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半血魔王のクロニクル<年代記> ~魔界で一番外道な貴公子~  作者: 古弥須 凱
第一部 黒き貴公子と贖われぬ花嫁
39/43

37話 血まみれ競争

挿絵(By みてみん)



サバト会場に浮かぶ巨大スクリーンに、安っぽいCMが流れている。


「下級悪魔でも持てる、夢のわが家……瘴気の沼ハイガーデン!350年ローンのご契約が可能です!♪魔界一円、安心のネットワーク!くさくさ〜腐れ家不動産(コーポレーション)〜♪」


続けて、けたたましいBGMが鳴り響き、”花嫁狩り”の魔界全土へ配信されているライブ中継が再開された。


司会者の甲高い声が、いよいよ興奮に裏返りながら響いている。


「さぁ皆様! ついに本番! 花嫁狩り、完全混戦フェーズへGO!ルイーゼ王女の馬車を巡って、下級悪魔さんたちの血塗れ大競争、スタートぉぉ!!」


画面はドローン群の視点で、次々とショットが切り替わる。


停止した馬車の周囲は、もう地獄絵図だ。


御者の死体は手綱に絡まったまま倒れ、下にドス黒い血だまりが広がっている。


馬は息も絶え絶えで、花嫁馬車は完全に静止していた。


その周りを、下級悪魔たちが取り囲み、棍棒・剣・爪・牙で互いを切り裂き合っている。


「恩賞は、俺のモンだ!」


「黙れ、この三下悪魔!」


一匹が飛びかかり、鋭い爪で相手の腹を裂く。血しぶきがびしゃっと馬車の窓を赤く染めた。


別の悪魔が雷撃魔法を放ち、馬車を引き倒そうとする相手を黒く炭化させる。


映像からは伝わらないが、じゅっと焦げた肉の臭いが想像された。


断末魔の叫びが重なり、コメント欄が爆発的に流れる。


「血しぶき祭りwww」


内臓(モツ)見ながらモツ鍋食ってるけど、うめぇわ」


「今回まだ死体すくなくね?!」


この頃になると、ただ考えなしに飛び掛かるだけの雑魚クラスは、ほとんど死に絶えていた。


森の中に散らばる無惨な死体は、花嫁の護衛より、悪魔同士の殺し合いの残骸の方が多かった。


残ったのは、ある程度腕のある連中だけ——100〜200匹ほど。


互いに距離を取って牽制し合いながら、馬車を囲んでジリジリと向き合う。


花嫁馬車の中の美しい獲物……リーザ姫を、まずは引きずり出さなくては。


その緊張が頂点に達した瞬間——頭上に不吉な二つの影が迫っていた。


どおおおおおと空を裂く炎の軌跡を残して、火喰鳥ヒクイドリの親子が一閃飛来し、すべてを一瞬で焼き払った。


超低空を高速で滑り込んだ親鳥が、頭突きの一撃で目の前の悪魔を吹き飛ばす。


「ぎゃああああーーーーーー!!」


相手の胴体が真っ二つに裂け、内臓が飛び散った。


血が炎に触れて蒸発する「ぱちぱち」という音が響く。


「なんということでしょう! 突然、伝説の妖獣ヒクイドリが乱入です!!一体のほうは体長3メートルを超える巨体! 子供の方も、これはヤバい!火の玉吐きまくってますよ、これはだめだー! はい、死んだー!危ない、危ない! 地面が溶けてます!」


ヒクイドリは地上に降りて旋回し、紅蓮の尾で悪魔たちを薙ぎ払う。


火喰鳥(ヒクイドリ)キター!!」


「これはルール違反じゃね?」


「持ち込んだ時点でありだろwww」


コメント欄が大混乱に陥る。


親鳥が脚を振り上げて寄せてくる下級悪魔を蹴り倒し、炎の爪が胸を貫き、心臓ごと引き裂く。


「これはダメでしょwww 完全に持ち込み禁止案件ですが、すでに持ち込まれてますので、ノーカンとなります!

競争続行の指示(カンペ)が出ました! 下級悪魔のみなさーん! 頑張ってくださーい!!」


火喰鳥(ヒクイドリ)の鋭い爪に残った肉片が、めらめらと燃え尽きて灰になる様子まで、ドローンは執拗にズームインした。


仔鳥は空中支援に徹し、ドゥン、ドゥンと鈍い音を立てて口から火球を連射する。


火球が体に命中すると内部から爆ぜ、肉が煮えたぎって破裂する。


一匹が逃げようとして背中を焼かれ、悲鳴を上げながら転がるが、仔鳥が追撃で頭部を踏み潰す。


頭蓋が割れ、脳漿が炎に包まれて、ジュウジュウと音を立てた。


「ヒクイドリ無双www」


「どうすんだこれww つか、どこの陣営だよチートすぎるだろ」


コメント欄がさらに加速する。


親子の火喰鳥(ヒクイドリ)は、ごおおおっという音と共に、二筋に長く炎を吐いて、レジナルドのために血路を開いた。


「レジナルド、走れ!」


リリア(ルシエル)の叫びと共に、黒く焦げた森の中を必死で駆ける。


舞い散る火の粉と、灰の渦を突き抜け、悪魔たちのゴボゴボと沸騰する体液の匂いのなかを、レジナルドは走った。


びしゃびしゃと、生臭いみぞれのような血の塊が降り注ぐ、地獄のなかを走り抜ける。


リーザの馬車は、視界の中にまだ遠く、小さい。


息が焼けるように痛む中、血の膜で視界が赤く染まるのを無視して、ひたすらに走り続けた。

 

上空を旋回する仔ヒクイドリは、レジナルドの背後に迫る悪魔たちを捉え次第、容赦なく火焔球で焼き払う。


火球が命中した悪魔の胴が内側から爆ぜ、熱く焼け爛れた肉の小片が、レジナルドの頬の上にじゅっと音をたてて張り付いた。


「リーザ様!」

 

馬車の扉が乱暴に開き、血と泥に塗れたレジナルドが転がり込むように飛び込んできた。

 

外の炎と断末魔が一瞬だけ馬車内に吹き込み、熱風がリーザの頰を焼くように撫でた。


レジナルドは即座に体を起こし、血まみれの手で扉を内側から叩き閉め、鉄の閂をガチャリとかけた。

 

馬車の中は薄暗く、外の爆音と揺れで木箱が転がり、リーザの体が何度も壁や座席に叩きつけられていた。

 

彼女の金色の髪は乱れて頰に張り付き、細い腕や肩に赤く腫れた打撲痕がいくつも浮かんでいる。

 

それでも大きな裂傷や骨折はなく、唇を強く噛みしめ、涙を堪えてレジナルドを見上げた瞳には、まだ折れていない光があった。

 

「良かった、よくぞご無事で!」


「レジナルド・チェンバース!なぜ貴方がここに?いま、何が起きているの?」

 

「あいにく、詳しくご説明する時間がございません。ひとまず馬車でこの場所を離脱します。


ルシエル閣下も今、すぐお近くで、命を賭けて、貴女様をお救いするために戦っておられます」


リーザの瞳が一瞬大きく見開かれた。

 

「ルシエルが……ここに来ているの?」


彼女の夢の中の恋人は、リーザにとって悪夢と言っていい、この修羅の地獄絵の中にいた。


すぐ近くに――この無惨な血と肉の惨劇の中で、彼女の恋人は戦っている。


「すぐに馬車を出します。主君と私の身命をかけて、必ず貴女様をお救いいたします。」


「なぜこんなことに……」

 

リーザの声は小さく震えていたが、すぐに、冷静な現実主義が戻ってきた。


外ではヒクイドリの咆哮と悪魔の悲鳴が重なり、馬車自体が炎の衝撃で大きく傾く。

 

レジナルドは、リーザの目を見て短く事実だけを述べた。

 

「今は、ただ生き延びることが先決です。リーザ様のために、閣下も命を賭けておられます」

 

リーザは一瞬沈黙し、そしてゆっくり頷いた。

 

「……ありがとう、レジナルド。今は生きるために、貴方のいう事に従います」

 

彼女は震える手で馬車の座席を強く掴み、打撲で痛む体を支えながらも、瞳に宿る底知れぬ深さを失わなかった。

 

レジナルドは短く息を吐き、血まみれの体を起こした。


「しっかりと何かに掴まっていてください。そして、私と閣下以外の呼びかけには応じないで」

 

彼は扉の隙間から外を確認して外に飛び出すと、死んだ御者の体を台から押し除け、血に塗れてぬるつく手綱を取った。

 

弱々しく疲れた馬を励ますと、なんとか車輪を軋ませながら、重くまとわりつく泥を蹴り上げ始める。


親ヒクイドリが、周囲の下級悪魔を焼き払い蹂躙する間に、花嫁馬車が何とかもう一度動き出した。


炎と血の嵐の中、レジナルドはリーザを載せた馬車を駆り、生き延びるための逃走を開始した。

 

レジナルドの傍を、ぴったり同じ高さで仔ヒクイドリが並び飛ぶ。


時々、レジナルドの様子を確かめるように、首を動かさずに眼だけをキョロキョロと動かし、次々と飛来するドローン魔獣に火球を放って彼を守った。


頭上で、花火のように赤い巨大な火花が弾け、何かがバラバラと散り落ちてくる。


その中心にいるのは、リリア(ルシエル)だ——


黒い炎の渦が空を切り裂き、煙を吹いたドローン獣が、まるで黒い(あられ)のように地上に降り注いだ。


ルシエルの精神を宿した淫魔の仔が放つ、強烈な衝撃波。


その一撃で何十というドローン獣が空中で一瞬止まり、そのままクルクルと回転しながら落ちていく。


「なんだ、あのエロビキニの()、魔力強すぎだろ」


「これ絶対、下級クラスじゃないwwwwセキュリティ仕事しろww」


リリア(ルシエル)は淫魔の尻尾を鋭く振り、邪魔なドローンを叩き落とす。


しかし残ったドローンは即座に復活しては、再ロックオンを繰り返し、執拗にリリアを追跡し続ける。


カメラが捉える映像の中――可愛らしい笑みをうかべた淫魔の仔は、ただ一閃で下級悪魔たちの首を吹き飛ばしていく。


スクリーンの中で、鬼神の如き殲滅戦を繰り広げるリリア(ルシエル)の映像に、白抜きのテロップが重なった。

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◾️花嫁狩り/エントリーNo.866


氏名: リリア♡

種族: サキュバスの仔

所属: ルシエル公爵家でメイドさんやってます♡

特技: おひるね(すやすや)

コメント: がんばりますので、みなさん応援よろしくおねがいします♡

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「うおらぁああああーーー! 俺を誰だと思ってる、この雑魚(ザコ)どもがーーーー!!」


返り血を浴びながら、紫の瞳を吊り上げたリリア(ルシエル)が吠え、破壊し、夜の闇ごと下級悪魔たちを焼き払う。


「おっとぉー! この可愛らしい殺戮(キリング)マシーンは、ルシエル公爵閣下のメイドさん、リリアちゃんだそうです!

流石は由緒正しい名誉ある御家門(おいえがら)、下々のスタッフにまで殺しの美学が行き渡っていますね!!」


また、一段と加速したコメント欄が、画面の中に提供されるエンタメとしてリリア(ルシエル)の殺戮を貪欲に求め、煽り立てていく。

 

リリア(ルシエル)は空中で一度浮遊し、小さく舌を出して呼吸を整えていた。


(……だめだ、数が多すぎる)


尻尾を振り回し、飛びかかってくる悪魔の胴を真っ二つにし、容赦なく焼き払う。


しかしドローン魔獣はさらに執拗に、リリアの肢体をクローズアップで撮影しようとにじり寄ってくる。


(これは長くなる――まずいぞ)


借り物(リリア)の肉体では、もう長くは持たない――


しかし、現場不在証明(アリバイ)のためには、”ルシエル本体”は、そのまま貴賓席に留まっておく必要があった。


目の前の殺戮に集中すればするほど、ルシエルは己の二つに分断された精神波が乱れ、制御を失っていくのがわかった。



貴賓席のルシエルは、薄く眼を閉じかけていた。


うつらうつらしながら、時々ハッと前を向き直り、周囲の令嬢たちのどうでもいい会話に、わかった風に相槌を打ち——またフッと意識が遠くなる。


「ルシエルさま♡ どうなさったの? 宴は、こんなに盛り上がってますのに♡」


サバト会場となる古城は、スクリーンの向こうの血腥い映像に熱狂し、熱に浮かされ、怒号と歓声で渦巻いていた。


気がつくと、半分意識を失いかけているルシエルは、令嬢たちの豊かな胸に抱きとめられ、衣服を捲り上げられていた。


「おねむされるなら、少しお召し物を緩めないと♡」


スクリーンの中のリリア(ルシエル)が黒い火炎を巻き上げて、その破壊の限りを尽くすほど、貴賓席のルシエルの意識がふらふらと遠のきかける。


(コントロールが、効かない)


令嬢たちはくすくすと笑いながら、ほぼ落ちかけている若き公爵を、かわるがわるその胸に抱き止め、唇に戯れかけてくる。


ルシエルは無抵抗のままシャツをはがされ、淫蕩な令嬢たちに弄ばれていく。


快楽は感じなかった。


彼の精神はもう一つの肉体のために吸い上げられ、ルシエルの肉体から感覚が失われていく。


意識が遠くなる——


スクリーンの中のリリア(ルシエル)が、黒煙を巻き上げながら森を焼き払う映像は、もう目に入らなかった。


ドローン魔獣の数台が取り囲み、首を後ろにガクガクと落としているルシエル公爵の姿を、執拗にカメラで捉えている。


貴賓席で始まった、姫君たちの残酷で淫蕩な戯れを、リアルタイムで魔界の奥底まで晒し、その光景はスクリーンの向こう側、狂気と淫蕩に酔いしれる大衆のもとへ、娯楽(エンタメ)として残酷に配信(ブロードキャスト)されていった。


「ルシエルさま♡ ほ~ら、あーんして♡」


夢うつつのまま、かろうじて意識を保ちながら、ルシエルは口移しに与えられた、甘い葡萄の一粒を噛んだ。

▼次話

38話 不意の客

挿絵(By みてみん)

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ブクマやリアクションをいただけたら、作者が泣いて喜びます。

評価がまだの方は、★★★★★にチェックいただけると嬉しいです。


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