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疫病がもたらしたもの

 物語の始まりについて、また全体のテイストについて想像を巡らしています。物語には様々な種類があります。最も原始的なスタイルは、最古の物語であるギルガメッシュ神話のような英雄譚ではないでしょうか。王となる男の人生は、強くて格好良くなくてはいけません。圧倒的な強さは、その男を神に押し上げる為にも必要な条件だったと思われます。現代に置き換えると、「俺TUEEE!」系でしょうか。そう考えると、今も昔も、強い男の物語は胸アツなわけです。


 逃走系も歴史が古い。旧約聖書の「出エジプト」は、ファラオの奴隷だったヘブライ人がカナンを目指す物語ですが、この物語は先ほどの「俺TUEEE!」に比べて少しだけ発展しています。構造的には、圧倒的な支配者と奴隷の対立なので、「俺TUEEE!」な王に奴隷が逃げ切れるわけがありません。逃げ切るためには、奇跡が必要でした。物語の構成である起承転結であれば、奇跡は「転」にあたります。


 幽閉された姫を助ける王子の話も古い。古代の西欧的価値観では、女性は男の所有物でした。血統が良くて美しい姫は、価値が高い。そうした姫を、困難を乗り越えつつ王子が助けに行く物語は、古代におけるスタンダードでした。この思想は、社会的な男と女の関係性を長らく定義づけてきたパターンだと思います。現代はジェンダー的な思想が普及したので忌避され始めていますが、物語においての存在感は今なお大きい。


 他にも物語のパターンは色々ありますが、全てに共通することがあります。それは、変化でした。主人公が何かしらの障害と対峙して乗り越える。その経験によって主人公に何かしらの変化が生まれた。その変化は、成長かもしれないし、絶望かもしれないけれど、その主人公の変化に読者が共感した時、カタルシスが生まれます。これは、因果の関係と同じでした。因果を方程式的に置き換えると、「因」が何かしらの「縁」と関わることによって「果」が生まれます。「因+縁=結果」


 古墳時代後期は、黒船がやってきた明治維新以上の激動の時代だったと考えます。当時の人々は様々な変化に晒されました。仏教の伝来は、従来の神道的な世界観に思想的な変化を与えたので、大きな変化ではありました。しかし、仏像や経典が直接的な「縁」になったとは考えていません。どちらかというと、結果的に仏教というOSをインストールせざる得なかった。そういう意味では、仏教の存在は「結果」だと考えます。では、古墳時代の思想を変化させて、飛鳥時代へと変化させた「縁」とは何だったんでしょうか。それは、疫病でした。


 崇神天皇の御世に起きた疫病は、国民の半数が亡くなったとされます。このパンデミックを収めた功績が、大王家という存在を決定的なものにしたと思いますが、それは古墳時代後期も同じでした。疫病の猛威は、敏達天皇を死に至らしめ、続いて用明天皇も薨去されます。神の怒りだと解釈した物部大連をはじめとする保守派は、新たな仏教の存在が原因だと考えました。これは崇神天皇の頃から継承してきた、災害に対するアプローチになります。古い思想から抜け出すことが出来ていない。


 対して蘇我大臣をはじめとする革新派は、新しい知識を得ていました。疫病に対する対処方も、現代的に正しいかどうかは別にして、仏教とセットで伝わっていたと考えます。丁未の乱以後に四天王寺が建立されますが、当時の寺は現代のようなイメージではありません。戦争によって被害を受けた人々を看護する療養所のような働きを持っていました。疫病に対しても同じで、目に見えない疫病と戦いながら、病人の手当てをしていたと考えます。


 ここで疫病に対する神道的なアプローチと、仏教的なアプローチを比較します。穢れの思想をベースにした神道的世界観は、疫病で倒れた人々を神域には入れません。対して、人々を救済することを目的とする仏教は、疫病で倒れた人々を寺に招き入れ看護をしました。両者には大きな違いがあったと考えます。疫病と「縁」によって、結果的に仏教的な思想を受け入れざるを得なかった……というのが、僕なりの考察になります。


 このような背景を抑えつつ物語を立ちあげていくとき、最初の主人公は捕鳥部万にしたい。彼は神道的な世界観の体現者になります。物部守屋の配下で、勇猛な武将でした。彼の回りで、理由も分からずに同じ病によって人々が死んでいくのです。いくら戦場で強くても、疫病には敵いません。自分もこの疫病に罹るかもしれないのです。かなりの恐怖であったでしょう。そのような、彼が感じた恐怖を表現したい。ひたひたと迫る、目に見えない恐怖。彼の思想では、この疫病の原因は仏教でした。この仏教を遺棄すれば神の怒りが治まる……そのように考えていたでしょう。


 いま、香川照之主演の映画「災 劇場版」が話題だそうです。どのように恐怖を演出しているのかとても興味があります。聖徳太子の物語の冒頭を飾るのは、ホラー的な演出が最適だと考えているので、恐怖のエッセンスを吸収したい。僕が考える聖徳太子の物語は、様々な物語を積み上げて作ります。もちろんラブロマンスも用意します。他にも色々。なんだか、幕の内弁当みたいな物語になりそうです。

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