第二十一章「呼び声」
翌朝、亮は、資料館で、霧島と、向き合っていた。
「霧島さん。昨夜、ずっと、考えていました。なぜ、そこまで、迷いなく、決められるのか?」
霧島は、少しの間、黙っていた。それから、静かに、口を開いた。
「深沢さん。一つ、話していないことが、あります」
「何ですか?」
「あの日、中心部で……タネと、対峙した時のことです」
亮は、息を、詰めた。
「深沢さんには、タネが、どんな顔に、見えていましたか?」
「僕には……幾つもの顔が、重なって、入れ替わっているように、見えました」
「私には……違って、見えていました」
亮は、目を、見開いた。
「違う、というのは?」
「私には、タネの顔が、はっきりと、見えていました」
霧島は、その時のことを、思い出すように、少し、目を閉じた。
「とても、悲しい顔をしていました。でも、その目の奥には……揺るぎない、意志のようなものが、宿っていました。……そして、頭の中で、名前を、呼ばれました。私の、名前です」
亮の背筋に、冷たいものが走った。
「霧島さん。それは……」
「はっきりとした、言葉として、聞こえたわけでは、ありません。それでも、確かに、私の名前だと、分かりました。そして、その後に……」
霧島は、一度、目を伏せた。
「『思い出せ』と、言われた気がしました。お前の役目を、思い出せ、と」
亮は、しばらく、言葉を失った。
「霧島さん。どうして、そのことを、今まで……」
「あの場では、伏せておかなければいけない気が、したんです。タネの言葉は、血族以外には、話してはいけない……そんな気に、なっていました」
「それなら、何故、今になって、言おうと思ったんですか?」
「深沢さんも、名前を、呼ばれています。ある意味、私と、同じ役割が、できてしまう可能性が、あったからです。でも、深沢さんには、結衣さんが、います。深沢さんには、結衣さんのことだけを、考えていて欲しいと、思ったからです」
霧島は、まっすぐに、亮を見た。
「深沢さんは、既にご自分の名を、呼ばれています。私も、恐らく、あの瞬間、タネから、同じように、呼ばれました。血筋を通して、代々、受け継がれてきた、何かに」
「それは……」
「怖くないと言えば、嘘になります。でも、あの声を聞いてから……いえ、恐らく、それよりも、ずっと前から、私は、この役目から、逃れられないのだと、心のどこかで、分かっていたんだと思います」
亮は、拳を、握りしめた。
「霧島さんも、名を呼ばれた側に、なってしまった、ということですか?」
「はい。そして、名を呼ばれた者は……いずれ、境界の中で、消えていく。それが、これまで、私たちが、調べ続けてきたことです」
沈黙が、二人の間に、落ちた。
「深沢さん。だから、私は、行きます。呼ばれた以上、逃げても、逃げ切れないのなら……せめて、自分の意志で、そこに、向かいたいんです」
亮は、目を閉じた。タネの声が、望月の声が、頭の中で、重なり合うように、響いていた。
「霧島さん」
「はい」
「僕も、名を呼ばれています。それなら、僕が……」
「駄目です」
霧島は、即座に、遮った。
「深沢さんが、名を呼ばれたのは、境界に、深く踏み込んだ結果です。私は……恐らく、生まれた時から、既に、その対象でした。血筋が、呼ばれる条件そのものでは、ないとしても……タネは、明確に、私を、選びました」
「なぜ、霧島さんを?」
「分かりません。ただ……記録係の血を引く者が、直接、名指しで、呼ばれたのは、恐らく、意味のあることだと思います」
亮は、何も、言い返せなかった。ただ、霧島の、静かな覚悟の前に、立ち尽くすことしかできなかった。
窓の外、旧市街の方角に目をやる。残された日数は、あと三日。答えを出す時が、もう、目の前まで、迫っていた。




