37話 血まみれ競争
サバト会場に浮かぶ巨大スクリーンに、安っぽいCMが流れている。
「下級悪魔でも持てる、夢のわが家……瘴気の沼ハイガーデン!350年ローンのご契約が可能です!♪魔界一円、安心のネットワーク!くさくさ〜腐れ家不動産〜♪」
続けて、けたたましいBGMが鳴り響き、”花嫁狩り”の魔界全土へ配信されているライブ中継が再開された。
司会者の甲高い声が、いよいよ興奮に裏返りながら響いている。
「さぁ皆様! ついに本番! 花嫁狩り、完全混戦フェーズへGO!ルイーゼ王女の馬車を巡って、下級悪魔さんたちの血塗れ大競争、スタートぉぉ!!」
画面はドローン群の視点で、次々とショットが切り替わる。
停止した馬車の周囲は、もう地獄絵図だ。
御者の死体は手綱に絡まったまま倒れ、下にドス黒い血だまりが広がっている。
馬は息も絶え絶えで、花嫁馬車は完全に静止していた。
その周りを、下級悪魔たちが取り囲み、棍棒・剣・爪・牙で互いを切り裂き合っている。
「恩賞は、俺のモンだ!」
「黙れ、この三下悪魔!」
一匹が飛びかかり、鋭い爪で相手の腹を裂く。血しぶきがびしゃっと馬車の窓を赤く染めた。
別の悪魔が雷撃魔法を放ち、馬車を引き倒そうとする相手を黒く炭化させる。
映像からは伝わらないが、じゅっと焦げた肉の臭いが想像された。
断末魔の叫びが重なり、コメント欄が爆発的に流れる。
「血しぶき祭りwww」
「内臓見ながらモツ鍋食ってるけど、うめぇわ」
「今回まだ死体すくなくね?!」
この頃になると、ただ考えなしに飛び掛かるだけの雑魚クラスは、ほとんど死に絶えていた。
森の中に散らばる無惨な死体は、花嫁の護衛より、悪魔同士の殺し合いの残骸の方が多かった。
残ったのは、ある程度腕のある連中だけ——100〜200匹ほど。
互いに距離を取って牽制し合いながら、馬車を囲んでジリジリと向き合う。
花嫁馬車の中の美しい獲物……リーザ姫を、まずは引きずり出さなくては。
その緊張が頂点に達した瞬間——頭上に不吉な二つの影が迫っていた。
どおおおおおと空を裂く炎の軌跡を残して、火喰鳥の親子が一閃飛来し、すべてを一瞬で焼き払った。
超低空を高速で滑り込んだ親鳥が、頭突きの一撃で目の前の悪魔を吹き飛ばす。
「ぎゃああああーーーーーー!!」
相手の胴体が真っ二つに裂け、内臓が飛び散った。
血が炎に触れて蒸発する「ぱちぱち」という音が響く。
「なんということでしょう! 突然、伝説の妖獣ヒクイドリが乱入です!!一体のほうは体長3メートルを超える巨体! 子供の方も、これはヤバい!火の玉吐きまくってますよ、これはだめだー! はい、死んだー!危ない、危ない! 地面が溶けてます!」
ヒクイドリは地上に降りて旋回し、紅蓮の尾で悪魔たちを薙ぎ払う。
「火喰鳥キター!!」
「これはルール違反じゃね?」
「持ち込んだ時点でありだろwww」
コメント欄が大混乱に陥る。
親鳥が脚を振り上げて寄せてくる下級悪魔を蹴り倒し、炎の爪が胸を貫き、心臓ごと引き裂く。
「これはダメでしょwww 完全に持ち込み禁止案件ですが、すでに持ち込まれてますので、ノーカンとなります!
競争続行の指示が出ました! 下級悪魔のみなさーん! 頑張ってくださーい!!」
火喰鳥の鋭い爪に残った肉片が、めらめらと燃え尽きて灰になる様子まで、ドローンは執拗にズームインした。
仔鳥は空中支援に徹し、ドゥン、ドゥンと鈍い音を立てて口から火球を連射する。
火球が体に命中すると内部から爆ぜ、肉が煮えたぎって破裂する。
一匹が逃げようとして背中を焼かれ、悲鳴を上げながら転がるが、仔鳥が追撃で頭部を踏み潰す。
頭蓋が割れ、脳漿が炎に包まれて、ジュウジュウと音を立てた。
「ヒクイドリ無双www」
「どうすんだこれww つか、どこの陣営だよチートすぎるだろ」
コメント欄がさらに加速する。
親子の火喰鳥は、ごおおおっという音と共に、二筋に長く炎を吐いて、レジナルドのために血路を開いた。
「レジナルド、走れ!」
リリアの叫びと共に、黒く焦げた森の中を必死で駆ける。
舞い散る火の粉と、灰の渦を突き抜け、悪魔たちのゴボゴボと沸騰する体液の匂いのなかを、レジナルドは走った。
びしゃびしゃと、生臭いみぞれのような血の塊が降り注ぐ、地獄のなかを走り抜ける。
リーザの馬車は、視界の中にまだ遠く、小さい。
息が焼けるように痛む中、血の膜で視界が赤く染まるのを無視して、ひたすらに走り続けた。
上空を旋回する仔ヒクイドリは、レジナルドの背後に迫る悪魔たちを捉え次第、容赦なく火焔球で焼き払う。
火球が命中した悪魔の胴が内側から爆ぜ、熱く焼け爛れた肉の小片が、レジナルドの頬の上にじゅっと音をたてて張り付いた。
「リーザ様!」
馬車の扉が乱暴に開き、血と泥に塗れたレジナルドが転がり込むように飛び込んできた。
外の炎と断末魔が一瞬だけ馬車内に吹き込み、熱風がリーザの頰を焼くように撫でた。
レジナルドは即座に体を起こし、血まみれの手で扉を内側から叩き閉め、鉄の閂をガチャリとかけた。
馬車の中は薄暗く、外の爆音と揺れで木箱が転がり、リーザの体が何度も壁や座席に叩きつけられていた。
彼女の金色の髪は乱れて頰に張り付き、細い腕や肩に赤く腫れた打撲痕がいくつも浮かんでいる。
それでも大きな裂傷や骨折はなく、唇を強く噛みしめ、涙を堪えてレジナルドを見上げた瞳には、まだ折れていない光があった。
「良かった、よくぞご無事で!」
「レジナルド・チェンバース!なぜ貴方がここに?いま、何が起きているの?」
「あいにく、詳しくご説明する時間がございません。ひとまず馬車でこの場所を離脱します。
ルシエル閣下も今、すぐお近くで、命を賭けて、貴女様をお救いするために戦っておられます」
リーザの瞳が一瞬大きく見開かれた。
「ルシエルが……ここに来ているの?」
彼女の夢の中の恋人は、リーザにとって悪夢と言っていい、この修羅の地獄絵の中にいた。
すぐ近くに――この無惨な血と肉の惨劇の中で、彼女の恋人は戦っている。
「すぐに馬車を出します。主君と私の身命をかけて、必ず貴女様をお救いいたします。」
「なぜこんなことに……」
リーザの声は小さく震えていたが、すぐに、冷静な現実主義が戻ってきた。
外ではヒクイドリの咆哮と悪魔の悲鳴が重なり、馬車自体が炎の衝撃で大きく傾く。
レジナルドは、リーザの目を見て短く事実だけを述べた。
「今は、ただ生き延びることが先決です。リーザ様のために、閣下も命を賭けておられます」
リーザは一瞬沈黙し、そしてゆっくり頷いた。
「……ありがとう、レジナルド。今は生きるために、貴方のいう事に従います」
彼女は震える手で馬車の座席を強く掴み、打撲で痛む体を支えながらも、瞳に宿る底知れぬ深さを失わなかった。
レジナルドは短く息を吐き、血まみれの体を起こした。
「しっかりと何かに掴まっていてください。そして、私と閣下以外の呼びかけには応じないで」
彼は扉の隙間から外を確認して外に飛び出すと、死んだ御者の体を台から押し除け、血に塗れてぬるつく手綱を取った。
弱々しく疲れた馬を励ますと、なんとか車輪を軋ませながら、重くまとわりつく泥を蹴り上げ始める。
親ヒクイドリが、周囲の下級悪魔を焼き払い蹂躙する間に、花嫁馬車が何とかもう一度動き出した。
炎と血の嵐の中、レジナルドはリーザを載せた馬車を駆り、生き延びるための逃走を開始した。
レジナルドの傍を、ぴったり同じ高さで仔ヒクイドリが並び飛ぶ。
時々、レジナルドの様子を確かめるように、首を動かさずに眼だけをキョロキョロと動かし、次々と飛来するドローン魔獣に火球を放って彼を守った。
頭上で、花火のように赤い巨大な火花が弾け、何かがバラバラと散り落ちてくる。
その中心にいるのは、リリアだ——
黒い炎の渦が空を切り裂き、煙を吹いたドローン獣が、まるで黒い霰のように地上に降り注いだ。
ルシエルの精神を宿した淫魔の仔が放つ、強烈な衝撃波。
その一撃で何十というドローン獣が空中で一瞬止まり、そのままクルクルと回転しながら落ちていく。
「なんだ、あのエロビキニの娘、魔力強すぎだろ」
「これ絶対、下級クラスじゃないwwwwセキュリティ仕事しろww」
リリアは淫魔の尻尾を鋭く振り、邪魔なドローンを叩き落とす。
しかし残ったドローンは即座に復活しては、再ロックオンを繰り返し、執拗にリリアを追跡し続ける。
カメラが捉える映像の中――可愛らしい笑みをうかべた淫魔の仔は、ただ一閃で下級悪魔たちの首を吹き飛ばしていく。
スクリーンの中で、鬼神の如き殲滅戦を繰り広げるリリアの映像に、白抜きのテロップが重なった。
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◾️花嫁狩り/エントリーNo.866
氏名: リリア♡
種族: サキュバスの仔
所属: ルシエル公爵家でメイドさんやってます♡
特技: おひるね(すやすや)
コメント: がんばりますので、みなさん応援よろしくおねがいします♡
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「うおらぁああああーーー! 俺を誰だと思ってる、この雑魚どもがーーーー!!」
返り血を浴びながら、紫の瞳を吊り上げたリリアが吠え、破壊し、夜の闇ごと下級悪魔たちを焼き払う。
「おっとぉー! この可愛らしい殺戮マシーンは、ルシエル公爵閣下のメイドさん、リリアちゃんだそうです!
流石は由緒正しい名誉ある御家門、下々のスタッフにまで殺しの美学が行き渡っていますね!!」
また、一段と加速したコメント欄が、画面の中に提供されるエンタメとしてリリアの殺戮を貪欲に求め、煽り立てていく。
リリアは空中で一度浮遊し、小さく舌を出して呼吸を整えていた。
(……だめだ、数が多すぎる)
尻尾を振り回し、飛びかかってくる悪魔の胴を真っ二つにし、容赦なく焼き払う。
しかしドローン魔獣はさらに執拗に、リリアの肢体をクローズアップで撮影しようとにじり寄ってくる。
(これは長くなる――まずいぞ)
借り物の肉体では、もう長くは持たない――
しかし、現場不在証明のためには、”ルシエル本体”は、そのまま貴賓席に留まっておく必要があった。
目の前の殺戮に集中すればするほど、ルシエルは己の二つに分断された精神波が乱れ、制御を失っていくのがわかった。
*
貴賓席のルシエルは、薄く眼を閉じかけていた。
うつらうつらしながら、時々ハッと前を向き直り、周囲の令嬢たちのどうでもいい会話に、わかった風に相槌を打ち——またフッと意識が遠くなる。
「ルシエルさま♡ どうなさったの? 宴は、こんなに盛り上がってますのに♡」
サバト会場となる古城は、スクリーンの向こうの血腥い映像に熱狂し、熱に浮かされ、怒号と歓声で渦巻いていた。
気がつくと、半分意識を失いかけているルシエルは、令嬢たちの豊かな胸に抱きとめられ、衣服を捲り上げられていた。
「おねむされるなら、少しお召し物を緩めないと♡」
スクリーンの中のリリアが黒い火炎を巻き上げて、その破壊の限りを尽くすほど、貴賓席のルシエルの意識がふらふらと遠のきかける。
(コントロールが、効かない)
令嬢たちはくすくすと笑いながら、ほぼ落ちかけている若き公爵を、かわるがわるその胸に抱き止め、唇に戯れかけてくる。
ルシエルは無抵抗のままシャツをはがされ、淫蕩な令嬢たちに弄ばれていく。
快楽は感じなかった。
彼の精神はもう一つの肉体のために吸い上げられ、ルシエルの肉体から感覚が失われていく。
意識が遠くなる——
スクリーンの中のリリアが、黒煙を巻き上げながら森を焼き払う映像は、もう目に入らなかった。
ドローン魔獣の数台が取り囲み、首を後ろにガクガクと落としているルシエル公爵の姿を、執拗にカメラで捉えている。
貴賓席で始まった、姫君たちの残酷で淫蕩な戯れを、リアルタイムで魔界の奥底まで晒し、その光景はスクリーンの向こう側、狂気と淫蕩に酔いしれる大衆のもとへ、娯楽として残酷に配信されていった。
「ルシエルさま♡ ほ~ら、あーんして♡」
夢うつつのまま、かろうじて意識を保ちながら、ルシエルは口移しに与えられた、甘い葡萄の一粒を噛んだ。




