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半血魔王のクロニクル<年代記> ~魔界で一番外道な貴公子~  作者: 古弥須 凱
第一部 黒き貴公子と贖われぬ花嫁
19/44

17話 堕とす

挿絵(By みてみん)



厨房の隅、深夜の薄暗いランプがゆらゆらと揺れ、橙色の光が石壁に長い影を落としている。


静寂を破るのは、男女のハァハァという荒い息遣いだけだ。


アンナは、王太子の召使エドマンドの胸板に、体を押しつけ、熱い吐息を彼の首筋に吹きかける。


三十路手前の熟れた肌は、ほのかに甘い体温と、女性らしい柔らかい匂いを纏っていた。


「エドマンドさん……」


甘く、湿った声で彼の名前を呼ぶ。

 

アンナの指が男の首筋をなぞり、ゆっくりと顔を近づける。

 

「もし、わたしのお願いを叶えてくれたら……これからも、こんなこと……たっぷりしてあげる♡」

 

唇が重なる。


最初は柔らかく、探るように。アンナの舌先がエドマンドの下唇を軽く舐め、隙間をこじ開けながら、ゆっくりと舌を絡ませていく。


「今夜は……私を、離さないで……ね、これから……私たちもっと仲良くなりましょう」

 

エドマンドの声が上ずり、眼鏡のレンズが白く曇る。

 

頰が染まり、普段の慇懃な表情が崩れかけている。


(ふふ……エドマンドさんて本当に女に慣れてないのね。……可愛すぎるわ)


エドマンドは「アンナさん……これは……」と、言葉を詰まらせる。


やったわ、とアンナは内心で"勝利"を確信した。


王太子アレクシス本人の本音。


リーザ姫の政略結婚交渉の進捗状況。


私室の警備体制。


リーザを守るために、アンナが王太子(プリンス)側から知りたい情報は、山ほどあった。


これからは、この男を"使えば"いい。


ときどきこうやって肉体を与えてやれば、いくらでも尻尾を振って手土産を持ってくるだろう。

 

「エドマンドさん……緊張しなくていいのよ……私が優しくしてあげる♡」


エドマンドは「ああっ……アンナさん……!」と、声を震わせた。

 

「こんなことは……いけない……」と、言葉を詰まらせながらも、エドマンドの体が震え、声が上ずる。


「アンナさん……ダメだ……あっ……」


(この反応……堕とすなんて簡単だわ……)

 

と、アンナは確信を深めてほくそ笑んだ。

 

「アンナさん……もう……」

と、声を震わせながら、エドマンドはアンナの髪を優しく掴む。


彼女はじらすように顔を上げて、服のままでエドマンドの膝の上にまたがる。

 

眼鏡を白く曇らせたエドマンドに抱きつき、最初は軽く、探るように。

 

舌先を少しだけ差し出し、エドマンドの唇をつついた。

 

(……さあ、堕としてあげるわ♡)


ところが、次の瞬間——エドマンドの舌が巧みに、アンナの舌に絡みついてきた。

 

えっ?と、アンナの目が見開く。

 

アンナの体がびくんと震えた。

 

(……なっ……この人の……接吻(キス)……やさしくて…上手(うま)すぎる……)

 

アンナの膝が震え、甘い鼻息が漏れる。

 

「アンナさんの……すべてを見せてください」

 

耳元で低く、慇懃に囁かれる。

 

「急ぎましょう……だれか来るといけない」

 

あくまで慇懃無礼に微笑み、アンナに壁に手をついて背を向けさせる。

 

「急ぎはしますが……貴女は楽しんでくださいね。アンナさん」


どこまでも冷たく、残酷な響きをもってエドマンドの言葉が耳朶に落ちた。



  


「アンナさん、ご満足いただけましたか?」


全てを終えてしまうと、エドマンドは元どおりの慇懃無礼な声で言った。


アンナはもう言葉にもならず、リーザへの忠誠心すら快楽に塗り替えられた、(メス)の表情を浮かべている。

 

「はい……エドマンドさん……とっても……」


エドマンドは静かに、アンナの体から身を離し、満足そうに彼の残した痕跡を眺めていた。


「それは良かったです、アンナさん」と銀縁の眼鏡を光らせて、エドマンドは言った。


「女性の悦びこそ、真の――私のよろこびです」



▼次話

18話 ねちねち

挿絵(By みてみん) 

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