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半血魔王のクロニクル<年代記> ~魔界で一番外道な貴公子~  作者: 古弥須 凱
第一部 黒き貴公子と贖われぬ花嫁
11/44

9話 待ち人

挿絵(By みてみん)



十二夜の月光が薄く差し込む東屋(ガゼボ)は、夜霧の昏い香りに満ちていた。


もうすぐ明け方だ。


空はまだ深い藍色だが、東の空にわずかな白みが差している。


ルシエルは人気のない東屋の柱に寄りかかり、ただ漠然とリーザの夢が開くのを待っていた。


傍らに控えるレジナルドは、静かに主人の横に膝をついている。


黒いマントの下で固く握り潰されたルシエルの指先。


その苛立ちが剥き出しになった美しい顔を見るだけで、レジナルドの息が詰まる。


十二夜の夢は開かず、リーザは現れない――


第一従者(ヴァレット)は、淡い灰色の瞳を上げ、静かに口を開く。


閣下(サー)……リーザ姫は、前回の十二夜で、貴方をあまりにも強く拒絶しました。


こうして今宵も現れないということは――


おそらく、“十二夜”という時空の隙間に自らの夢を繋ぐことを拒み、意図的に眠りを拒んでいるのでしょう」


「眠りを拒む……だと?」


ルシエルが低く唸る。


「そんな単純なことで俺を閉め出せるとでも?」


「人間の体は脆いものです。魔族(あなたさま)のような魔力も持たない。


十二夜の夢は、睡眠(ねむり)の狭間を抉って侵入するもの。


リーザ姫があえて十二夜の夜、自ら目を閉じなければ……その扉は、永遠に開かないかと」


ルシエルは一瞬、目を細めた。


そして、ゆっくりと、毒を孕んだような笑みを零す。


「は……賢い女だ。


俺がどれだけ吠えようが喚こうが、所詮は道化に過ぎなかったわけか」


霧に濡れた黒髪を乱暴にかき上げながら、彼は吐き捨てるように続けた。


「出し抜かれた、なんて甘い言葉は似合わないな。


俺があまりにも馬鹿正直で愚かなだけだ。あれほどまでに拒絶されたのに……


また十二夜が来ればリーザの夢が開き、この手で彼女に触れられるものだと、呑気に思い込んでいた」

 

(たしかに、賢い姫さんや)と、内心レジナルドは呟いた。


彼女が持ちうる最小限の手段()のうちで、十二夜の魔界との接点を断つには「眠らない」ことがいちばん確実なのは間違いない。


東の空に滲む朝焼けを、ルシエルは虚ろに見上げた。


そしてぽつりと、珍しく本音を吐露した。


「お前の報告書を、あれから何度も読み返した」

 

あの朝、執務椅子の奥深くに沈み込んだまま、ルシエルが淡々と告げた言葉。

 

「この報告書は、よくまとまっている」

 

短い一言だが、レジナルドにとっては最大限の賛辞だった。


「彼女の本名を、ルイーゼと知れて嬉しかった。彼女に相応しい美しい名前だと思った。


初めて会った時、ただリーザとだけ名乗ったあの子は、まだ本当に幼かったんだな」


若き公爵の横顔は、深い疲労と渇望で暗く翳っていた。


「……リーザは、俺と同じだ」


声は低く静かだが、その一言には底なしの渇きと、わずかな痛みが混じっていた。


「叔父王に、政略結婚の生き餌として利用され、王宮では孤立し、誰にも甘えられず――。リーザは、ひとりぼっちで生きてきたのだろう」


「リーザ姫は、心がお強い方です」

 

ルシエルは、ゆっくりと息を吐いた。


「そうだな、そして彼女は頑固だ。決して心を折らない。受けた屈辱も、決して甘んじて受け入れない。


女に顔を打たれたなんて、ニ百年を生きてきて初めてだ。


姉上は、母代わりに俺を愛してくれたが、わがままな俺に手をあげたことなど一度もなかった」


閣下(サー)、魔界では古くより"女の怒りは(ドラゴン)より恐ろし"と、申します」


「魔界の古諺(ことわざ)を、人間のお前から教わるのも滑稽な話だな」


第一従者(ヴァレット)は、ただ、静かに傍らに控えていた。


(ドラゴン)よりも恐ろしい女の怒りに、俺は焼き尽くされているのだと、ルシエルは遠い夜明けの空を眺めた。

▼次話


10話 最愛のひと

挿絵(By みてみん) 

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