17話 堕とす
厨房の隅、深夜の薄暗いランプがゆらゆらと揺れ、橙色の光が石壁に長い影を落としている。
静寂を破るのは、男女のハァハァという荒い息遣いだけだ。
アンナは、王太子の召使エドマンドの胸板に、体を押しつけ、熱い吐息を彼の首筋に吹きかける。
三十路手前の熟れた肌は、ほのかに甘い体温と、女性らしい柔らかい匂いを纏っていた。
「エドマンドさん……」
甘く、湿った声で彼の名前を呼ぶ。
アンナの指が男の首筋をなぞり、ゆっくりと顔を近づける。
「もし、わたしのお願いを叶えてくれたら……これからも、こんなこと……たっぷりしてあげる♡」
唇が重なる。
最初は柔らかく、探るように。アンナの舌先がエドマンドの下唇を軽く舐め、隙間をこじ開けながら、ゆっくりと舌を絡ませていく。
「今夜は……私を、離さないで……ね、これから……私たちもっと仲良くなりましょう」
エドマンドの声が上ずり、眼鏡のレンズが白く曇る。
頰が染まり、普段の慇懃な表情が崩れかけている。
(ふふ……エドマンドさんて本当に女に慣れてないのね。……可愛すぎるわ)
エドマンドは「アンナさん……これは……」と、言葉を詰まらせる。
やったわ、とアンナは内心で"勝利"を確信した。
王太子アレクシス本人の本音。
リーザ姫の政略結婚交渉の進捗状況。
私室の警備体制。
リーザを守るために、アンナが王太子側から知りたい情報は、山ほどあった。
これからは、この男を"使えば"いい。
ときどきこうやって肉体を与えてやれば、いくらでも尻尾を振って手土産を持ってくるだろう。
「エドマンドさん……緊張しなくていいのよ……私が優しくしてあげる♡」
エドマンドは「ああっ……アンナさん……!」と、声を震わせた。
「こんなことは……いけない……」と、言葉を詰まらせながらも、エドマンドの体が震え、声が上ずる。
「アンナさん……ダメだ……あっ……」
(この反応……堕とすなんて簡単だわ……)
と、アンナは確信を深めてほくそ笑んだ。
「アンナさん……もう……」
と、声を震わせながら、エドマンドはアンナの髪を優しく掴む。
彼女はじらすように顔を上げて、服のままでエドマンドの膝の上にまたがる。
眼鏡を白く曇らせたエドマンドに抱きつき、最初は軽く、探るように。
舌先を少しだけ差し出し、エドマンドの唇をつついた。
(……さあ、堕としてあげるわ♡)
ところが、次の瞬間——エドマンドの舌が巧みに、アンナの舌に絡みついてきた。
えっ?と、アンナの目が見開く。
アンナの体がびくんと震えた。
(……なっ……この人の……接吻……やさしくて…上手すぎる……)
アンナの膝が震え、甘い鼻息が漏れる。
「アンナさんの……すべてを見せてください」
耳元で低く、慇懃に囁かれる。
「急ぎましょう……だれか来るといけない」
あくまで慇懃無礼に微笑み、アンナに壁に手をついて背を向けさせる。
「急ぎはしますが……貴女は楽しんでくださいね。アンナさん」
どこまでも冷たく、残酷な響きをもってエドマンドの言葉が耳朶に落ちた。
*
「アンナさん、ご満足いただけましたか?」
全てを終えてしまうと、エドマンドは元どおりの慇懃無礼な声で言った。
アンナはもう言葉にもならず、リーザへの忠誠心すら快楽に塗り替えられた、雌の表情を浮かべている。
「はい……エドマンドさん……とっても……」
エドマンドは静かに、アンナの体から身を離し、満足そうに彼の残した痕跡を眺めていた。
「それは良かったです、アンナさん」と銀縁の眼鏡を光らせて、エドマンドは言った。
「女性の悦びこそ、真の――私のよろこびです」




