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半血魔王のクロニクル<年代記> ~魔界で一番外道な貴公子~  作者: 古弥須 凱
第一部 黒き貴公子と贖われぬ花嫁
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3話 悪魔の接吻

挿絵(By みてみん)



悪魔の接吻――


それこそが吸精淫魔(サキュバス)の最大の武器だ。


ソフィアは、自分のコウモリの翅から漂う甘い芳香で人間を酔わせ、すばやく間合いを詰めて唇に触れる。


最初は強引になる必要はない。


まだ催淫の霧が効いているうちならば。


「……! や……め……!」


ソフィアは甘く微笑み、意識を取り戻そうと首を振る健気な姫君に、再び夢魔の接吻を落とした。


唇が重なるたび、白い霧が波紋のように揺れる。


東屋も、森も、月明かりさえも、ゆっくりと輪郭を失っていく。


夢が、さらに深い夢へ沈み始めた。


「ルシエルさまぁ♡ これで姫様はもう夢の深層ですぅ。」


「夢の接吻は、ただ惑わせるための術じゃありません。相手の心を、夢のさらに奥へ導くための鍵なんですよぉ♡」


ソフィアは楽しそうにリーザの髪を撫でた。


「この先はもう、現実の夢じゃありません。」


「姫様自身も知らない、心の一番奥。」


「夢の中の夢です♡」


 徐々に力が抜けていく。


「ソフィア、本当にすごい……!」

 

同じ淫魔の姉妹であるリリアが、手際の良さに感心した声を上げる。


(もーお、リリア!ボケっとしてないで、リーザ姫の後ろに回って体を支えてっ!あと数秒で足から力が抜けて倒れるわ。夢の中とは言え、怪我なんてさせられないでしょっ)


唇がふさがっているソフィアは、念話で指示(サイン)を飛ばす。

 

「ご、ごめんなさい!」


がくがくと意識を失いかけた姫君が倒れ込むのを、双子は支えてそっと東屋(ガゼボ)の古い木のベンチに座らせた。


「力が抜けちゃってる…そっと寝かせてあげようか?」


長い接吻を終え、口周りの唾液を舐め取りながら、ソフィアがてきぱきと指示を出す。

 

「バカね~座らせておかないとあの方によく見えないじゃない!もー、役たたずなんだから、リリアは後ろから姫君の体を支えてて!」


「わ、わかった!」


(ルシエルさま、こんな感じでよろしいでしょうか――♡)


木陰に潜む彼女らの飼い主(あるじ)――若き魔王(ロード・ルシエル)もまた、夢魔の秘術における淫魔ソフィアの腕前を認めざるを得なかった。


部外者(さくしゃとどくしゃ)から見れば、ただの覗き魔にしか見えないが、ここは彼の領地であるのだから、非難される謂れはない。


(上首尾だ、いや上首尾すぎるほどだ、ソフィア。お前に頼って正解だった)

 

決して、音を立てぬよう唇を固く結んでいた。


それでも、吐息が白く細く漏れるたび、冷たい夜気に溶ける前に熱を帯びているのがわかる。


また昂っている――。

 

興奮を抑えきれないのに、冷静を装うルシエルの念話には答えず、ソフィアは選手兼監督プレイングマネージャーとして、主人から姫君が最もよく見える位置を微調整する。


「…あ…ぅ……」

 

リーザの意識が戻り始めていた。


しかし視界は霞み、頭の中は濃い霧で満たされている。


「さーて、もう夢魔の術は十分効いてるから♡――動けないし力も入らないから、リリアはお姫様をそのまま支えててよっ」


指示待ちのリリアは、不安そうにこちらを見つめるだけで、ここからはソフィアの独壇場(みせば)だ。


その瞳には甘い残酷さが宿っていた。


「じゃ、リーザ姫……ごめんね♡もう 時間がないから、そのドレスは脱いじゃおっか♡」


「……い……いや……」


ソフィアの舌に触れた瞬間から、姫君に残された抵抗の力はほとんどなかった。


「嫌だよね~♡ごめんね~」


言葉は優しくとも、ソフィアの指は白いドレスに掛かり、両手で生地を強く掴む。

 

霧に濡れた薄絹がビッと音を立てて抵抗するも、一気に引き裂かれた。

 

ビリビリッ……!


鋭い音とともに薄絹地が左右に弾け飛び、リーザの白くふっくらとした胸が露わになる。


破れたドレスの残骸が肩から滑り落ち、腰までずり下がった。


微かに上下する胸を、冷たい夜霧が優しく撫でる。


ソフィアは甘く微笑み、意識を取り戻そうと首を振る健気な姫君に、再び夢魔の接吻(キス)を落とした。


(ルシエルさま~、じゃあ――始めていきまっす♡)


(――続けろ)

 

ソフィアは楽しげに声を弾ませる。

 

木陰から見守るルシエルは拳を握り締めた。


目の前で行われているのは、夢魔の秘術。


姫君を夢の深層へ導くために代々受け継がれてきた、夢魔だけが扱える秘術だった。


(ここから先だ……。)


(俺が知りたいのは、お前の身体ではない。)


(お前が心の底へ隠した、あの日の記憶だ。)


そう言い聞かせても、視線は姫君から離れない。


自分でも止められない渇望が、胸の奥で静かに膨れ上がっていた。


ソフィアは主人の嗜好を熟知している。


ルシエルがいる方向からの、その視界を遮らない角度を保ちながら、この姫君の夢のなかへ静かに潜り始める。


触れるたび、リーザの夢はさらに深く沈んでいく。

 

「……あっ!…や、…やめ……て……」


その侵入を拒むように、リーザの体がびくんと震える。


甘い電流が全身を駆け巡り、意識もうろうとしながらも体をよじろうとするが、指先が震えるだけだ。

 

ソフィアの術が神経を甘く溶かし、抵抗の意思だけが残っているのに、体はふわふわと浮くように軽くなり、リリアに寄りかかる姿勢になってしまう。


「えーっと、ルシエルさま、反応薄いんですけどぉ~?」


(――――――――ああ)


ルシエルの返事は短く、息が混じったように掠れていた。


「て、沈黙ながっ!じゃあ~どんどん深ーく潜っていきましょうね♡」


淫魔の仔の細い指先が滑っていく。

 

「いや…ぁ………」


淫魔らしい本性を瞳に宿して、ソフィアが残酷に微笑んだ。


(ルシエルさま、もうお姫さま出来上がりですけど♡……やっぱりご自分でお味見、されますぅ~?)


木陰からの返事は、完全に途絶えていた。


ただ、静寂の中で響く、熱く乱れた鼓動だけが、答えの代わりだった。


ふうん、とソフィアは内心でほくそ笑んでいた。


(ルシエルさまってば、肝心なところでは臆病なんだから♡)


リーザの声が抗いながら、どこか甘く上ずっていく。


「だめっ……やぁ……あ……許して……!あッ——だめ、駄目——!!!」


姫君の切ない悲鳴が、どこまでも続く暗闇のなかに溶けて行った。

▼次話

4話 子供のしたこと

挿絵(By みてみん) 

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