14話 失態
王宮の私室は、深夜の静寂に包まれ、ランプの灯りがゆらゆらと揺れている。
甘い香油の匂いが部屋に立ち込め、エドマンドが双子の”姪っ子たち”を連れて現れたときには、アレクシス王太子の息遣いはすでに荒く、普段の冷静な仮面はどこかへ消えていた。
双子の淫魔であるリリアとソフィアは、人間の娘に見えるように少しばかり魔術で容姿を変えている。
それでも、その瞳には年齢には似合わない、潤むような艶かしさがあった。
双子はメイド服のブラウスの胸を押さえ、少し緊張したおずおずという雰囲気で、王太子の前に傅いた。
「こちらが姉の二コラ、そして妹のルルと申します」
アレクシス王太子は、はっきりとした情欲の炎に燃えて、ニコラとルル――双子の小間使いを見つめている。
「なかなかに愛らしい」
「恐縮です。お恥ずかしい話ながら、私の姪たちは、年齢のわりにませておりまして――」
エドマンドの静かな指示で、双子はおずおずとメイド服を脱ぎ、恥ずかしそうに白い裸身を晒した。
――ふわっと、部屋の中に甘い芳香が漂った。
妹淫魔ソフィアのもつ能力――甘く欲望を誘う香りが少しずつ部屋の中に漏れ出してくる。
レジナルドは、思わず声を出しそうになるほど動揺した。
(――ソフィアのやつ、順番まちがえとるやんか)
レジナルドが双子らを置いて部屋から退出し、王太子と3人になった段階で、まず甘い催淫の霧で酔わせる――
事前の打ち合わせで、さんざん言い聞かせておいたはずだった。
作戦参謀のレジナルドは内心、激しく舌打ちした。
(くそ、やりにくくなったわ――)
淫魔たちの魔力がもたらす肉体の変化が、王太子だけでなく、生身の男である自分にもそのまま作用してくるのがわかった。
くらくらと目の前が妖しくゆらめき、意識が薄れていく。
(あかん、まずいわ)
人間の男であれば、一時も持たずに魔性の肌に触れたくてたまらなくなる、魔の芳香だった。
アレクシス王太子を見やると、もう完全に淫魔の仔たちの催淫術にかかり、甘くすり寄る彼女たちを抱き寄せ――今まさに堕ちていこうとしている。
このままでは、参謀たるレジナルドの意識まで、艶かしい宴に取り込まれてしまう。
ここで我を忘れ、王太子と一緒になって愛欲の虜になってしまったら――この作戦すべてが台無しだ。
――そもそも、この淫魔の双子と愛欲の限りを尽くして交わりあったら、人間としての寿命がどれほど縮むかわからない。
必死で頭を振って――体の心底から上り詰めようとする快楽への欲求に耐える。
(ここで失態を犯すわけにはいかん。――完全に自分を抑えるしかない)
荒くなる呼吸で白く曇りはじめた銀縁眼鏡を、震える手で外す。
そして、レジナルドは――王宮の召使エドマンド・グレイという存在に"完全に"憑依した。
エドマンドの肌は空気に触れるところすべてがじりじりと熱に炙られていた。
それでも彼は、ただの召使としてその場に立っていた。
*
リリアとソフィアは、アレクシス王太子のまわりに絡みついていた。
肌が触れ合う湿った音と、王太子の荒い息遣いが、静寂を破る唯一の響きだ。
悪魔の接吻で蕩かし、この世のものとは思えない快楽へ堕とす――。
リリアは、アレクシス王太子の首筋に唇を這わせながら、ちらりと視線を上げた。
そこに眼鏡を外して立っているレジナルド――彼の瞳の、あまりの鋭さに戸惑った。
淡い灰色の瞳が、氷のように冷たく、感情の欠片すら宿していない。
(レジナルドさんが変……何だか、こわい――)
執務室で見せる、冷たくも礼を失しないルシエルの第一従者としての顔。
プライベートで見せてくれる、人間らしく温かい、屋敷の年長者としての顔。
そのどちらでもない、姪むすめの肢体すら甘い餌として差し出す、冷酷な王宮召使のエドマンド・グレイがそこに立っていた。
(リリア、これはどうなってるの……?レジナルドさん、めちゃくちゃ怒ってるみたい)
思わず念話でソフィアは姉に問うた。
(わからない……レジナルドさんは一度外に出て、また後で戻ってくるはずだけど――)
「何をしてる、ルル」
王太子の召使"エドマンド・グレイ"の声は、低く、静かで、一切の温度を感じさせなかった。
「早くひざまづいて、殿下にご奉仕しなさい。」
その言葉に、双子はびくりと体を震わせた。
エドマンドの声は、氷の刃のように鋭く、命令として突き刺さる。
ソフィアは、殿下の膝からゆっくりと降り、リリアとともに、床にひざまずいた。
「さあ殿下、お選びくださいませ。まずはどちらの娘にご奉仕させましょうか?」
召使はカツカツと靴音を立てて近づくと、恐々と彼を見上げていたソフィアの顎を乱暴に掴み、持ち上げる。
強引に、親指を口のなかにねじ込まれ、淫魔の仔はおびえた。
「わたしのお勧めは、このルルですね。
おなじ双子ですが、この子の方が少し舌が薄く、動きもなめらかです。持って生まれたものでしょう。
男に奉仕するために生まれてきたような子ですから」
ソフィアは戸惑いながら、レジナルドを見上げたが、"エドマンド伯父"が、そのまま冷たく見下ろす。
甘い芳香に酔わされた王太子は、ぼんやりと半分口を開いて、そのようにしろと動作で示した。
「殿下。ご満足を最優先とさせていただきます」
エドマンドは――ソフィアを王太子の前に跪かせる。
「もっと奥で。――王太子殿下を、しっかりお支えしなさい、ルル」
リリアの真横で、ソフィアの息が苦しげに詰まる。
「もっとだ。――殿下にご満足いただくのだ」
(レジナルドさん、やめて!)
リリアの心の声が聞こえる。――いや、聞こえなかった。
エドマンドは一切ためらうことなく、怯えるソフィアを冷たく導き、二度、三度と、その動きを王太子に合わせて淡々と正していく。
「殿下、いかがでしょう。この子は、まさしく魔性の資質を持っております。極上の味わいとは思われませんか」
「まさにそうだ――これは魔性だぞ、エドマンド。お前の姪むすめはまさに魔性だ――」
「ご満足いただけるのであれば幸いです」
エドマンドは王太子の様子を冷静に見極めながら、ソフィアへ短く指示を与え続ける。
彼の声は、最後までその冷酷さを失わず、乱れることすらなかった。
思わずリリアは顔をそらした。
そこに立っているのは、双子を守ってくれる優しいレジナルドではなかった。
冷酷無比な王宮召使、エドマンド・グレイは、震えるソフィアを支える手を一度も緩めることはなかった。
「……殿下、今宵はまだ長うございます。どうかご無理はなさいませぬよう」
「ああ……エドマンド、お前は実に気が利く。だがこれは……加減がきかなくなる」
「そうでしょうとも――ではご存分に、殿下」
エドマンド・グレイは、ソフィアのちいさな後頭部へ添えた手に、その震えだけを静かに感じていた。




