幸せ?
「あら、最初はあんなにボロクソ言ってたのに…」
「うるせー。昔は昔、今は今だろ」
あの時は、リーダーになるやつなんてみんな同じだろうと思ってたから。みんな、俺たちを見捨てるんだろって、そんな酷いやつならいらないって。でも姉御は違った。俺たちを助ける為に、自ら跳んできた。
流石にあの時は面食らったけどな。同時に思った。こいつなら、前のリーダーみたいに、俺たちを見捨てて逃げないんじゃないかって。
だから俺は、俺たちは姉御をリーダーに思う。姉御が望んだ家族になる。
「…お姉様は、『リーダーなのに遥希さんに決断させて、何もしなかった私がもっといい方法があったはずだと責めてしまった』と後悔していました」
千春がおもむろに口を開く。
遥希の視線が上がった。
「謝りなさい、遥希。少しでも自分のやったことに後悔があるのなら。お姉様を、傷付けたと思うのなら」
オレンジのグラデーションが、揺れる。
遥希は目元を拭い、立ち上がった。
「…はあ」
朝から気分が重い。無気力さんとはまともに話せなかった。
「おはよう、梓」
後ろから名前を呼ばれる。振り返ると、尊が立っていた。
「…昨日はごめん」
「っ、ごめん、てっ…」
「わかってる。わかってるよ、ごめんねで済む話じゃない。だから、ちゃんと話がしたい」
真っ直ぐ私を見つめる尊の目。
ごめんで済む事じゃない。それは、尊も私もそう。私は、尊の家族を壊した。
「放課後、俺の家に来てくれる?」
「…うん」
「ちょっと待て!」
私と尊との間に割って入ってきたオレンジのTシャツ。
「はる、き…さ」
「…ダメだ。姉貴は渡さない」
じんわりと、空に白い霧が滲み始めた。
「何してるの!? 駄目だよ、こんな道のど真ん中で能力使っちゃ!」
「でも!」
無気力さんは泣きそうな子供みたいな表情をしている。飄々としているイメージが強かったから、この表情を見て驚いた。こんな顔もするんだって。
嫌だ嫌だと首を振る無気力さん。それを見ていた尊が口を開いた。
「…いいよ、君もおいでよ」
尊が微笑む。無気力さんは、私のカーディガンの裾を握った。
「放課後、迎えに行く。学校行こうか、梓」
「あ…うん」
裾を握る無気力さんの手に力がこもった。
「…行ってきます」
ちゃんと帰ってくるから。
その手をやんわり解いて、尊と並んで通学路を歩く。ちらりと後ろを振り返ると、立ち尽くした無気力さんが目に入って、少しだけ悲しくなった。
「…喧嘩した?」
「…喧嘩じゃないよ。気まずいだけ」
「珍しいね、梓が喧嘩なんて」
「だから喧嘩じゃないっつってんでしょ」
「あはは、冗談冗談。怒っても可愛いよ」
「黙ってくれる」
普通に話せている。前みたいに、くだらない言い合いができている。
「…私、尊に謝らなきゃ」
「うん? 梓が謝る事はなかったと思うんだけど」
「セストの事」
尊が立ち止まった。
「…あの子、尊の事大切だって言ってた。…家族、だったのに」
私が壊した。私が、尊の家族を。
「…俺さ、梓を俺だけの人形にするのが夢だったんだ。それで、梓と幸せに暮らすのが」
遠くを見つめる尊の目は、言葉に反してとても優しい。
「梓は今、幸せ?」
その優しい目が、私に向いた。