6話 夜の紅茶
ルシエルの第一従者、レジナルドの個室は、ルシエル公爵邸の別棟の一角にあった。
ロウソクの焰が淡い光を落とし、他の使用人部屋と同じ、質素な家具を照らす。
邸内一切を取り仕切る家令アルフレッドと、執事たちに次ぐ、主人の第一従者という彼の立場を考えれば、もう少し良い部屋が割り当てられてもおかしくない。
魔族の屋敷内で、ただひとりの人間である事からくる遠慮なのかもしれないが、レジナルド本人は部屋の良し悪しは特に気にしていないようだ。
ここは彼の聖域――人間として生きるわずかな「余裕」を守る場所だ。
しかし今夜は、いつもと違う。
部屋の扉が控えめにノックされ、開くと、リリアがふらふらと入ってきた。
その後ろから、ソフィア――リリアの双子の妹淫魔――がひょっこり顔を覗かせる。
お屋敷の小間使いであるソフィアとリリアは、男性使用人のスペースであることも気にせず、なんの遠慮もない当然のような馴れ馴れしさで、レジナルドのベッドを占拠する。
(えらぃ懐かれたもんやな)
と、レジナルドはお国言葉の関西弁で呟いた。
双子たちのメイド服は乱れ、頰はまだ主人との苛烈な夜伽をすませてきた余熱で赤らんでいる。
「あーん♡ レジナルドさん聞いてーぇ♡ 最近さぁ〜、ルシエルさまがビンビンの獣モードでぇ〜さすがに体がもたないよお~」
ソフィアが乱れた長いおさげ髪を弄びながら、リリアの膝に甘えかかる。
「わたしは、朝から5回もルシエルさまのお相手して、もうフラフラ……」
レジナルドの枕に顔を埋めて、ぐったりと目を閉じるリリア。
ベッドを占領されたレジナルドは、手際よく紅茶を準備をしてやりながら、執務中とはまったく違う、やさしく柔らかな口調で返した。
「ご主人様の相手で疲れてるんやったら、早よ寝たらええやんか。なんでわざわざ、俺の部屋にあそびにくるねんな~」
職務中の第一従者姿の、どこまでも冷静な彼とはまるで違い、この可愛らしい双子たちの前では、素直に訛りが出る。
これも気晴らし、だ。
「まぁ来たんやったらしゃーない。紅茶くらい淹れたるわ」
黒のタキシードに銀のベスト、白手袋をはめた姿で、「閣下、本日の報告は以上でございます」と、氷のように冷徹に一礼する。
そんな、いつもの第一従者のイメージとはかけ離れた、レジナルドのやさしい笑顔。
魔界生まれの彼女らが、初めて身近に接した人間ということもあり、物珍しさもあったのだろうが――
魔界で使用人として働く、このレジナルドという人間の持つ、どこか不思議な微笑みに、双子はなぜか安らぎを感じている。
いずれにしても、今の公爵邸はギクシャクと落ち着きがなく、常にピリピリと張り詰めていた。
「紅茶が入ったで。ほら、あったまりや」
ソフィアは紅茶のカップを受け取り、ふうふう息を吹きかけながら上目遣いにレジナルドを見る。
「わーいわーい♡ レジナルドさん、優しいからソフィアゎ大好きー♡」
「そやなー。俺もリリアとソフィアのこと、大好きやでー、いつでも好き好きちゅー♡したるわ」
わざとらしく唇を突き出して、双子たちの頬にキスしまくるレジナルドに、双子はきゃっきゃと笑い転ける。
「ねーねー♡今朝のリリアわぁー♡――すっごい盛り上がっちゃったんでしょお♡♡」
今朝の痴態を思い出し、リリアはいまさら真っ赤になっている。
「おー、あれは流石にエグかったわ」
「あーん、今朝のお当番ソフィアにかわってほしかったぁ♡」
レジナルドが苦笑し、ソフィアの頭を軽く叩く。
「アホ、こっちの立場にもなってみぃな!あんな、どエロい場面を見せつけられて、まさか俺まで勃たせる訳にもいかんから、こっちは必死やっちゅうねん!
――でもまぁ、リリアのこと、ガン見はせんようにしたけど、ちょろ見くらいはしたかもなぁ」
双子たちは、レジナルドの軽口の軽妙さに、少女らしい笑顔でまたまた笑い転げる。
人間として、ルシエルに仕える彼は、魔性たちの本性である底なしの性欲を間近で見続け、このところ彼自身もその影響を抑えきれないでいる。
とはいえ淫魔との性交は、あまり健康にはよろしくない――――。
「まぁ本音で言わしてもらうと、リリア、めっさエロかったわ~。
でもな、最近の旦那さまの暴走機関車ぶりは、さすがにヤバなっとるわ。
やっぱアレか?十二夜に巡り合ったっていう、あのお姫様のせいなんか?」
「ルシエル様は……次の十二夜のことを考えるだけで苦しいんだと思うの」
リリアがそっと年長者にもたれ掛かってくる。ソフィアは彼の膝に寄りかかり、悪戯っぽく彼の長い指をもて遊んで――。
「なんや、自分ら――えらいベッタリ甘えてくるやんか。ご主人様とさんざんヤッてきたんとちゃうんかいな」
「あれから、なんだか落ち着かなくって、レジナルドさんとお話したいかなーって。
ルシエルさまの熱が、まだ体に残ってるみたいで……ぜんぜん眠れそうにないの」
ソフィアの指先は、レジナルドの太ももに添えられていた。
「お話しよ、いうて、お前らいっつもどっちの口でしゃべっとんねん。ほんまいい加減にしぃや……」
呆れつつも優しく、リリアを抱き寄せると、淫魔の仔は嬉しそうに甘えて、ぴったりと彼に寄り添った。
「ほんま……悪魔って底なしやな。俺そのうち、全部カラカラなって死んでまうで。恐ろしなるわ」
レジナルドの唇が、交互に双子のそれと戯れるようについばみ合う。
「しゃーない、今夜は俺がご主人様やで。お前らで服、脱がしてや」
薄い銀縁のメガネを傍に起き、リリアとソフィアの手でなすがままにさせる。
(俺がご主人様、か。)
と、自分の口から出た台詞に、彼は思わず笑ってしまった。
双子たちはそそくさと、メイド服を脱ぎ捨てて裸になり、するりとベッドに滑り込んだ。
ルシエルにつけられた烈しい性愛の痕が、双子たちの白い肌のあちこちに赤く残っている。
ソフィアが彼の背後から抱きつき、首筋に息を吹きかける。
「リラックスせえよ。優しく溶かしたる」
朝の執務室で髪をつかまれ、激しくもだえ、快楽に泣き叫んでいた彼女を思い返しながら、優しく唇を重ねた。
この調子では、とても寿命は迎えられなさそうだ。
(まぁ、なるようになるわ)と、レジナルドは割り切った。
深夜の使用人部屋に、双子たちの甘い吐息が満ちはじめていた――。
とは言え——
(ほんま俺、ええ歳してこんな淫魔らと何やってんねんやろ)
嗚呼、とレジナルドは内心、ほとほと自分に呆れ果てていた。




