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半血魔王のクロニクル<年代記> ~魔界で一番外道な貴公子~  作者: 古弥須 凱
第一部 黒き貴公子と贖われぬ花嫁
35/46

33話 月光

挿絵(By みてみん)



魔界のルシエル公爵邸、最奥の私室。


十二夜の月が、巨大なアーチ窓から冷たく青白い光を投げかけていた。


ルシエルは寝台に腰掛け、黒いローブを羽織ったまま、膝の上に広げた古い詩集を無意味に眺めていた。


紫の瞳は、いつもより深く沈み、苛立ちと渇望と、抑えきれない不安が混じり合って、静かに燃えていた。


今夜は、十二夜だった。


今ではその魔力を借りなくても、ルシエルとリーザの夢の世界は、分かち難く強く、固く結びついていて、夜毎にはかない愛を交わし続けていた。


明日、リーザは他国への花嫁行列の輿に乗り、森に入る。


そこでフォルネウス男爵の罠が待ち受け、彼女は悪魔の饗宴(サバト)の生贄として晒され、無惨に屠られる運命だ。


レジナルドはすでに覚悟を決めて、人間の身ながら命を賭けた特攻を申し出た。


ルシエルはそれを了承した。


だが、今夜だけは、何も考えたくなかった。


ルシエルは指先を震わせ、詩集のページを強く握りつぶした。


不安で、不安でたまらなく、吐き気がする。


彼女に迫るあまりにも大きな危機を伝え、何も出来ることはなくとも、せめて警告するべきなのかもしれない。


しかし、今夜だけは、リーザにそれを悟らせたくなかった。


(……リーザ……お前を、失いたくない)


夢の扉が、音もなく開く――。



*



リーザの寝室。


オルヴェス王国の王宮、最上階の王女私室。


嫁入り前夜の静けさの中、深い青のネグリジェを纏ったリーザは、ベッドに横たわり、目を閉じていた。


明日、彼女は他国の王子のもとへ輿入れする。


政略結婚の道具として、「ルイーゼ」ではなく「一国の王女」として。


心は重く、胸の奥に、ルシエルの影がまだ消えずに残っている。


愛を乞い、嘆き、怒り、そして苦しむであろう、彼に会うのが辛かった。


それでもリーザは、十二夜の訪れを待っていた。


夢の扉が、静かに開く――。





リーザは、霧に包まれた森の東屋(ガゼボ)に立っていた。ルシエルと初めて出会ったあの場所だった。


「ここは……」


月光が白いドレスを透かし、金色の髪を銀色に染める。


そこに、黒いマントを纏った姿で、ルシエルが静かに、ゆっくりと近づいてきた。


リーザの心臓が、激しく高鳴った。


「……ルシエル……」


ルシエルは、答えず、ただ、彼女の前に跪いた。


膝をつき、リーザのドレスの裾に、そっと額を寄せる。


「リーザ……」


声が、いつもより低く、震えていた。


「今夜だけは、お前を怖がらせたくない。ただ、お前と一緒にいたい」


いつもなら、激しく押し倒され、心ごとすべてを抱きすくめられた。


お前は俺のものだと吠え、唸り、リーザのすべてを奪いつくそうとするのがルシエルだった。


しかし今宵、ルシエルはそっと彼女の髪を撫で、額にキスを落とした。


リーザの息が、乱れる。


「……ルシエル……どうして……?」


ルシエルは、彼女の耳元で囁く。


「俺は……お前を失いたくない。お前が他の男の妻になるなんて、考えたくもない。


でも、お前を怖がらせたくもない。


だから今夜は、俺のすべてを、お前に預ける」


彼は、リーザのドレスの肩を押し下げ、ゆっくりと解きほどいていく。


「リーザ……愛してる」


リーザの腕が、彼の背中に回る。


「あ……ルシエル……私も……愛してる……」


二人は、溶け合うように、ただ深く、愛を確かめ合った。


すべては、凪のように優しかった。


ルシエルはただ、固くしがみつく彼女を抱きしめた。


「お前は俺のものだ……でも、お前が俺を選んでくれるなら、俺はお前のものになる」


彼の紫の瞳が、彼女の心を捉え、ひたすらにその愛を乞うていた。


「わからない……どうすればいいのか、私にはわからないの」


「――構わない。俺たちの夢は続く。お前が選んでくれ」


夢の中で、二人は、静かに、深く、抱き合った。


十二夜の月光が、最後の光をなげて、二人の影を優しく包んだ。

▼次話

34話 ボディチェック

挿絵(By みてみん) 

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