30話 愛の夢
十二夜の夢は、いつものように静かに扉を開いた。
夢の中の恋人たちは互いに寄り添い、静かに抱き合っていた。
ルシエルの黒髪がリーザの肩に落ち、リーザの金髪がルシエルの胸に広がっている。
言葉はない。
ただ、互いの体温と鼓動だけが、静かに響き合っている。
ルシエルは、リーザの背中に腕を回し、ゆっくりと息を吐いた。
「俺は……甘やかされることしか知らない。
魔界での身分におごって、周りが気を使い、ちやほやと機嫌を取ってくれるのが当たり前だった。
どんな過ちを犯しても、誰かが犠牲になって、俺のことを守ってくれた。
いつも周りが整えてくれた――お前を手に入れるための策略すらも」
声は低く、かすかに震えていた。
「だから、お前と二人で向き合い、現実をつきつけられて、正直に俺は……傷ついた。
魔界の公爵家に生まれ、様々な現実を見てきたつもりだった。
それでもまだ、甘ったるい理想に流されそうになっている自分がいる。
愚かな夢だとわかっているのに、お前を手に入れたいという気持ちが消えない」
リーザはルシエルの胸に顔を寄せ、静かに目を閉じた。
「そうね。わたしはたしかに現実主義者だわ。
王女として、人間として……わたしは短い命で生きて、普通の幸せを手に入れたい。
どんな現実を選んでも、そこに幸せを見出していくことが出来ると信じてるの。」
彼女はゆっくりと顔を上げ、ルシエルをまっすぐ見つめた。
「でも聞いて、ルシエル。もともと、わたしたちの絆は、夢の中だけのものだった。
本当は出会うはずがなかったはずなのに、十二夜の夢がわたしたちを繋いだ。
だからこそ……身分も、現実の苦しさも、すべて捨てて、今ここにいる時間を、大切にしたいの」
リーザは優しく微笑み、ルシエルの頰に指を添えた。
「わたしは、あなたを愛している。それは、夢の中だけの愛かもしれない。
でも、今この瞬間、わたしはあなたを愛している。あなたが好きよ、ルシエル」
どんな言葉よりも残酷だ、とルシエルは思った。
リーザは人間界で、自分は魔界で。
それぞれに許された現実を生きろとリーザは言う。
母から人間の血を引く自分であれば、魔界でのすべてを捨てて、リーザと共に人間界で生きることも出来るのではないかと思った。
しかし”半血”の自分は、あまりにも強大な魔力に生まれついていた。
彼のような異端の存在を、天界は決して許さないだろう。
八方ふさがり――それがリーザとルシエルが閉じ込められている、「愛の夢」の現実だった。
「他の男との子を産むのか」
ぽつりと口からそんな言葉が出た。まぁ、と窘めるような顔をして、リーザはルシエルの頭を抱き寄せた。
「そうね、子供は欲しいわ。男の子も、女の子も欲しい。家族いつも一緒にいて、子供たちを抱きしめて、幸せでいられると安心させてあげたいの」
ルシエルの肩がかすかに震える。決して、声は出さなかった。
「嫁ぐ国が決まったの――来月、故国を出るわ」
「もし……俺たちの間に、子供ができたら……どんな子になるんだろうな」
「……きっと、貴方の紫の瞳を受け継いで、わたしの金色の髪を持つ子になるわ。男の子でも女の子でも、貴方のように優しくて、強い子よ」
彼女の声は優しく、どこか遠い夢を見るように柔らかかった。
ルシエルはそっと、リーザの髪に指を絡めた。体が熱く高ぶっていくのがわかった。
ルシエルは震える手でリーザの腰を抱き寄せ、ゆっくりと体を重ねた。
「リーザ……俺は……」
言葉は途切れ、代わりに熱い吐息が漏れた。リーザは彼の背中に腕を回し、優しく受け入れる。
「いいのよ、ルシエル。あなたのしたいようにして」
彼女の細い指が彼の背中を優しくなぞるが、その優しさが逆にルシエルを苛立たせる。
リーザはそっと、彼の耳元でささやいた。
「ルシエル…。あなたの赤ちゃんを産みたいわ……本当よ……」
想像がルシエルの脳を焼く――他の男に抱かれるリーザ、他の男の子を産むリーザ。
「リーザ……お前は……俺のものだ……誰にもわたさない――」
その絶望のなかで、ルシエルは言葉をしぼり出した。
「リーザ……俺の子を産んでくれ……俺と結婚しよう……何もかも捨てて――」
彼女はただ、ルシエルの耳元で彼の名を呼んだ。
ただ、彼の名を繰り返した。
*
二人は互いの体を優しく抱きしめたまま、静かに息を弾ませていた。
もうすぐ、夢が閉じる。
リーザはやさしく恋人の髪を撫で、額をつけて寄り添った。
「あなたを愛してるわ、ルシエル。あなたは私の最愛のひとよ。……決して忘れないでね」




