5話 シャワールーム
公爵家――朝の執務室。
ルシエルは「堕天の雫晶」のメガネをかけ直し、銀の羽ペンを手に取った。
積み上げられた書類に、素早く目を走らせる。
特殊なレンズ越しに文字が異常なまでに鮮明になり、氷のような紫色の瞳が鋭く光る。
傍らに控える第一従者のレジナルドが、次の報告書を静かに差し出す。
銀縁メガネの奥の淡い灰色の瞳。黒のタキシードに銀のベスト、白手袋。
30代半ばの細身の体躯に、少し長めの前髪を残したオールバック。
執務用のメガネをかけたルシエルと並ぶと、どこか面影が近く、まるで歳の離れた兄のようにも見える。
公爵が裁可すべき案件は、山積みだ。
鉱脈の生産報告、交易ルートの警備強化申請、領内の魔獣討伐……
月次生産量、増員要請、税収推移。
承認、否認、保留、あるいは要検討。
淡々とペンを走らせながら、ルシエルは書類の山を着実に捌いていく。
レジナルドが一礼し、抑揚の少ない穏やかな声で報告を始めた。
「閣下、今月までの北部鉱脈生産報告でございます。前月比8.3%増。増産分は軍備強化に振り向け、余剰は引き続き備蓄いたします。
……続いて、東部交易ルートの警備強化についてですが――」
そのとき、小間使いのリリアが黒い制服姿でトレイを両手で恭しく持ち、入ってきた。
黒焔山脈産の最上級豆を、今朝挽きたてで淹れたコーヒー。
カップからは深い苦味と、黒蜜のような濃厚な甘い香りが立ち上る。
ルシエルはメガネ越しに一瞥し、無言で手を伸ばす。
一口含むと、苦味の奥から硫黄を燻したような独特の余韻が喉を滑り落ち、体がわずかに熱を帯びた。
ペンを置かず、視線も書類から外さずに、ぽつりと命じる。
「……リリア。下を脱いで、そのまま立っておけ」
「え……っ」
リリアが小さく息を呑む。
ついさっきまで、朝の寝室で激しく愛し合っていたばかりだ。
彼女の体には、まだルシエルの熱い余韻が残っているというのに。
トレイを机に置き、震える指でスカートをゆっくりたくし上げる。
白いレースのパンティを膝まで下ろした。
「スカートも捲って。もっと足を開け」
抵抗など許されない。
リリアの体がびくりと震える。
「……は、はい……ルシエルさま……」
レジナルドは変わらず報告を続けている。
リリアは主の命令に従い、白い腹部まで晒してうつむいた。
レジナルドの報告は、まるで何事もなかったかのように淡々と続く。
視線は書類に固定されたまま、微塵も動揺を見せない。
ルシエルの声は低く、命令調で、一切の感情を排したままだった。
第一従者の視線は書類に固定されたまま、微塵も動揺を見せない。
だが、その淡々とした声が、逆にリリアの羞恥を煽る。
(見られてる……レジナルドさんに……恥ずかしい……っ)
「討伐隊の成果ですが、辺境魔獣120体討伐に対し、死者8名、負傷者3名。うち2名は……残念ながら時間の問題かと存じます。
討伐隊長への褒賞および遺族補償は規定通り進めさせていただきます」
ルシエルは、静かに執務用のメガネを外した。
そしてリリアの髪を掴み、政務机にそのまま押し倒した。
忠実な第一従者は、一度、言葉を切った。
「……後ほど、続きをお聞きになりますか?」
(そのまま続けてくれ)
念話で短く返すと、レジナルドは微かに頷き、また淡々と読み上げ始めた。
*
「閣下、本日の報告は以上でございます。……本日も、私の務めを果たせましたこと、心より感謝申し上げます」
魔界の公爵家に仕える、このレジナルドは、れっきとした人間だ。
寿命は短く、魔力も持たず、ただの肉体と知性だけを武器に、ルシエルと個人的な契約を結び、この魔界の深淵に身を置いている。
彼が自らの意志で選んだ生き方は、生涯をかけて”黒い貴公子”ルシエルに奉仕すること。
だが、このところのご主人様の性的な荒廃ぶりは、さすがに目に余るものがあった。
「……ルシエルさま……まるで……獣みたいに……激しかった…………レジナルドさんが見てる前で……私……」
リリアはゆっくり体を起こし、太ももを伝う熱い余韻を指で拭いながら、上目遣いでルシエルを見る。
その瞳は恥ずかしさと甘えで潤んでいた。
ルシエルは、汗を散らした髪を手櫛で軽く整え、レジナルドに視線を移した。
「私邸改修は前倒しで。アルフレッドとも予算を詰めておけ」
「承知いたしました。早急に手配いたします」
レジナルドは書類を閉じ、ほんのわずかに柔らかい微笑を浮かべた。
「閣下、午後の出廷まであと少しございます」
執務室の空気がまだ熱く湿ったまま、ルシエルはリリアを机から下ろし、襟を直しながら小さく息を吐く。
「……シャワーを浴びる」
「――今回は、できればお一人で。リリアを連れて行かれますと、どうしてもお時間がかかりがちですので……」
薄く棘を含んだ忠告に、ルシエルは視線を上げず、ただ短く命じた。
「お前も来い」
リリアの手を引き、奥のプライベートシャワー室へ連れ込む。
まだ、渇いている――
扉が閉まると同時に、熱い蒸気が立ち込め、水音が響き始めた。
熱いシャワーの滴りが裸の肌を濡らすと、二人は自然と抱き合った。
お互いの舌を深く絡め、唾液が糸を引きながら滴り落ち、湯気の中で溶け合う。
顔に降りかかる滴を、まるで獣のように舐め合った。
「……リリア、俺はもう何かがおかしくなっている。この昂りがおさまらない。まだ欲しくてたまらない」
彼の渇きを少しでも癒したくて、リリアは主人の首に縋りつき、口づけをねだる。
体を重ね、熱く溶け合う。
シャワーの水音と、二人の吐息が混じり合い、湯気の中でリリアの淡い肌が火照り、淫らに揺れた。
二人は湯気の中で激しく絡み合い、再び深い快楽の底へと沈んでいった。




