本当は怖い手形の話
「ふぅん、キミがお姉ちゃんに簿記のことを教えてもらっているっていう少年かい?」
「えっと、誰?」
「……アタイを知らないとは頭が高い。アタイこそ全知全能の神――」
「はぁい、そう思ってるのはあんただけだからね黒闇天」
「いったぁい、ちょっとお姉ちゃん、久しぶりに様子を見に来た妹に対してそれはないんじゃないの?」
「えっと、あっと……」
「ほら、まったくわけわからない状態になってるから混乱してる。そうだ公人くんが学校に行っている間、和美さんが来て在庫から酒を持っていったんだけど、その代金を手形で貰ったよ」
「勝手に持っていったのか? まぁ知り合いだし代金は支払ってくれてるから別にいいか」
「本当はダメなんだけどね(店主、もしくは店員がいない店から勝手に商品を外に持ち出してから支払うと、たとえ知り合いだろうと、代金を支払っていても万引き(窃盗)扱いになります)」
取引 酒代として5,000円分を販売し、それを約束手形で受け取った。
(受取手形)5,000(資産▲)(売上)5,000円(収益▲)
「手形については前に教えてもらっているし、期日も過ぎてるみたいだから、明日銀行に持って行ってお金に変えてくるわ」
「裏書には、さいわいキミの名前が記入できる場所が残っていますね」
「……ねぇ、ちょっとその裏書を見せてくれる」
「――っ? いいけど」
(和美から受け取った手形の裏書)
一段目/(住所)Y県M市ふぐたろう商店/(被裏書人)(株)幸福委員会
二段目/(住所)F県T市(株)幸福委員会/(被裏書人)なし
三段目/(住所)K県S市(有)狸囃子愛好会/(被裏書人)なし
四段目/(住所)T都M区OHU商店/(被裏書人)なし
「しかし、こうやって見ると手形が資産だってのがわかるな」
「それだけ利用されることが多いんですよ」
「うん、大丈夫だね。『被裏書人』の不備はないみたい」
「え? 『被裏書人』?」
「えっと、要するにそれに書かれている人や会社以外は手形を使えないし、現金に替えることもできないんだ。この不備があった手形はたとえ書くところがあっても『受取手形』としては資産として使えないの」
「今回は最初の欄はあっているし、それ以外の欄で被裏書人が指定されていないから、安全に使っても大丈夫だよ。ただ書くところも少年の名前以外にないから、現金に替える以外の使い道はないけどね」
「そうか……それじゃぁ、これを資産として運用できないんだな」
取引 受け取った手形5,000円を銀行で換金し、銀行口座に入金した。
(当座預金)5,000(受取手形)5,000
「しかしよく見ないとダメなんだな。危うく使えなくなっていたかもしれないってことだ」
「そうだね。これも不渡りになるから(不渡りについては第十三話で説明しています)、もし『被裏書人』の指定をする時は十分考えないとね」
「受け取った人は資産として使えないし、小切手を発行した人はペナルティーを喰らうってわけか」
「それじゃぁ、たとえばこういう取引があったとするよ」
取引 53,000円の商品を販売し、代金を小切手で受け取った。
(現金)53,000(資産▲)(売上)53,000(収益▲)
「さて、これが昭和47年2月1日から引き落としができる状態で、受け取ったのはその年の8月1日だった。そしてその翌日に銀行で現金に替えてもらった」
「あのなぁ、さすがに今まで勉強してるんだから、それくらいの取引くらいできるって」
取引 受け取った53,000円の小切手を銀行に持ち込み、それを現金に換金した。
(現金)53,000(資産▲)(資本金)53,000(純資産▲)
「ほら、こうだろ?」
「……くくく、くくぅえけぇきゃあはははひゃけぇえは。間違えたっ! まぁちがぁえたぁ! こんな簡単な仕訳もできないんだぁ」
「えっ? なんだ? オレなにか間違っていたのか?」
「え、えっとね、取引の書き方と仕訳方は間違いじゃないんだ。でも黒闇天が言っていたことをよく思い出して」
「え? 言っていたこと?」
「手形取引には期日があるのは以前にも話してるよね? そしてその期日前に受け取るとその分、手数料が引かれるってのも」
「あぁ、教えてもらったけど」
「それって期日後にもあるんだよ。つまり小切手に書かれた振出日から『半年』が経過すると、その小切手は使えなくなるんだ」
「なっ? でも2月1日から使えるなら8月1日まで使えるんじゃないのか?」
「普通の年ならね、でも黒闇天が言っていたことをほんとよく思い出して」
「えっと、昭和47年2月1日……これがなんなんだ?」
「……うるう年」
「――えっ?」
「その昭和47年(1972年)はうるう年だから、2月29日まであるよね? 換金できる期日に年は関係ないんだけど、黒闇天の問題は受け取ったその翌日に銀行に持って行って換金してもらった」
「翌日って8月2日……期日は半年だから8月1日までしか使えないから、換金ができないってことか?」
「もちろん小切手でのやりとりにこんなデタラメな取引はされないし、裁判沙汰にもなりえるから避けたいところだね」
「そうそう。だけど、人の話をちゃんと聴いていたら、こんな仕訳しないよね?」
「ぐぬぬ……あのさぁ、他に手形取引で気をつけないといけないことってあるのか?」
「えっと、小切手の話を続けるけどそれなら『先付小切手』かな」
「『先付小切手』?」
「一般的な小切手は書いたその日が振出日になるんだけど、『先付小切手』はその振出日の指定ができるんだ」
取引 200円の商品を販売し、代金を先付小切手として受け取った。
(現金)200(資産▲)(売上)200(収益▲)
「仕訳方は今までの小切手の取引と変わらないよ。でもこの『先付小切手』は振出日が指定できるから、小切手を切ったその時に口座に預金がなくても、記入した振出日までにお金を口座に振り込まれていれば、もらった相手はお金を下ろせるんだ」
「『先付小切手』も手形と一緒で、その口座にお金がなかったら、発行した人は『不渡り』としてペナルティーを喰らうわね」
「手形に書かれた金額を引き落とす場合は、振出日から三日後と覚えておけばいいかな。他にもいろいろ細かいことがあるんだけど、さすがにそこまでやると長くなるし、ややこしくなるから手形とか小切手のことが書かれている参考書を読んだほうがいいね」
「なんか読む本が多くなってくるな」
「そういえば、以前に和美さんから約束手形を受け取ってたよね? あれどうしたの?」
「んっ? いちおう資産として残してるけど、あれには裏書も書かれてないし、半年前に貰ったわけじゃないから大丈夫じゃないのか?」
「それじゃぁさっきのもらった手形をよく見て、不備がなかったら資産として取っていてもいいよ」
「……っ? えっと、支払期日が三年前の十一月になってるけど」
「っ! 今すぐ和美さんのところに行って代金請求してきてっ!」
「え、なんで? ちゃんと代金は支払ってもらってるぞ?」
「きゃはははっ! ちゃんと見ないから使う人間も間違えるんだ」
「えっと? どういうことだ?」
「手形にも小切手と一緒で使える期間が決まってるんだよ」
(手形の時効期間)
一・約束手形の場合
振出人・保証人に対する請求権
=支払期日(満期日)の翌日から三年
裏書人に対する請求権(遡求権)
=支払期日(満期日)の翌日から一年
不渡後、手形金を支払った裏書人の前の裏書人に対する請求権(再遡求権)
=手形金を支払った日、または支払いの訴えを受けた日から六ヶ月
「裏書人ってのは、手形をもらった人だろ? その人が支払うことになってる『遡求権』ってなんだ?」
「遡って求める権利って意味だね。裏書を書いた人が請求されるんじゃなくて、手形を発行した人に手形の代金が請求されるんだよ。この場合でも口座にお金がなかったら『不渡り』になるね」
「為替手形も基本的には変わらないね。ただ注意しないといけないのは、『白地手形』とはちょっと違うんだよね」
「『白地手形』?」
「『白地手形』っていうのは、他の手形と違って、支払期日・金額・受取人・振出日の記載がされていない手形だね」
「『白地手形』はすくなくとも手形行為者の署名、または記名・捺印が必要になるわ」
「金額や他のところが書かれているけど支払期日が書かれていない手形。または金額に記述がない、受取人、振出日が書かれていないものを『白地手形』って思えばいいかな」
「ようするに以前あった小切手帳と同じ扱いってことか」
「考えとしてはね。その時に手形を切るわけだから」
取引 料亭で3,000円分の料理を4人で食し、その代金を手形で支払った。
(外食費)12,000(費用▲)(支払手形)12,000(負債▲)
「さて、その場で食事の代金を手形に記入したわけだけど、どう書くのかわかる?」
「えっと、小切手帳と同じ扱いってことは……」
『金壱万弐千円也』
「これでいいのか?」
「正解。手形を受け取った時は表に書かれた元の振出日、裏に書かれた裏書人が使った時の振出日を確認して、こういうことが起きないようにしないとね」
取引・一 商品2,500万円の建物を販売し。手付金として約束手形100万を貰い、後日残りを受け取ることになった。
(受取手形)100(資産▲)(売上)2,500(収益▲)
(売掛金)2,400(資産▲)
(単位・万円)
取引・二 その約束手形の支払期日が半年前のものだったため裏書人を確認。購入者の名前と振出日が右記の取引が行なわれた日だったため、急いで処理をすることにし、その金額を当座預金に振り込んだ。
(当座預金)100(資産▲)(受取手形)100(資産△)
「手形や小切手での支払いを受けた場合、時効を迎えるまでは資金として使えますが、『支払呈示期間』が過ぎると法的保護が受けられなくなりますので、受け取らないほうが無難ですね」
「『支払呈示期間』?」
「手形の場合は支払期日を当日とした三日間、小切手の場合は支払期間の翌日から十日以内を『支払呈示期間』って云うんだよ」
「十日間以内って、土日は銀行が休みだよな? その日も計算に入るのか?」
「お、いいところに目がつくねぇ。もちろん土日祝日も一日として計算するよ。それじゃぁ、小切手の振出日が九月七日水曜日として、小切手の呈示期間は十日以内だから、九月十七日土曜日までに現金(当座預金)として処理しなくてはいけないことになった」
「十六日の金曜日までに処理しないと法的保護は受けられないのか」
「たしかにそうなんだけど……黒闇天、ちゃんと日付の計算くらい教えてあげなさいよ」
「いいじゃんお姉ちゃん、ずぶの素人が『支払呈示期間の最終日が銀行の店休日だと呈示期間の猶予が翌営業日まで伸びる』なんて知らないんだから……あっ」
「え、そうなの?」
「公人くんの答えは間違ってないんだけど、最終日が銀行の店休日だと手形交換所にもっていけないから、次の営業日まで提示期間が延びることになるんだ。以前に小切手の流動について説明したね」
「そういえば、母さんが昔ネットの接続契約に対するキャッシュバックの代金を小切手でもらって、それを銀行に持っていったけど、すぐに現金にしてもらえて、その日はちょっと高い夕食になったことがあるぞ?」
「その場合は『預金小切手』といって、銀行が小切手の支払先の当座預金を直接引き落としているから早いだよ。『自己宛小切手』とも言うね」
「もっと話すことがあるんだけど、さすがに長くなってきたから話は次回にまわすとして、和美さんに酒代の請求と手形の処理をお願いした方がいいよ」
「そ、そうだったっ! 急いで和美叔父さんの店に行ってくる(ドタバタガチャ)」
「まったく、忙しい少年だことで」
「まぁ、教える立場からしたら、簿記なんて数字の計算に興味を持ってくれてるだけありがたいよ。富の神である吉祥天の戯れ言に付き合ってくれてるんだから」




