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半血魔王のクロニクル<年代記> ~魔界で一番外道な貴公子~  作者: 古弥須 凱
第一部 黒き貴公子と贖われぬ花嫁
34/43

32話 話題の中心

挿絵(By みてみん)



魔界のルシエル公爵邸、執務室。


夜の帳が降りた頃、レジナルドがようやく戻ってきた。


閣下(サー)、ただいま戻りました」


ルシエルは執務机に肘をつき、顔を覆っていた手をゆっくり下ろした。


紫の瞳は疲れと苛立ちで曇っているが、レジナルドの姿を見た瞬間、わずかに見開かれた。


レジナルドは静かに頭を下げ、かすれた声で報告を始めた。


いつも通りの冷静さを保ちながらも、疲労が声の端々に滲んでいる。


「申し訳ございません……フォルネウス男爵との事前交渉は、失敗に終わりました。


リーザ姫を”花嫁狩り”のリストから外さない、というのが彼の回答です」


「男爵が断っただと? ――なぜだ」


レジナルドは深く息を吐き、慎重に言葉を選ぶように続けた。


「最初は恐縮しておりました。『ささやかな我がサバトに、公爵閣下がご興味をお持ちいただけるなど、光栄です』などと。


ところがリーザ姫の件を切り出すと、態度が一変しました。


『ああ、あの姫ですか……すでに広く告知済みでしてね』と、にこやかに、しかしきっぱり断られました」


レジナルドは一枚の羊皮紙を差し出した。フォルネウス男爵からの返信状だ。


丁寧な文面の裏に、嘲るようなニュアンスが滲んでいる。


「リストは魔界全土に公開済みで、生贄候補として『ルイーゼ姫』つまりリーザ様の名前がトップクラスに掲示されています。


姫のことはすでに魔界中の話題です。おそらく中継のスポンサー料も相当額を受け取っているのでしょう。


注目度がこれほど高いサバトで、『メイン候補を今さら外す』などという選択肢は、あの成り上がり男爵には存在しないようです」


ルシエルの拳が机を叩いた。低く響く音が部屋に広がる。


「わが家門(いえ)も、とことん舐められたものだ」


「『もし公爵閣下が最上席の賓客としてご来場いただけるなら、もちろん特別に段取りをつけさせていただきます』……それが彼の条件です」


サバトの供物となった乙女は、その場で最も上位の悪魔に捧げられる。


彼女が衆目のなかで供物として捧げられ、悪魔の刻印を刻まれた瞬間、饗宴は最高潮を迎える――。


「……つまり、全魔界中継のなかで、俺がリーザをサバトの生贄として犯すことが要求されている、と?」


レジナルドは静かに頭を下げた。


「フォルネウス男爵は、閣下のような高貴なご身分の方が『自ら参加する特別なサバト』だと宣伝したいのでしょう。


下種な言い方をすれば……閣下の『タレント効果』を狙っているようです」


ルシエルの怒りが、頂点に達した。


執務室がみしみしと軋み、窓ガラスに細かなヒビが入る。


黒い貴公子として、その美貌をうたわれているルシエル公爵――。


彼が主となり、生贄の乙女を皆のまえで犯すサバトとなれば、抜群の宣伝効果で、魔界中を沸かせることは間違いない。


ルシエルは、何をするにも人の目を引く存在だ。


(この方は、ご自身の話題性にまだ気づいてはらへんねんな……)


レジナルドは内心でため息をついた。


自分が人間界の王宮で必死に裏工作を進めている間に、ルシエル閣下は例によって、魔界の「望まない話題の中心」に立っていた。


魔界貴族のバカ令嬢が運営するアカウントが、何も考えずにある盗撮動画(ストーリー)を勝手に配信(アップロード)したからだ。


その動画(ヴィジョン)の中では、魔界七十二柱の一柱であるルシエル公爵が、淫靡な社交場(クラブ)で、シャツからはだけた素肌を腹筋まで晒しながら、女淫魔たちに絡まれ、音楽に合わせ激しく腰を振って、踊りまくっている。


これが瞬く間に拡散し、無断転載を重ねながら、女性魔族を中心に(イン)stagramで大バズりしてしまった。


#るしえる様の腰ヤバ

#るしえるのこし

#VIPによんで♡るしえる

#公爵さまの腹筋♡

#るしえる様の腰でしぬ♡♡♡

#公爵さまに(またが)りたい♡


……という、目も当てられないハッシュタグが飛び交い、もはや炎上を通り越して、祭り状態。


動画のなかのルシエルは、黒髪を振り乱し、はだけたシャツからは鎖骨と腹筋を晒し、汗を散らして踊っていた。


何かを振り切るように激しく、身体の芯から湧き上がる衝動のままに。


その姿は、誰もが見とれるほど艶めかしいが――。


(いやいや、なにやってはるんすか、この公爵(ひと)……)


魔界に戻り、その動画(ヴィジョン)を目にしたレジナルドは、思わず凪の心境になった。


味方も多いが、それ以上に敵も多い。そして彼を利用しようとする者も、後を絶たない。


そう考えると、貴族というより実業家肌のフォルネウス男爵らしい、ルシエル卿の「話題性」を最大限に活かした下種な提案だと言える。


「リーザ姫の名前は、すでに『(確保待機)』の状態です。


花嫁行列が森に入った瞬間、下級悪魔の群れが襲いかかり、連行されて祭壇に上げられる……それが男爵の計画です」


ルシエルは立ち上がり、窓の外の闇を見つめた。


「……さて、どうやってこの盤面をひっくり返すかだ」


レジナルドは一瞬、目を伏せた。


銀縁の眼鏡の奥で、淡い灰色の瞳が揺れる。


彼は知っていた。


この先の言葉を口にすれば、ルシエルに殺意すら向けられるかもしれない。


それでも、主人の渇望を前にして、黙っていることの方が――彼にとっては耐え難い。


閣下(サー)……叶いますならば、まずはお怒りにならずに聞いていただきたい案がございます」


ルシエルの眼が暗く光る。


「許す、言ってみろ」


レジナルドは喉を鳴らし、ゆっくり言葉を紡いだ。


声は低く、かすかに震えていた。


「サバトの供物となる乙女は、それを捧げられた上級悪魔のものとなります。


生贄台の上で乙女を供物として捧げ、サバトの主が自分の名を、生贄の肉体に悪魔の刻印(マーク)として刻む。


――そのことによって、彼女はその上級悪魔の所有物として、魔界から認められるのです。


そこに、意思や契約は必要ない――」


ルシエルの眼光が、怒りに暗く燃える。


「お前は――自分が何を言っているのか判っているんだろうな、レジナルド」


レジナルドは視線を落としたまま、静かに続けた。


「現時点で、リーザ様は閣下の所有物となる"意思"がございません。


リーザ様の意思による"盟約"がなければ、彼女を妻として魔界に連れていくことも出来ない。


しかし、このサバトの場で、”合法的”にリーザ様を閣下の所有物とすることで、この二つの問題を同時に解決することが可能となります。――あくまで強制的なかたちとなりますが」


(あかん……閣下の目に殺意しか見えへん……)


レジナルドの胸が、むかつくほどに締めつけられた。


この提案がどれほど汚らわしく、どれほどルシエルを傷つけるか――彼自身が一番よくわかっていた。


それでも、彼は言葉を続けた。


「今はとにかく、リーザ様を魔界に移すことを優先すべきです。


彼女の意思に反してお心を深く傷つけ、強制的に連れ去ることで、お心はより頑なになるでしょうが――これは、ルシエル様の真のご希望を叶えるための”必要悪”と考えます」


「リーザを衆目の晒しものにし、金目当ての男爵風情の言うがままに、俺に生贄台の上で彼女を犯せというのだな、レジナルド。それがお前の考える最善の策なのか?」


まさに胸がむかつくほど、最悪にして最低の、汚ならしい策だった。


それでも――主人の渇望を前にして、黙っていることの方が、レジナルドには耐え難かった。


「リーザがそんなことを望むわけがない。


そして――下種な者どもの望むままに、俺が彼女を傷つけるようなことをするはずもない。


覚悟のうえで口にしたのだろうが――俺は心底、お前に怒りを感じている」


「お怒りはごもっともです、閣下(サー)。お詫びのしようもございません」


ばりん、と音を立てて、窓ガラスが数枚はじけ飛んだ。


ルシエルは荒く息を吐き、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「……下がっていい、レジナルド」


忠実な従者は、無言で深く頭を垂れた。


ルシエルが、ぽつりと、ほとんど聞こえない声で呟いた。


「――いつも、お前には苦労をかけてすまない」


ルシエルは執務机に肘をつき、ふたたび手で顔を覆って黙り込んだ。


その姿を見て――、レジナルドは覚悟を決めた。


閣下(サー)、私を”花嫁狩り”に参加させてください。


私は人間で、魔力を持ちませんから、一定の魔力以下、という参加条件を満たしているはずです。


私が他の下級悪魔からリーザ姫を確保し、場の混乱に乗じて奪取します」


銀縁眼鏡の下の眼差しは、死を覚悟した者のそれだった。


「馬鹿なことを言うな。下級悪魔どもが、魔術を駆使して殺し合う場だぞ。生身のお前が、そこでどうにか出来るわけもない。」


「閣下はずっと、ご自身で迷っておられたはずです。リーザ様のお輿入れのことを聞かれた時から。


ご自身で人間界に降り立ち、リーザ様を載せた花嫁行列を襲撃して、姫をその手に奪い去りたいと」


ルシエルは沈黙した。

 

それは、魔界の公爵位を持つ彼の立場では許されないが、ルシエルが恋人を現実の世界で腕に抱くことの出来る、唯一の方法だった。


人間界に出現し、彼の魔力を持って行列の護衛兵たちを焼き払い、花嫁輿からリーザを奪うことはごく簡単だった。


ルシエルの思うまま、一人の男として望むまま行動すれば、リーザをその胸に抱くことが出来る。


しかし、そこまでしても彼女の心は手に入らないだろう。

 ――そして、その行動によってルシエルとその家名は、確実に破滅する。


「私は自分の意思で、サバトの"花嫁狩り"に参加いたします。

 

混乱に乗じて、リーザ様を安全に確保し……閣下と直接会っていただきたいのです。

夢の中ではなく――生身の体をもった魔族と人間の男女として」


サバトの夜に限っては特別に、強大な魔力をもつ上級悪魔が人間界に降り立ったとしても、天界は見過ごすのが暗黙の了解だった。


しかし、レジナルドの献策はあまりにも無謀で、無茶だった。


誰よりも慎重に、準備を積み重ねて、合理的に、そして着実に成果を得る――これまでの彼の方針(スタイル)とは真反対の、全てをかなぐり捨てた命を賭けた特攻(スーサイドアタック)


これが、今レジナルドに残された、ただ一つの献身だった。

 

「レジナルド、お前を"花嫁狩り"に行かせることにする」


ルシエルは短く言った。


閣下(サー)、深く感謝いたします」

 

レジナルドは一瞬顎を下げ、もう一度、強い目で彼の主人を見た。


「我が身命をかけて、必ずやり遂げてご覧に入れます。

ですから貴方さまも、これが最後のチャンスだと、どうぞ覚悟を決めて下さいませ」


サバトの生贄としてリストアップされた以上、リーザの体とその命は、すでに魔界の手に堕ちている。生贄台に晒され、弄ばれた末に、残酷に屠られる運命だ。


生贄となる乙女を、同じ悪魔(ディアボロ)同士で奪い合うなら、リーザを強引に我が物にして、何が悪いと言うのか。


また以前のように憎まれ、耐えがたい嫌悪の表情を向けられたとしても構わなかった。


「リーザは俺のものだ。たとえ彼女が拒んでも、必ず魔界に連れ帰る」

▼次話

33話 月光

挿絵(By みてみん) 

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