転生5
先ほどの衝撃で、私の大好きな森の小さな広場は、
一瞬でとても大きな広場になり、三角の隆起物と小さな湖ができた。
こんな災難が起こったにもかかわらず、この広場のシンボル、一本の大きな古木は微動だにせず何事もなかったかのようにそこにそびえ立っていた。
しばらく気を失っていた私は目を覚まし、体を起こして
この様変わりした光景をぼうぜんと見つめた。
「へ…っ???」
「きゅ、きゅ〜(おい、大丈夫か!?)」
顔を向けると、毛並みがぼさぼさになったもふもふが心配そうにみていた。
「うわ!ごめん!もふもふ…大丈夫?怪我はない??!」
「キュ(おれは余裕、どや)」
「良かったあ~よしよしなでなで」
「きゅー!(そんなことより!)」
「そ、そだよね、こんなことになっちゃってびっくりしたよね…」
「きゅー!(ちがう!そうじゃない!)」
「ん?あ、そっか、ごめん、君の住処もなくなっちゃったか…」
「ちがうつーの!俺はもっと別のとこに家あるから問題ない!そんなことより、頭!」
「ぎゃー!!血が出てるー!!」
「やっと気づいたか、鈍感なやつめ!」
「びっくりしすぎて、痛くなかったけど、ズキズキしてきたぁ…」
「そりゃそうだろ!」
「う、うっ…うわーーーん!」
「お、おい!そんなに泣くなよ、俺は人間の治療なんてできねーし…どーすりゃいいいんだ!?」
「ぐすんっ、うっ…おえ…うわーん」
もふもふがすごく心配してくれているが、色々あって涙が止まらない。
「ん??気配が…おい、誰かくるぞ」
「うっ…う…?」
大きな古木の下にほんの一瞬光が弾けた後、そこには一人の初老の男が立っていた。
「ほぉ。災害級の魔力反応ゆえ、思わず飛んできてみれば…こりゃまた派手にやったもんだ。」
初老の男は、周りを見渡し、吹き飛ばされた私と目が合った。
再度、大きな古木の下にほんの一瞬光が弾け、初老の男のすぐとなりに執事のような格好の男が現れた。
「はあ…サイラス様。短距離だからと座標確認もそこそこに転移魔法をお使いになるのはおやめくださいと、あれほど申し上げたはずですが」
「良いではないか、アルド。目的地は明確だった。ほれ、ティーセットも無事…いかんいかん、無事ではなさそうな者がおるのだ。急げ」
そういって、初老の男サイラスと、執事っぽい男アルドが私達の元へやってきた。
もふもふは私の陰に隠れてしまった。
「お嬢さん、大丈夫かな?どれ、怪我の具合を少々確認させてもらうよ」
駆けつけた2人の男は、急いで私の治療にとりかかった。
サイラスがしゃがみ込み、私の体にそっと手をかざす。
「ふむ…骨に異常はなし。頭部の外傷も深くはないようだ。擦り傷と打撲の痛みが強いか、…アルド」
「御意」
サイラスの一言を受け、今度はアルドが静かに手をかざす。
「《ハイ・ヒール》」
瞬時に治療魔法を発動させ、静かで美しい光が私を包んだ。
ズキズキしていた痛みがスーッと消えていき、血も止まって傷口が綺麗な肌に戻っていく。
(なんかあったかい……もう 痛みが消えた……!?腕や脚の 擦り傷も、消えてる!)
「ついでに、お召し物の汚れも落としましょう。《クリーン》」
アルドの魔法で、粗末な服も今までついていたシミ一つさえ落とされたように真新しく綺麗になった。
「ご苦労」とアルドに声をかけたサイラスは、私に向かって優しく尋ねた。
「他に痛いところはないかね?」
「はい…びっくりするくらい、ないです…」
不思議な感覚すぎて、思考が追いつかない。
「そうか、そうか、それは上々」
サイラスは満足そうに目を細めた。
私は、すっかり消え去った傷や痛みや汚れの痕跡を辿りながら、感動していた。
「これが魔法…??…どうやって?ヒールは治療魔法…クリーンは生活魔法…?」
本(前世のラノベ)での記憶しか知識がない私は、本物の魔法を見て触れて衝撃を受け、思わず呟いていた。
(これが、本物の魔法…!)
「あ!失礼しました!治療していただいて、ありがとうございます!お礼が遅くなってすみません。なんとお礼を言ったらいいか…!」
魔法にばかり気を取られていた私はすくっと立ち上がり、サイラスとアルド両人を見たあと、90度のお辞儀で頭を下げた。
「いやいや、気持ちは受け取ったよ。お嬢さん自身もびっくりしただろう」
「…本当にありがとうございます。ところで、先ほどお二人はあの大きな古木の下に、急に現れましたが、どうやって現れたのですか?一瞬光って、2人が現れました…!」
本物の魔法に感動しまくった私は、興奮気味に尋ねた。
「ふむ。お嬢さん、君は魔法に興味があるのかな?」
「はい…魔法が使えたらいいなって…魔法が使えれば、魔法を極めて自立したいってずっと思ってました。だけど…」
「ふむ。この惨事になってしまったので途方に暮れたか」
「はい、すみませんでした…」
「そうじゃな…ふむ、先程ここに現れたのは魔法じゃ」
「転移魔法…!すごい、本当に魔法でそんなことができるんだ…!!」
「簡単にできることではないが、そうじゃな、極めればできるようになるかもしれん」
「もしかして、お二人は凄腕…?」
さっきまで大泣きしていたのに、目をキラキラさせて気になる魔法の事を聞く私を、サイラスは優しい眼差しで見つめた。
「魔法は、嫌いになっておらんかね?」
「はい、嫌いにはなっていない…と思います。ただ、怖いです…あの体の中から、自分の意思ではどうにもできない流れが溢れ出してくる感覚が…」
思い出して、思わず身震いした。
あの制御不能な魔力の恐怖は、体にこびりついて離れない。
またしょんぼりと萎れてしまった私の頭に、サイラスの手がポンと優しく乗せられた。
これまた不思議とサイラスの手は落ち着いた。
「そうじゃな、あの魔力の暴走は結果的に災害級じゃった。よくこのくらいの怪我で済んだものだ」
落ち着いた声でそう言いながら、サイラスの視線は、私の背後でひょっこり顔を出していたもふもふを捉えていた。
「魔力の暴走は、誰でも怖く感じるのも当然。ましては、この規模ではな」
「はい…本当にすみませんでした」
「いやいや、怒っているわけではないのだよ。本当に無事でなによりだ。…そうだ、そろそろティータイムとするか」
「御意。あちらにセット済みです」
アルドが淹れてくれたお茶は、とても落ち着く香りと味でびっくりするくらい美味しかった。
「落ち着いてきたようだね。さて、お嬢さん」
サイラスは、ゆっくりとティーカップを置き、ゆっくりと私を見つめた。
「単刀直入に聞くが……この広場と、向こうの湖、そしてあの三角の小山を作ったのはお嬢さんで間違いないかな?」
「えっと…」
私は説明できず、言葉に詰まってしまった。
「すまん、すまん。少し先走ってしまったようだ。湖と小山については、後日調査するとしよう。先ほどの大きな魔力の爆発は、話の流れからお嬢さんが起こしたことで間違いない、ということで良いかね?」
「…はい」
「怒っているわけではない。それにこんな幼子に、どうしてくれるんだ!などと誰も言うまい。そもそもこの森に入れる者も数少ないのでね」
サイラスは目を細めるように森を見渡し、話を続けた。
「だだ、魔力というものは無自覚に感情にのまま発動すると、あんな風に爆発することがあると言うことを知っておいて欲しいのだよ。お嬢さんは貴族の子ではないね?」
「はい」
「魔力は使い方を間違えるととても危険なのだ。幸いこの国の人々には魔力が使えるのは貴族がほとんどでね。幼い頃から魔力について触れて学ぶ機会がある。そうすることで、暴走を防ぐことができるのだよ」
「そうなんですね…」
「そう。そこで嫌でなければ教えて欲しいのだが、あれほど魔力が暴走するとは、一体何かあったのかね?」
サイラスの優しい問いかけに、私は自分の事情をできる限り打ち明けた。
孤児院の育ちであること。しがない孤児院だけど周りには良い子ばかりなこと。魔法を使えるよになって自立して働きたかったこと。一人で練習してみていたこと。そんな中、外の大人の屋敷でメイドとして就職の勧誘があったこと、信用ならない、いかにも怪しい外の大人だったことなどを伝えた。
「孤児院に職業斡旋紹介の男…?アルド」
「御意」
チョロリーノのことが気になったのか、サイラスが短い視線を送ると、アルドは瞬時に意図を察し、静かに頭を下げた。
私は最後に、こんなことになるつもりはなかったことと、助けてもらったことへの感謝を改めて伝えた。
「ところで、レディには失礼な質問かもしれんが、お嬢さんはおいくつかな?」
「この間10歳になりました」
「ほぉ!10歳か!」
サイラスは目を開き、再びアルドと目配せを交わした。
「お嬢さん、もう一度確認するが、今回のことで魔法が嫌いになってはいないかね?」
「はい。それはありません。」
「ならばこれまでと同じく、魔法を極めるつもりがあるかね」
「はい」
「よろしい。それならば、私のところで魔法の制御を学ぶというのはどうかね?」
「へっ…!?」
思わず間抜けな声が出た。
「お嬢さんからしたら、私たち2人も、怪しい男らと変わりないかもしれん。だが、魔法の特訓に、金銭を取ることはないし、お嬢さんを買うようなこともしない。もちろん衣食住も保証する。それにこちらは身分を証明できるものもしっかりあるのでね。そこは信用してもらえるだろう。」
「サイラス様の元で学べば、他所に出ても恥ずかしくない程度には魔法を使いこなすことができるようになるぞ。…特訓についてこれれば、だが」
サイラスは真っ直ぐ私の目を見つめて言った。
アルドは、含みのある言い方で、後押ししているようでこんな貴重な機会を逃すバカはいないとでも言いたそうな雰囲気だ。
(普通に考えて、治療してもらって、衣食住証付きで凄腕のお二人がいる場所で、魔法まで教えてもらえるなんて…美味しすぎる話だよね…)
「孤児院は、12歳で出ていかねばならんのだったな」
「はい」
サイラスの問いかけに、少し気が重くなる。
自立しなければ、と思いつつもまだ気持ちの整理もついていない。
「ならば、12歳までは孤児院から通えば良い。みんなとすぐに別れることも辛かろう。住まいはその後保証しよう。それで信用ならん男らと違うということの証明の一つとなろう」
心の中を読まれたようでドキッとしたが、なんの見返りもなくただの子どもを助けてくれた人たちが、悪い人な気がしない。
「ただし!」
サイラスは一瞬で厳しい顔つきになる。
「通うとなれば、体力をつけてもらうため往復ランニングで通ってもらう」
「え、はい」
「魔力を操るということは、皆が思っているよりずっと体力や持久力が必要なのだ。適当な発動でもできることがほとんどだが、より深く学びより繊細に使うことができれば、魔法の幅がうんと広がるのだ」
「はい…!」
「正直に言えば、魔力もちだとわかればすぐに、この町だけでなく色々な貴族や商家、権力者たちから引き取りの話も来るだろう」
「そうなんですか…」
「私たちは、お嬢さんが話してくれた魔法を極めたいと思っていること、素直なところを見込んでこの提案を話した。多少信用ならん大人もいるかもしれんが、他のところならぬくぬくと持て囃されながら金に困ることなく過ごすことができるかもしれない。そのような生活と比べると、私のところは、正直厳しい生活となるだろう。それでも私の元で魔法を学ぶ、いや極めると言ったかな?その覚悟はあるかね?」
私は、ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた。
(魔法を極めて、自立する!自分のポジションは自分で決めるって決めたんだ…!)
「はい!よろしくお願いします…!!」
今度は私がサイラスを真っ直ぐ見つめて、勢いよく返事をした。
「そうか…承知した。アルド」
「御意」
迷わず答えた私に、サイラスは満足そうに頷き、アルドは、すでになすべきことはわかっていますと言わんばかりに返事をした。
「あと出しですまんが、貴族の者が出入りするので、マナーについても一通り学んでもらわねばならんだろう。構わないかね?」
「はい!だけど、本当に…本当に良いのでしょうか」
「なあに、娘っこのひとりやふたり増えたところで変わりやせん」
サイラスは心配は無用!と笑うと、ふと空を見上げた。
「おお、なんと!今日は、もうだいぶ日が傾いてきた。みんなが心配しているだろうから、このまま帰りなさい。1人で帰れるかな?」
「はい」
「ああ、そうだ。肝心なことを忘れておった。お嬢さん、お名前は?」
「はい、シオン、と申します」
「そうか、シオンか。良い名前だね。私の名は、サイラス・アルヴェスター。この隣の者はアルド。自己紹介が遅れてしまってすまなかったね。孤児院には明日伺おう。院長には、アルヴェスターが伺うと君から伝えておいてくれるかね」
「はい、わかりました…あの…!本当に、ありがとうございますっ!」
サイラスは再び優しい笑顔で頷き、アルドは表情を変えずに頷いた。
だいぶ視界良好になってしまった広場を歩き、時々振り返り手を振りながら森の小道へと入って行った。
一部始終を目撃していたもふもふが、大層心配してくれて孤児院と森の境までついてきてくれた。
「ありがとう!今日は迷惑かけてごめんね」
「いいってことよ、無事で何より」
「もふもふも、本当にありがとう。また報告に行くね!」
「おう!あんまり無理するなよ!」
もふもふは、男前に答え、前足で手を振った。
「わかった…っっって、えええぇ!!!???」
(も、もふもふが、人語、は、話してるーーーーーーーーー!!!)
私は、危うく本日2度目の気絶をするところだった…がなんとか堪え、
無事?に孤児院の裏口の扉を開けた。




