13話 召使エドマンド・グレイ
オルヴェス王国――大陸北方の極寒の地に位置する古き小国。
灰色の石壁が聳え立つ城塞都市は、雪に覆われた松の森に囲まれ、冷たい風が常に吹き抜ける。
王宮の王太子執務室。午後の陽光はカーテンを透かしても薄く、冷たい光しか届かない。
リーザ姫の従兄弟、現王の嫡子であるアレクシス王太子は、執務室に渋々戻り、どさっと身を執務椅子に投げ出した。
昼前になって、ようやく無能な側近が運んできた決裁書類は、散らかり放題で要点もまとまっていなかった。
これから、時間をかけてこの下らない書類仕事に掛からなければいけない。
「……やる気も失せるな」
ふと机の上を見やって、アレクシス王太子は、我が目を疑った。
「……これは――」
優先順位もわからないまま、ただの紙の塊のように机に広がっていたはずの書類の山が、いまは整然と並べられていた。
扉が静かに開き、身の回りの世話に雇われた、召使のエドマンド・グレイが控えめに現れた。
銀縁のメガネを軽く押し上げ、淡い灰色の瞳で王太子を見据える。
「大変僭越ながら、殿下」
エドマンドの声は穏やかで、一切の感情を排した完璧な従者口調だ。
「お茶をお持ちするついでに、少しお時間をいただき、私の手で書類の整理を簡単に済ませておきました。ご確認いただければ幸いです。」
確かに、散らばっていた書類が、完璧な分類で整然と並んでいる。
優先度の高いものは右側に。
領地からの報告は左側に。
貴族からの請願は別枠に。
各書類に小さな付箋が貼られ、要点が簡潔にまとめられている。
「お前、召使の身でここまで――」
声には、苛立ちが残りつつ、わずかな驚きと感謝が混じっていた。
エドマンドは、無表情に頭を下げる。
「恐縮です。殿下。
以前、ある国の公爵家で第一従者として働いた経験がございまして……私の差し出がましい真似をお許しくださいませ」
「いや、……よくやった、エドマンド」
アレクシスは運ばれてきた紅茶を一口飲み、エドマンドに視線を向けた。
「そういえば……双子の……年わかい娘たちが、よく私室に出入りしているな」
エドマンドは、微かに微笑む。
「はい、殿下。お目に止まりましたか。
あれらは私の姪たちで、双子のニコラとルルと申します。
あの子らも、アレクシス様のお役に立ちたくて、一生懸命でございます」
「そうか」
「――もしよろしければ、今宵……あの子らに殿下のお疲れを癒すお手伝いをさせて頂けますでしょうか」
アレクシスは、一瞬、瞳を細めた。
その瞳に、うっすらとした欲情が混じっている。
「……ああ、頼む」
エドマンドは、静かに頭を下げた。
「かしこまりました、殿下。では、準備を整えてまいります。」
扉が閉まる。
(……人間なんて、ちょろいもんやな)
エドマンド、と名乗って王宮に雇われた召使は、廊下を進みながら静かに微笑んだ。




