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半血魔王のクロニクル<年代記> ~魔界で一番外道な貴公子~  作者: 古弥須 凱
第一部 黒き貴公子と贖われぬ花嫁
22/44

20話 天界の悦楽

挿絵(By みてみん)



馬車が【天界の悦楽(ヘブンリープレジャー)】の裏口に滑り込むと、黒い結界(ドア)が音もなく開いた。


ルシエルはマントを翻して降り立つ。


ドアマンが、「公爵閣下、こちらへ」と頭を下げ、黒いカーテンを開けてVIP専用エレベーターへ案内した。


セキュリティの魔族が半径数メートルに張り付き、他の客が近づけないように壁を作る。


マルコはニヤニヤしながら(ほらな、俺もVIP扱いだろ?)とばかり、自慢げに周囲を見回している。


最上階の扉が開くと、部屋全体が鏡張りの闇に包まれていた。


天井から垂れ下がる蒼い結晶(クリスタル)がゆっくり回転し、光が無限に反射して、現実と幻覚の境目を溶かす。


空気は濃厚な媚薬の霧で満たされ、息を吸うだけで下腹部が熱く疼く。


マネージャーが即座に頭を下げ、

「ルシエル公爵閣下、お待ちしておりました。本日は特別に最奥の『堕天使の淫巣(フォールンネスト)』をご用意しております。


媚薬の濃度はご希望に合わせて調整可能です。


鎖、玩具、娼婦……すべてお好きなようにお使いください」


ルシエルは無言で頷き、マルコを従えて部屋に入る。


ルシエルはVIPルームの重厚な扉を押し開けると、すぐに部屋の中央に腰を下ろした。


黒大理石の円形ベッドが微かに浮遊し、蒼い結晶の光が彼の黒髪と紫の瞳を妖しく照らす。


マントを脱ぎ捨て、胸元を大きく開いたシャツ姿で背もたれに凭れかかる。


マルコはシャンパンを開け、グラスをルシエルに渡した。


「まぁ、まずは一杯やろうぜ。今日のストレス、全部ぶちまけろよ」


ルシエルはグラスを受け取り、そのまま一気に泡をあおった。


喉が熱く焼ける感覚が、渇きを少しだけ紛らわせる。


「おーおー、フロア盛り上がってんなー」


マルコの声に、若き公爵の表情は冷たく、ただ無言でガラス張りの壁越しにフロアを見下ろす。

 

壁一面が一方向透視の魔力鏡になっており、下の一般フロアが丸見えだ。

 

ルシエルは動かず、ただ眺める。

 

その視線は獲物を値踏みする猛禽のように鋭かった。

 

フロアはすでに熱気に満ちている――

 

中級の——甘やかされた若手貴族の坊ちゃんお嬢ちゃんたちが、媚薬の霧に理性を溶かされて、乱痴気騒ぎの真っ最中だ。

 

鏡張りの床に映る姿が無限に増殖し、フロア全体が淫靡な鏡の迷宮と化す。

 

ルシエルはただ、紫の瞳でその光景を冷たく、じっと見下ろす。


フロアの喧騒が、VIPルームの結界越しに響いてくる。

 

喘ぎ声、肉のぶつかる音、魔性の尾がはげしく白い尻を叩く音……。


シャンパンを二杯空けた頃、ルシエルは立ち上がった。


マルコが「お、動く気になった?」と笑って付いてきた。


ルシエルはVIPルームの扉を押し開け、フロアへと降り立った。

 

ぐぁんっという大音量と共に、媚薬の甘い霧が肺を直撃し、一瞬、紫の瞳が揺れる。

 

だがすぐに冷たい微笑を浮かべ、ゆっくりとフロア中央へ歩を進める。

 

音楽が体に響く。

 

低く唸るベースが心臓を叩き、弦楽器の妖しい旋律が肌を這う。

 

照明は血のように赤く、蒼い月光が交互に点滅する。

 

彼の存在を認めた周囲の魔族たちが、一瞬息を呑む。


(うっそ)。マジで……やば!」

 

「ルシエル公爵きてるって……!」

 

ざわめきが広がり、彼の周りに自然と人だかりができる。

 

ルシエルは誰とも目を合わせず、ただ一人で踊り始める。

 

腰をゆっくり落とし、黒髪を振り乱し、シャツの胸元を大きく開いて鎖骨と腹筋を晒し、腹底へ響く大音量に身をゆだねている。


彼の周りに、女の魔性たちが次々と近づいてくる。


一人目が背後から抱きつき、胸を押しつけながら腰を合わせる。

 

ルシエルは無表情のまま、片手で相手の腰を抱き寄せ、ゆっくり回す。

 

女魔族は甘く喘ぎ、黒くしなやかな翅を広げて、ルシエルを包み込む。

 

二人目が正面から密着し、尻尾でルシエルの首を締めつけ、唇を重ねて舌を絡める。

 

ルシエルは相手の唇を甘く吸い、腰を深く沈めて押し込む。

 

女魔族の体が震え、「あぁ……ルシエルさま……」と悲鳴を上げる。

 

三人目が横から絡みつき、胸をルシエルの背中に押しつけ、ルシエルの股間を撫で上げる。

 

ルシエルは低く唸り、三人を同時に引き寄せ、体を密着させて踊る。

 

鏡に映る無数のルシエルが、同時に女魔族たちを抱き寄せ、腰を振り、唇を奪い、フロア全体を支配する。

 

絡まりあう女たちの中心で、ルシエルは変わらず、ただ一人で踊っている。


「え、ちょっと公爵さまの腹筋みえてて、やばいんだけど♡」


「だめ……あの腰つき見てるだけでエロすぎぃ♡わたし、ぜったい排卵はじまってるよぉ♡」


女たちの視線が、公爵の腰つきにねっとりと絡みつき、汗で透けた彼の引き締まった肉体に惹きつけられる。


「やばぁ♡マジで公爵さまに抱いてほしいんだけど……」


ルシエルは無表情のまま、しかし瞳の奥でただ、黒い炎が燃え上がるのを感じていた。

 

「るしえる様……抱いてぇ♡VIPへ連れてってぇ♡」


女魔族たちは甘く悲鳴を上げ、体を震わせる。

 

フロアはルシエルの支配下にあり、誰もが彼のリズムに合わせて体を揺らし、快楽に溺れていく。

 

ルシエルは「踊らない」と言い張りながら、誰よりも激しく、誰よりも深く、体を動かし続けていた。



*


 

一曲踊り終えて、ルシエルは女魔族の手を引いてVIPルームに戻った。


ドアが閉まる音が響くと同時に、彼は女をベッドに押し倒す。


シャツを完全に脱ぎ捨て、引き締まった上半身を露わにしたルシエルは、紫の瞳を細めて彼女を見下ろした。


そして用が済めば、女をベッドに残したままで、再びフロアへと降りていった。


彼は、このループを、夜通し繰り返した。

 

フロアには媚薬の霧が濃く立ち込め、息を吸うたびに心臓が熱く脈打った。


どの女もルシエルに抱かれたがってわななき、哀願し、縋りついてくる。


ルシエルはフロアの中央で踊り続けていた。


紫の瞳を細め、黒髪を振り乱し、腰を低く落として激しく円を描く。


その動きは、まるで獲物を誘う獣のようで、周囲の女魔族たちが息を呑む。


一回転(ターン)するたび、シャツの裾がはだけ、引き締まった腹筋が露わになる。


ルシエルは無表情のまま、ただリズムに身を任せて踊り、女たちのエロティックな視線を一身に浴びる。


「あぁ……ルシエルさまの腰……やばぁ……♡」


「だめ…やばすぎぃ♡もう見てられないっ」


と、甘いため息を漏らす。


一曲が終わり、ルシエルは近くにいた女魔族二人を両手にを引いて、VIPルームへ戻る。


どの女を抱いているのかもわからない。


快感だけがルシエルを支配し、感情はどこにもない。


ただ、「もっと……もっと……」という魔性の本能だけが、彼を突き動かす。


VIPで抱き、フロアで踊り、またVIPに戻って抱く……。


彼に縋りついてくる女たちの手を引き、ルシエルはただ、この終わりのない快楽の階段を昇降しつづけた。


部屋全体が、甘い喘ぎと魔力の脈動で満たされていた。


そして、決して満たされることのない彼自身の欲望を果たそうと、ただ激しく女たちを抱き続ける。


激しい渇きを、ただひたすらに癒したかった。

▼次話

21話 サタンの前妃

挿絵(By みてみん) 

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