海柘榴市と夏祭り
奈良県桜井市には、日本最古の市場がありました。海柘榴市と言います。市場といえば、露店が並び、平台には新鮮な野菜や魚介類が販売されているイメージがあります。明日香村にある万葉博物館には、そうした露店のイメージが蝋人形で表現されていました。お客さんが殺到して、こぞって買い物をする風景が見てきそうです。でも、
――違うと思います。
海柘榴市は、現代の僕たちがイメージする市場ではなかったと思います。その理由は、貨幣が無かったから。僕は、仕事が中央卸売市場なので、流通という世界を肌感で知っています。しかし、貨幣が無い取引はイメージが出来ません。古代を勉強し始めてから、ずっと海柘榴市の姿を追いかけていました。
その様子は、松本清張賞で応募した「巫女が泣くとき」で、僕なりに表現しているのですが、全容は描き切れませんでした。理由は二つあります。一つは、清張賞の応募規約では、200ページに収めなければならないのに、当初280ページに膨れ上がってしまいました。80ページを切り詰めるために、僕は海柘榴市の様子を削りました。正確には、海柘榴市のもう一つの姿である歌垣をほとんどカットしました。もう一つの理由は、僕が海柘榴市を経験していないから。現代においてタイムマシンでもなければ、誰も経験することは出来ませんが、実は目の前にあったのです。それが自治会の夏祭りでした。
夏祭りは、地域の皆様から寄付を集めて運営します。ビールを買い込み、参加者に配る。祭りでは、踊りがあり、歌がある――僕が考える海柘榴市の要素の一つ一つがそこにあったのです。当然、規模や内容は違います。しかし、その構造が同じなのです。
海柘榴市の開催は、新嘗祭とリンクしていたと考えます。現代の新嘗祭は太陽暦で行っていますが、当時は太陰暦です。新嘗祭は冬至に行われていました。太陽の力が弱くなる日に合わせて、新嘗祭を行ったのは太陽の復活の儀式が必要だと考えられていたからです。古事記にあるアマテラスの岩戸隠れとは、正に太陽の復活を願った儀式であり、これが新嘗祭だったのではないでしょうか。この新嘗祭に向けて、日本各地から豪族の長が大和に集まり、供養を運びました。その移動に一か月は掛かり、国に大王が居なくなります。だから10月は神無月になったと考えます。
夏祭りにおける寄付は、供物。盆踊りは、アメノウズメの踊り。カラオケは、歌垣。要素が符合すると思いませんか。新嘗祭というイベントに日本各地から供物が集められ、祭りが行われる。その後、集まった供物は、各豪族に分配されるのです。その場所が海柘榴市であり、ここに原始の市場が誕生していたと考えたのです。これは間違いなく経済です。
小説を書き上げた後なので、夏祭りの体験を小説に反映させることは出来ません。ただ、実際に体験した夏祭りの運営から、古代の海柘榴市について思いを馳せるのは、僕にとって楽しい体験でした。夏祭りにおいて僕は実行委員長だけでなく会計も兼ねていたので、言ってみれば蘇我馬子大臣のポジションになります。各町会長は物部守屋大連や中臣勝海連になるのでしょうか。そんな想像が面白い。ところで、前回のエッセイの締めに、僕は次のように呟きました。
――最近、罪を犯しました。心が痛いです。
どんな罪かというと、全てが終わりお金を集計したのですが、――足りない。何度も何度も、数えなおすのですが、一万円も合わないのです。汗が引きました。正直、皆になかなか言い出せない。理由が分からない。どのようにしたら帳尻を合わせられるだろうかと、考えました。人間って、窮地に追いやられた時に本性が出ます。僕の本性は、――隠したい。でした。
しかし、それは人間として恥ずかしい。意を決して、相談役の先輩に事の顛末を報告に行きました。汗がだらだら。先輩は慰めてくれるのですが、これは信用問題です。このまま自治会長で良いのだろうかと、ずっと悩んでいました。
ところが、その日の晩、先輩から電話がありました。僕が用意した収支報告の漏れに気が付いたのです。その漏れとは、江州音頭の演奏をしてくれた皆様への寸志が抜けていました。僕は領収書のある数字しか見ていなかったのです。寸志には領収書がない。僕から手渡したのに、僕はそのことをすっかり忘れていました。その場で座り込みました。
――良かった~。
ただ、この出来事は、僕にとって大きな副産物でした。なぜならこの体験が、次の小説である第二部の「業」と繋がるからです。小さな嘘であっても、それを取り繕うとすると、更に大きな嘘をつく必要があります。世の中にある社会的な問題の多くは、そんな些細な嘘から始まっているのではないでしょうか。
根っからの悪人って少ないと思います。ただ、取り繕うとすると、結果的に悪人的な行為をしてしまう。そのような事って往々にしてあると思います。そんな人間の業をテーマにした作品を書いてみようと思います。




