スピンオフとか
先ほど、ふと思ったんです。
――スピンオフでも、書いてみようかな?
これまで何度も述べていることですが、「巫女が泣くとき」という作品を松本清張賞に応募しました。ただ、字数制限がありカットしたシーンがあるのです。そのシーンは、「歌垣」でした。歌垣――ご存じでしょうか?
平安時代の男女は、和歌を通じて愛を確認しあっていました。当時の性的な魅力とは、顔が美しい、スタイルが良い――といった外見の美醜よりも、和歌の上手さが重要でした。NHKの大河ドラマ「光る君へ」では、ラブレターともいえる和歌を、若い紫式部が代わりに詠んであげるという内職をしていました。この平安時代の和歌による愛の告白の原型が「歌垣」になります。
歌垣の様子は古事記にも描かれており、古代から普及していました。というか、日本だけでなく、大陸のアジア地域にも歌垣の風習があるので、日本は歌垣という風習を輸入したのかもしれません。
奈良県明日香村にある万葉博物館には、その歌垣の様子が蝋人形で表現されています。明るい太陽の下、野原に男女が集まり、輪になって歌を披露し合う。とても健全な歌の発表会。以前に、海柘榴市でも言いましたが、その表現は
――違うと思います。
歌垣は、もっと卑猥でどストレートな愛情表現だったと思います。また、昼間には行いません。時間は、太陽が沈んだ夜です。焚火を囲んで、酒を飲み肉を喰らい、男が立ち上がる。目当ての女に向かって、愛の歌を捧げます。その歌に、女も立ち上がり、歌を返しました。
これらの歌は、五七五七七といったリズムがあります。なぜなら、周りには太鼓や笛によって伴奏が為されているからです。拍子に合わせて、高らかに歌う。歌詞もさることながら、皆にその歌声の上手さを披露する必要があるのです。その姿が、性的な魅力として映るのです。
カットした歌垣の主人公は、秦河勝でした。猿楽の始祖になります。歌だけでなく、彼には日の前で舞ってもらいました。僕なりには、情熱的に描いたのですが、カット。涙目でした。このまま忘れ去るのは嫌なので、独立した物語にしようかな――と思いました。ただ、歌垣の表現だけでは、物語として弱い。そこに何かしらのテーマを用意する必要があります。今はまだ思いついただけなので、形にはなっていません。でも、完成したらすぐに披露します。
並行して、「進化と人間行動」も読んでいます。ダーウィンに始まり、今は遺伝子やDNAといった生物学の話を読んでいます。歴史学、発酵学、文化人類学、心理学といった様々な学問を横断した大著で、ちょっと難しいところもあるのですが、とても面白いです。
――今この瞬間、自分が生きていることは、きっと奇跡なんだと思います。




