やめるんだ、こんな事
「セコンド、テルツォ!」
プリーモの行く手を二体が阻む。
正直、プリーモを奪われたのは痛手だ。僕が最初に作った子。過ごした時間も長く、戦闘の経験も一番ある。
でも、だからと言って、他の子が弱いなんていうことはない。
セコンドとテルツォがプリーモを拘束する。ギシギシと、耳障りな音がする。
頼む、やめてくれプリーモ。僕は、君を壊したくない。
声は届かないけど、そう願った。
「…暦ちゃん」
僕はクアルトとクイントを従え、暦ちゃんの前に立つ。ギリギリ魔法陣の範囲外。ここなら、洗脳されることはないはず。
暦ちゃんは、少し腫れぼったい瞳を細めた。
「何? みこくん」
「やめよう。やめるんだ、こんな事。梓は心配してるよ、だから、帰ろう」
暦ちゃんの顔が歪んだ。
「…無理だよ。私は、お姉ちゃんの所に帰れない。…エゼル様を、裏切れない」
唇を噛んで、肩を震わせる。
自分の腕を抱えると、地面の魔法陣が拡大した。放つ光が強くなる。
「駄目、私には…っ、エゼル様を裏切れない! 私に手を差し伸べてくれた、あの人を!」
まずい、と思って後ずさるが、もう遅い。
光が僕の視界を奪う。
ふいに、地面が消えたような感覚に陥った。ふわふわと、体が浮いているよう。
「…何だ、ここ」
目を開けると、そこは暗闇だった。
一寸先は闇。まとわりつくような黒。自分の体すら見えない。そもそも、僕はちゃんと目を開いているのだろうか。
「マスター」
振り返る。ぼぅっと、一筋の光が見えた。その光は広がり、闇を後方に追いやった。
立っていたのは、セストだった。
色素の薄い人工の髪が靡く。片方を黒い眼帯で隠し、もう片方の赤いドールアイが光を浴び、キラキラと輝いている。
「マスター」
もう一度、呼ばれる。
ヒールが地面を打つ。その音が、どんどん増えた。
光の中から現れたのは、残りの五体だった。でも彼女たちは、今交戦中じゃ…。
「…尊」
愛おしい、声がした。
クアルトとクイントが避ける。その奥から、梓が歩いてきた。
風が吹く。甘い香りがした。
梓に、手を伸ばしてしまった。彼女はその手を握った。
「尊」
細められた瞳に、涙がこみ上げてきた。
何をしているんだ、僕は。これは梓じゃない。
だって、彼女は。
彼女には。
「…君には、彼がいるじゃないか…」
朝、あのまま梓に能力を使ってしまおうかとも考えた。でも、僕と彼女の間に入ってきた、彼を見る目が、初めて見る色で。
その瞬間、駄目だと思った。
梓には、梓の幸せがある。彼女は幸せを見つけた。それを、壊しちゃ駄目だ。
「…梓、大好きだったよ」
口から溢れた言葉に、梓は眉を下げて笑う。
僕の手を握る、彼女のものじゃない手は、ひどく冷たかった。
***
「…ごめんね、みこくん」
私が見上げるみこくんの表情は、無。その首筋には、紫の魔法陣が浮かんでいた。
きっと、今みこくんは夢の中で、お姉ちゃんに会っている。だって、昔からみこくんはお姉ちゃんが大好きだったから。
そして知っていた。みこくんが能力を持っていたことも、お姉ちゃんを人形にしようとしていたことも。
「あ、終わった〜?」
「…慧音、遅いよ」
「ごめんごめん。ちょっと木の上が気持ち良くてさあ。ほら、今日いい感じの気候じゃない? 昼寝日和だよね!」
持参の枕を抱える慧音は無視。
私はみこくんの手に、飛行機の搭乗券を握らせた。
「…ばいばい、みこくん。イギリスでも、頑張ってね」
ふらふらと、みこくんは歩き出した。人形たちは、命令が来ないのを訝しがっている。
私は、プリーモの洗脳を切り、踵を返した。
「ちょっと待ってよ、暦」
その後ろを、慧音が付いて来る。暫くして、彼が口を開いた。
「…彼、兄妹喧嘩に必要ないって、エゼル様が言ってたよね」
「だから?」
「冷たいなー。…ね、知りたくない? エゼル様の言う『兄妹喧嘩』って、何なのか」
慧音を見上げる。彼はこちらに気付いて、笑った。
「…知ってるの?」
「いや? …別に、暦が知ってると思ったとかじゃないからね!?」
キリ。
鬱陶しいツンキリ台詞に、私は溜息をついた。
しかし、そう言われてみれば、私たちはエゼル様の目的を知らない。どうしてLancelotと対立するのかも、何も。
「…気になるよね。じゃあ、調べてみない?」
慧音が悪戯っ子のように笑う。
「僕と暦でさ。僕たちの知らない、エゼル様のことをさ」




