数分でミロックを出て学校にたどり着けるはずがない。…もしかして。
俺はむつき先輩の手を引いたまま、近くのクラスのドアを開けた。そしてゆっくりと中へ入る。
教室内に足を踏み入れた瞬間、俺たちは小さな公園にいた。
むつき先輩は隣でびっくりして目を丸くしている。
「何これ、まるで瞬間移動したみたい…」
そのひとことで俺はとあることに気付いた。
「ふっ、ハハハッ!なるほどね、よくできたもんだ。ハハ、ハハハッ!」
「圭太…?」
不安そうに見つめるむつき先輩。
もう彼女とこうやって話をするのは最後かもしれない。そんな気がする。
「これが俺の四醋剣の力なんですよ。嘘を嘘で塗り固めて、自分が分からなくなって、それでも誰かに認められたくて。
その結果、全てから逃げてきた。だからどこへでも逃げられるようになったんです。あまりにも皮肉すぎて笑えてきますよね、ハハハッ!!」
むつき先輩はもう何も言わなかった。
四醋剣は俺の中で開花してしまった。もう後戻りできない。
「圭太、何があったか説明して。私も四醋剣は誰かから渡されたと思ってる。
事情を知らない人ならまだしも、圭太が進んで拾うことは絶対にないから。教えてよ、誰かもらったの?」
「…むつき先輩。俺はミロックじゃなくて、むつき先輩が好きだったのかもしれないです」
「ッ!?いきなり何を言ってんの!?」
明らかに動揺するむつき先輩。
「いつでも前だけを向いて、まっすぐで。それでも時には悩んで、抱えて、抗って。
俺もそんな生き方をしたかったのかもしれないですね」
「圭太……」
「そう気づけたと考えたら、これまでの人生も無駄じゃなかったのかなと思います」
四醋剣を見つめる。
俺は今後一生、こいつと向き合っていかなければならない。
自己嫌悪だってたくさんするだろう。
でもいつか、それすらも愛おしく思えるようになるはずだ。
「ありがとうむつき先輩、またね」
返事を待たず、俺はその場から姿を消した。




