27話 忠義の仮面
エドマンドは、粗末な使用人用のベッドに腰掛け、お互いを激しく求め合っている双子の淫魔・リリアとソフィアを眺めていた。
銀縁の眼鏡を押し上げながら、淡い灰色の瞳に、いつもの無慈悲な光が宿る。
魔界からこの王国に戻った瞬間から、ルシエル公爵の第一従者、レジナルド・チェンバースという存在は彼の中から消えていた。
彼は、王太子の召使エドマンド・グレイだ。
人間界では決して外さない仮面――それが彼の忠義の証明だった。
そして双子たちは――ただ本能のまま、淫らに、激しく求め合うだけ。
魔界でルシエルの愛玩物として奉仕するために生まれた、この可愛らしい生き物は、たった一夜の渇きも耐えられない。
人間としての寿命を吸い上げられながらも、彼女たちと夜を過ごし、奉仕してきたレジナルドだが、今夜の彼は、その淫らな日常には加わらなかった。
ルシエルの血を受けて王宮に戻った後、彼は双子との交わりを絶つことを決めていた。
限られた人間としての寿命。そのすべてを、ルシエルの為に使う覚悟が出来ていた。
そのためにこの忠実なルシエルの第一従者は、淫魔の仔と交わる――寿命をすり減らすような行為を自らに禁じたのだ。
ただ、目の前の光景を眺めてはいた。
しかし誰も知らない彼の内面で、一瞬、エドマンドという仮面が、粉々に砕け散りそうになる事実を自覚してもいる。
息を殺して眼鏡を直す手が、微かに震えた。
*
双子が余韻からようやく体を起こした頃、エドマンドは部屋の隅の椅子に座り直し、静かに口を開いた。
「ルル、私が不在の間の、リーザ姫の様子を教えてくれ」
ソフィアはベッドに肘をつき、髪を指でくるくる巻きながら答える。
「うーん、普通に可愛かったよぉ♡」
ぴょこぴょこと尻尾を跳ね回しながら続けた。
「レジナルドさんがぁ、出発した日にぃーリーザちゃんはアンナさんと、ずっと二人で話しててぇ、アンナさんは泣いてた……。でも、リーザちゃんが優しく抱きしめて、肩をだいて慰めてたの見たよ」
リリアが小さく頷き、補足する。
「……アンナさん、すぐに暇を取って出て行っちゃったみたいです。それからは私たち二人が、直接リーザ姫の身の回りのお世話をしています」
エドマンドの眼鏡の奥で、淡い灰色の瞳がわずかに細まる。
「詳しく話しなさい」
ソフィアが楽しげに続ける。
「リーザ姫、すっごく優しいよぉ♡……ぜんぜんツンツンしてないしぃ~フツーに笑ってくれるからうれし♡
私たちに『ありがとう』って言ってくれるし、仕事中に疲れてベッドで眠っちゃったのに、寝てていいよって怒らなかったんだ♡
昨日なんて、リリアも誘って3人で一緒に昼寝したよぉ♡リーザちゃんはお姉ちゃんみたい♡撫で撫でしてくれたよ~♡」
リリアは頰を赤らめ、恥ずかしそうに目を伏せる。
「……リーザ姫の匂い、甘くて……安心するんです。
私たちの出したお茶もお菓子も、何も疑わずに喜んでくれてます。
最近はアレクシス王太子にも、親しげに声をかけていて……『今日はいい天気ね』とか、『一緒に庭を歩きませんか』とか……すごく明るくなってます」
エドマンドは無言で聞き終える。
指先で眼鏡の縁を軽く叩きながら、静かに呟いた。
「……疑わない、か」
エドマンドは振り返り、冷たい視線を双子に向ける。
作戦は怖いほど順調に進んでいた。
媚薬は少しずつリーザ姫のなかに蓄積し、人間界のどこにいても、ルシエルの夢と繋がる状態になりつつある。
精神が呼応し、魔力の力を借りて固く結び合えば、いずれ媚薬なしでも彼らの夢は固く結びつき、離れられなくなるはずだ。
悪いことではない。ただ……不自然だ。
実際に、リーザが優しい視線をアレクシスに送ることで、王太子は舞い上がっており、今になって進行している彼女の政略結婚に難色を示しだしている。
小議会は混乱し、リーザの叔父である国王と王太子の対立が激しくなるだろう。
(……まるで時間稼ぎだ)
リーザの本心はわからなかった。
ルシエルはすでに4度彼女と夢の中で交わり、すでに彼女の肉体を手に入れたと言っていた。
だが、言葉を変えれば、リーザ姫は彼の求婚を少なくとも4度、拒んでいることになる。
ルシエルは穏やかに、彼女への愛の深まりを語っていたが――。
何もかも完璧に組み合わされたパズルの中に、たったひとつ空白があるような、エドマンドのなかに言い様のない暗い不安がよぎった。




