10話 最愛のひと
月光が薄く差し込む、ルシエルの寝室は、甘い花の香りに満ちている。
彼の名をやさしく呼ぶ幻影は、また現れた。
美しい裸身をさらした少女――透き通ったプラチナブロンドの長く豊かな髪が、寝台に横たわるルシエルの首に、さらさらと優しく触れる。
「来ないでくれ、姉上……」
体は鉛のように重く、動くことができない。
体温だけが異常に高く、ただ、熱い。
下腹部が疼いて、硬く張り詰め、息が浅くなる。
「……姉上……お願いだ……」
振り絞るような声、哀願だった。
「今宵、お前が呼んだから来たのよ、ルーク」
少女の声は優しく、耳に溶け込むようにやわらかい。
「俺は呼んでいない……もう、貴女を呼ばないと決めたんだ…」
「泣いているのね、接吻してあげるわ、ルーク」
「……貴女は、俺を弱くする」
「そうよ、私のせいよ。お前はいつまでも子供ね、ルーク。泣き虫で、甘えん坊だったあの頃と変わらない。だから、すべてを私に委ねていいの」
ルシエルの端正な顔立ちの上に落ちてきた影が、ゆっくりとその唇を吸う。
その柔らかさを、彼は覚えていた。
甘くとろけるような、優しい接吻。
長い、長い接吻だった。
「ルーク、わたしを拒まないで」
彼女の舌が、ルシエルの口内を優しく、甘く吸った。
蜜のような味が広がり、ルシエルの意識をさらに溶かしていく。
「あ……あ……」
ルシエルは声を漏らした。
拒否の言葉とは裏腹に、体は熱く反応する。
「私を呼ぶのは、いつもお前がひとりで……寂しい時でしょう」
「そうかも知れない。俺は永遠に一人ぼっちだ。――ずっと寂しくて堪らない……」
「なぜ?……私はずっとお前の側にいるのよ、ルーク。寂しくないわ」
優しく微笑みながら、弟君の頭を白い両膝に引き寄せる。
膝枕の温もりが、彼の傷つき、ささくれだった心を慰めた。
「――姉上が去ってから、俺は乾いて乾いて、ずっと乾いているんだ」
「欲しいのね、ルーク……」
ルシエルは目を閉じたまま、体の芯から昂まり、震えた。
「お願いだ――ビーチェ……俺をこれ以上、惨めにしないでくれ」
言葉で拒みながら、ビーチェ、と堪えきれず名を呼んで彼女にせがんだ。
「可愛いルーク。私たちはいつも仲良しだったわ」
「やめてくれ」
「あの森で遊んだわ。お前はいつも、私の後をついて離れなかった」
「姉上――もう」
「お前を甘やかしたわ。汗ばむお前の顔を見るのが好きだった。弟としてでなく、お前を男として愛していたわ、ルーク」
「姉上――ああ、ビーチェ……」
あの森の中――
あのときと同じように。
耐えられないほどの強烈な快感と自己嫌悪に晒され、自然と涙が流れる――
ビーチェは弟を抱きしめ、優しく全てを受け入れた。
そしてそれは、ルシエルの渇きを癒す唯一の方法だと知っていた。
*
罪深い夜を重ねて、姉弟は寝台の上で見つめあっていた――
「私たちの愛は、公爵家を滅ぼすと、父上は言ったわ」
「――構わない。姉上がいてくれれば……俺はそれで良かった」
「父上は、お前のお母さま――瀕死のプロセルピナ様に血を飲ませていたわ。
自分の舌を切って……ほんの数日の命を伸ばすだけのために――
お前のお母さまを愛していらしたのよ。
だから父上は私ではなく、お前を生かしたわ」
「俺たちの罪だ――
姉上だけが――贖った」
「お前はまだ子供だった。
でも、そうね……私たちはこの愛を断つことが出来なかった。お互い破滅するまで……」
「俺だけが生きている」
「ええ、そう――私は死んだわ。それから、お前はずっと苦しんでいる。
私と愛し合うことで弱くなっていく。私たちはゆっくり破滅していくのよ」
「――愛したい女がいるんだ」
「知ってるわ、美しい人ね。――お前を愛してくれるの?」
「いや――彼女は俺を憎んでいる。
俺を愛してくれたのは、この世でただ姉上だけだ」
幻影は、弟君に、最後にそっと寄り添った。
「愛されないとわかっていて、彼女を愛すると決めたのね」
姉君は、成年した彼よりも年若かった。そして永遠に彼女は若く、美しいままだった。
別れの時だけは、彼女の恋人を「あなた」と呼んだ。
「あなたが好きよ、ルーク。あなたは私の最愛のひとなのよ。決して忘れないでね」
ルシエルの冷たい頬に触れ、別れを惜しむように接吻した。
「私の、可愛いルーク。永遠にあなたを愛しているわ」




