二項対立の弊害
先日、大御所作家のYouTubeチャンネルを、4時間ほど延々と見ていました。切っ掛けは、物語の創作とAIの関係についての番組が目についたから。かなり自由人のその大御所は、プロットの作成において大いに使ったら良い――との見解でした。面白かったのでそのチャンネルのホームを開くと、文学賞に応募するアマチュアに向けての番組が幾つもありました。それらをずっと見ていたのです。
いやー、参考になりました。第一線で活躍する人の話はリアルで面白い。新人賞を受賞した作品なんて、通過点。二作目三作目が問われるんだよ――との見解は、とても身に沁みました。また違う角度の話では、応募が1000作あったら読むに足るものは50作くらい。その中から、5作くらいが最終選考に残り、受賞する作品というのは、世に流通する作品と戦えるくらいの飛びぬけたクオリティが必要……みたいな話も面白かった。
ただ、現実的な問題として、作家では食えない――というシビアな指摘もありました。街中には本屋が無くなっていき、小説は紙ではなく電子書籍で読む時代です。また、同じ出版物でも漫画の方が販売量が多い。流行は次々と新しい作品を求めます。昔は、新人賞で受賞した作家を出版社が育てていくという流れが強かったそうです。ところが、現代は新人賞の一作で倒れていく作家さんがほとんどで、二作目三作目と作品を生み出し続ける作家はまれだそうです。
物語を次々と産みだすためには、想像力の重要性や、面白筋肉を鍛える――みたいな話が面白かった。ただ、想像力の重要性についての話で、「調査をしなければ作品が書けない作家は、二流だよ」的な発言は、ちょっと意見が違った。大御所の根拠として、海外のガイドブックを資料にして、海外を舞台にした作品を描いた――という説明がありました。ガイドブックであろうが、現地の調査であろうが、それは情報収集になります。
僕は小説を書くために、野宿の旅を繰り返しました。作品を描くための調査ではあったのですが、野宿の旅そのものも楽しんでいます。というか僕にとって、作品を描くことも、野宿の旅も同じくらいに楽しい遊びになります。それこそ、将来的には放浪作家みたいなスタイルを夢見ているので、旅行と創作が同時進行で行えたらなお嬉しい。
ところで、大御所の作家の発言からは、「つまらない世界だもの」とか、「暇だから物語を創造する」的な発言が多かった。作品に対しては、とにかく面白さを求めているようでした。商業作家らしい発言ですが、そこのところも、僕とちょっと意見が違った。
僕は、人間の存在意義に関心があります。大御所が言うこの「つまらない世界」を、価値あるものとして捉えなおしたい。その為の道具として、作品を生み出したいと考えています。例えば、最近考えていることは、「罪」の生成になります。なぜ、罪を考えているのかというと、この視座には、世界を平和にする鍵があると思ったからです。
いま世界は戦争が現実に起きています。そこには「善」と「悪」という二項対立が存在しています。例えば、過去の十字軍の遠征は、聖戦と捉えられました。神話の世界でも、神と悪魔が戦っています。この単純化された、二項対立は危険だと考えるのです。人間から想像力を奪っています。その根幹に物語がありました。
世の中に蔓延する物語の多くに登場する「悪」の多くは、救いようがないほどに性根が腐っています。悪者というのは、物語においてとても叩きやすい。時代劇なら悪代官。なろう系ならゴブリンや魔王。SFなら宇宙人。ホラーものならゾンビやシリアルキラーそれにサイコパス。戦争ものならナチス……といった具合です。悪い奴をやっつけるのは、爽快で気持ちが良い。
日本で量産される物語も似たようなものが多いのですが、一部違うものがあります。最近では、「鬼滅の刃」でしょうか。人間を食べる鬼が、実は人間であり悲しい過去があった――という設定は、かなり新鮮だったと思います。鬼には虐げられた過去があり、罪を犯した。それが原因で鬼になった。西洋的な「神と悪魔」という二項対立に、新しい視座を与えたと思います。
誰でも罪を犯します。その事実に、案外と誰も関心がない。ネット界隈では、悪を叩く「ネット警察」なるものが幅を利かせています。表面的な結果だけを見て、その人を断罪し、炎上させ、再起不能なまでに叩きのめします。それが正義だと言わんばかりに……。
悪を見た時に「もしかすると……」と、一度立ち止まり想像する。彼が、なぜそのようなことをしたのかに想いを馳せる。そうした「イマジン」が必要ではないでしょうか。そうでないと、対話すらできません。イマジンに必要な切っ掛けは、「問い」になります。僕は作品の中で、読者に道徳的な説教はしたくない。でも、「問い」は生じさせたい。そんな作品を生み出したいと考えています。ただ大きな問題として、物語は面白くないといけない。そのような作品が生み出せたらよいな――と、今も模索中です。




