表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きこえない  作者: 五稜 司


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/22

第十八章「覚悟」

その夜、亮は、宿の一室で、携帯を握りしめたまま、しばらく、動けずにいた。

結衣に、何を伝えればいいのか、言葉が、まとまらなかった。

深呼吸を一つしてから、亮は、実家の番号を呼び出した。

「もしもし?」

母の声だった。

「……母さん。結衣、起きてる?」

「起きてるわよ。代わろうか?」

「うん。お願い」

しばらくして、幼い声が、聞こえてきた。


「パパ?」

「結衣。元気にしてる?」

「うん! 今日ね、幼稚園で、大きい絵、描いたの。今度、見せてあげる」

「……うん。楽しみにしてる」

亮は、その声を、一言一言、耳に刻みつけるように、聞いていた。

「結衣。パパ、もう少しだけ、お仕事に、時間がかかりそうなんだ」

「またぁ? 早く帰ってきてね」

「……うん。……必ず、帰るから」

その言葉が、これまでのどの時よりも、重く、自分の胸に、のしかかった。

「結衣。パパは、結衣のこと、大好きだよ。ずっと、大好きだから」

電話の向こうで、結衣が、少し、照れたように笑う気配がした。

「なにそれ、変なパパ」

「……そうだね。変なパパで、ごめん」


電話を切った後、亮は、しばらく、暗い天井を見上げていた。

伝えられることは、伝えた。それでも、足りない気がした。だが、今の自分に、これ以上、できることはなかった。

亮は、窓の外、旧市街の方角に目をやった。今日で、残り四日。もう、迷っている時間は、なかった。


翌朝、亮が資料館に向かうと、霧島が、青ざめた顔で、待っていた。

「深沢さん。昨夜、国の調査員が、二人、境界に入ったそうです」

「え?」

「独自に、調査を進めていたようです。蓮見さんたちが止めるのも聞かず……今朝になっても、戻っていません」

亮の背筋に、冷たいものが走った。

「僕たちが、これまで積み重ねてきた情報は」

「共有していました。ですが……時間がない、の一点張りで、聞き入れてもらえなかったそうです」

亮は、拳を、握りしめた。

「霧島さん。行きましょう」

「はい」


境界の外れで、蓮見が、二人を待っていた。その顔には、隠しきれない疲労と、後悔が浮かんでいた。

「深沢さん、霧島さん……申し訳ありません。止めきれませんでした」

「蓮見さんのせいでは、ありません」

亮は、静かに、そう言った。

「これから、僕たちが、行きます。あの調査員たちのことも、含めて」

蓮見は、何かを言いかけて、結局、黙って頷いた。

「十分だけ、待ちます。それを過ぎても戻らなければ……」

「いいえ」霧島が、静かに、遮った。「その時は、追ってこないでください。前にも、お伝えした通りです」

亮と霧島は、頷き合い、境界の中へと、足を踏み入れた。


旧市街の奥、以前よりも、さらに広がった静寂の中を、二人は、井戸へと向かって、歩き始めた。残された時間は、あと四日。答えを出す時が、すぐそこまで、迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ