34話 ボディチェック
人間界、森の奥深く――サバト会場となる古城近隣の深い闇。
月が、血のように赤く染まった空から、不気味な光を投げかけていた。
そこには下級悪魔たちがワイワイと集まり、”花嫁狩り”イベントの参加受付の列を作っていた。
「よぉ、今回のメインのお姫さま、見たか? マジでかわえーよなぁ!」
「清楚な姫君が生贄台でどうなっちまうのか、想像しただけで興奮するぜ♡」
「中継もバッチリ入るから、魔界中が視聴する大イベントになるな!」
受付会場には黒い魔力結界が張られ、アーチ型の魔力探知ゲートと、荷物検査用の専用レーンが並行して設置されていた。
”花嫁狩り”の参加者たちは、そのゲートを次々と通過していく。
魔力が基準値以下であるかをチェックし、上級悪魔が潜入しないようにするためのセキュリティだ。
参加者はまずゲートで肉体の魔力を測定され、次に持ち込みアイテムを別レーンで透視される。
武器、護符、毒物、呪物など、上級魔力を秘めたものが持ち込まれないよう、厳重に検査される。
その列の後ろに、黒いフードを被った男が一人、静かに立っていた。
銀縁の眼鏡を押し上げ、淡い灰色の瞳で受付の魔族を見据える。
「レジナルド・チェンバース。種族は、人間だ。申告する魔力はゼロ。参加を希望する」
受付の魔族は一瞬、目を丸くした。
「人間……? ”花嫁狩り”に、人間が参加だって?」
周囲の下級悪魔たちがざわつく。
「人間だってよ!」
「魔力がねぇなら、参加条件はクリアしてんだろうけど……そんなヤツが花嫁狩りに参加してどうすんだ?」
「おいおい、アイツ死にに来たのか? 笑えるぜ」
レジナルドは静かに、サバトの主催者である、フォルネウス男爵の了承状を差し出す。
受付の魔族は了承状を読み、この無謀な参加希望者に向き直った。
「……男爵様の了承済みか。人間の参加者なんて初めてだぜ」
ざわつきが広がる中、レジナルドは指示されるままに魔力探知ゲートを通過する。
警戒音は鳴らず、申告どおり「魔力値: 0」と表示される。
受付の魔族は肩をすくめ、レジナルドの体をスキャンする魔術具を当てる。
「あんたが人間ってことなら、念のため盟約まで開示してもらうぜ。何か隠してるもんがあれば、即失格だからな」
魔力透視が始まる。レジナルドの体内に、蒼い盟約の刻印が浮かび上がる。
受付の魔族は目を細める。
「……これは……ルシエル公爵閣下との盟約か。
出生名:レジナルド・チェンバース
魂魄所有:ルシエル公爵閣下
契約年:魔界歴2203年
契約期限:肉体が滅ぶまで
3年前の契約……。あんたは死ぬまで、公爵様の奴隷ってわけだな」
レジナルドの銀縁眼鏡の奥は、少しも揺るがなかった。
間違いなく言葉どおり、彼はその肉体が滅ぶまで、ルシエルに忠義を誓っていた。
続いて、持ち物検査レーンに案内された。
アルフレッドに授けられた、ヒクイドリを宿すという小さな魔法護符。
魔術検査具を当て、持ち込みアイテムの魔力スキャンが開始される。
ビイイイイイイ!!!!と激しい警戒音が鳴り響き、検査官の魔族はひっくり返った。
「おい、お前! こんな強力な――」と言いかけて、検査具の数値を見る。
「魔力検出値: 3」
受付の魔族が眉をひそめる。
「魔力3? 完全に基準値以下で、それであんな音が出るか? 誤作動かもしれんから、もう一度かけろ」
再度スキャン。
さらに激しく、荒れ狂うような警戒音が鳴るが、「魔力検出値: 3」の表示は変わらない。
受付の魔族は首を傾げる。
「同じ数値か……基準値以下ではあるし、とりあえず良し、通過しろ」
レジナルドが荷物検査を終え、魔法護符を受け取って控え場所へ移動しようとした矢先。
後方で何か、もめごとが起きているのに気づいた。
振り返ると、検査官たちに囲まれて、双子の淫魔、リリアとソフィアが、べたべたとねちっこいボディチェックを受けている。
(あかん、信じられへん!……誰か嘘やと言ってくれ――)
リリアとソフィアは、肌の露出が極端に多いマイクロビキニしか身に付けていない。
小さな黒い翅と尻尾だけをぴょこぴょことくねらせて、なにごとか叫んでいる。
華奢な体つきが薄いビキニ越しにも際立ち、か細い腰の曲線がくねくねと動き、その白い肌が、好色な魔族たちの視線を釘付けにしていた。
周囲の悪魔たちが興奮してどよめく。
「双子の淫魔がこんなエロいビキニで……!」
「検査官、もっと調べてくれよ!隅々までぜんぶ!」
「もっとやれ! きっちりボディチェックしろ!」
これでは検査会場なのか、ここがサバト会場なのかわからない大騒ぎだ。
レジナルドは慌てて、双子たちを確保し、人気のない控えエリアへ連れ込んだ。
「この、どアホ!!!お前ら、なんでこんなとこへ来てん!
ここがどういう場所かわかってんのか? !これからリーザ様を巡って、他の悪魔らと殺し合いすんねんぞ!
お前らがおってどうなんねん。すぐ帰れ!!」
「でもレジナルドさんなんて、魔力0じゃん~♡ それこそ即死だよお♡」
「わかっとるわ、ボケ!!!! 百も承知じゃ!!!!!」
かつてなくレジナルドに感情的に怒鳴られて、ソフィアはしゅーんとなっている。
リリアは……じっと黙って、大きな瞳でレジナルドを見つめていた。
「とにかく……来てもうたもんはしゃーない。
閣下はサバトの会場へ、直接向かわれてる。
お前らは飛べる――閣下への伝令役として役に立ってくれたらそれでええ」
口元に指をあて、レジナルドは自分の中でもう一度、作戦を組み立てなおしている。
リリアとソフィアを安全に、かつ最大限に有利に活用する。そうすることで、少しでもこの作戦に活路を見出す――。
この凄惨な”花嫁狩り”競争で、生きて戻れるとは思っていないが、自分の役割だけは果たしたかった。
「レジナルド、心配するな。お前を死なせるようなことはしない。俺が守ってやる」
突然、ルシエルの言葉が、リリアの声となってレジナルドに届いた。
「え……」
リリアの瞳には、ぼんやりと紫色の光が宿っている。
その表情は凛々しく、厳しくはあったが、臣下を見守る優しさをどこか纏っていた。
「か……閣下……ですか?」
レジナルドが確かめるように、リリアの顔を覗き込んだ。
淫魔の仔に入り込んだルシエル卿は、体にぴったり張り付いた、艶めかしいマイクロビキニの姿のままで、いつものように冷静にレジナルドの瞳を見つめ返している。
「いま、リリアの肉体を借りている。”俺”は意識だけだから、魔力検査もなんなくスルー出来た。
まぁ不正行為だが、こうでもしなきゃお前を守ってやれないだろう」
「お体のほうは、サバト会場に?」
「そうだ、意識を分けている。貴賓席でそれなりに応対もせねばならんから、なかなかにややこしい。こっちはすごい熱気だ。下品で、淫らで、汚らわしい雰囲気でいっぱいだ。早く出たくてたまらん」
精神を二つに分ける――そんな高度な能力のある魔族が、どれだけいるのだろう、とレジナルドは己の主人のことが、空恐ろしくなった。
「お前は、おもしろい話し方をするんだな。レジナルド。初めて聞いたぞ。いつもの口ぶりよりもずっと面白い」
レジナルドの訛りをからかう表情は、可愛らしい淫魔の仔のそれだが、その内面は計り知れない魔力を持つ、魔界の公爵ルシエル卿だ。
「閣下、そもそもこの双子の衣裳は――」
「これか?」
と、リリアの姿をしたルシエルは、きわどいビキニの白い尻から生えている、淫魔のしっぽをぴょこぴょこと動かして答えた。
「俺の趣味だ。可愛いだろう。こいつらに良く似合う」
ソフィアもぴょんぴょん跳ねながら、調子に乗って横から口を出してくる。
「ソフィアもすきー♡ このビキニ可愛いし、いいと思う~、ルシエルさま趣味いーよね♡ 」
「ちょっと過激だったか、検査官どもにべたべた触られて気味悪かったが……
俺もとりあえず、あーん♡とか、いやーん♡ とか言って胡麻化しておいた。
まぁ女の肉体になるというのは、なかなか不思議な感覚だな」
レジナルドは、混乱のあまり頭をかかえてうずくまる。
人間である自分、淫魔の仔のソフィア、そしてリリアの中に精神だけ入っている、ルシエル。
ここからどう勝機を見出せばいいのかを、もう一度組み立て直す――。
(どんな無茶ぶりやねんな、ほんま。
俺はえらいもんを”花嫁狩り”に持ち込みしてもうたで――)
”花嫁狩り”競争の開始まで、あとわずかに迫っていた。




