ジェンダーと天皇
久々に「続・歴史転換ヤマト」を更新します。このコーナーは、聖徳太子の小説を書くために、インプットしてきた情報を僕が咀嚼して、アウトプットする為の場として用意しました。そして、このほど聖徳太子の物語の第一部「巫女が泣くとき」を書き上げました。今後は、第二部の執筆に向けて、僕なりに考察した内容をこの場で吐き出したいと思います。予定では、来年の春ごろまでには、早ければ年内には第二部を書き上げたいと考えています。その間の、僕の思考の変遷は、再びこの場で紹介したい。
さて、第二部の舞台ですが、日本史の歴史的大罪である臣下による天皇殺し「崇峻天皇暗殺」を主軸として展開し、初の女性天皇誕生である推古天皇擁立をクライマックスにするつもりです。で、今回のお題はジェンダーになります。
まず、一点断っておくと、古代においてジェンダーという思想はありません。現代において、ジェンダーという思想がクローズアップされたのは、自由と平等という思想の一般化、DNAによる性の曖昧さ、性転換手術という医療技術の発展といった現代だからこその要因の顕在化によります。オリンピックという公式な競技において、この問題はブーストしました。
ただ、古代においても、男性が男性を愛することがありました。ギリシャのスパルタは有名ですし、日本も同様です。神話の中にケンタウロスが登場しますが、あれは獣姦という性癖が生み出した想像の産物だそうです。つまり、古代の性は案外と大らかだった。
過去において僕はこのジェンダーについて考察をしています。男性かそれとも女性かという二極化した性の問題ではなく、「自分は何が好きなのか?」――という個人の嗜好の問題だと、その時は結論づけました。そこには男性か女性かという分けられたラベルはない。自分が好きなものを、自分が決める――そうした自身のアイデンティティに関する問題だけが存在すると思うのです。
そもそも、「女性らしい」また、「男性らしい」というイメージは、物語によって作られました。この性に関する物語は古代において有用でした。なぜなら、生活の役割分担として機能していたからです。筋肉量が多い男性が狩りに行った方が効果的です。女性は妊娠すると激しい動きが出来ませんし、乳飲み子がいたら尚更です。だから家を守った方が効率的。その役割分担としての性の物語が誕生したと考えます。親のそうした考え方は、子供にも影響し、そうした思想的な引継ぎが、古代から繰り返されてきました。
この性の物語は、農耕社会を経て変質しました。「男尊女卑」という思想が生まれるのです。この傾向性は、ヨーロッパ、インド、中国と強固に浸透していき、男性による国の統治がスタンダードになっていきました。その変遷については、僕もザックリとしか説明が出来ないので掘り下げませんが、注目したいのは日本の性の物語なのです。世界的に見ても、日本は異質です。縄文時代から、女神信仰があったと思われるからです。その根拠は、土偶です。
縄文遺跡の土偶の多くは女性です。出産を表現したレリーフも多くあります。僕は、古代の山岳信仰に興味があったので調べていたのですが、山の上には生と死を司る女神が住んでいたと考えられていました。このような世界観に、大陸の米の稲作文化が日本列島に流れ込みます。この時に、男尊女卑という思想も一緒に伝来されたと考えています。
しかし、弥生時代から古墳時代まで定着はしませんでした。なぜなら、女性は祭祀を司る巫女として、その権威があったからです。古墳時代の卑弥呼は、女性が祭祀によって国をまとめていたという証拠です。これが日本のスタンダードだったのでしょう。僕が小説といて描いている聖徳太子の世界観は、この巫女の制度が崩壊する時期になります。これはあくまでも、僕の想像の域を出ませんが……。
日本における男尊女卑の思想を決定づけた政策が、大宝律令とそれに続く古事記と日本書紀の編纂だったと考えています。特に、イザナギが黄泉の国に赴き、イザナミに会いに行くエピソードは、大陸の道教的思想の影響を強く受けています。この時から、「女性の穢れ」という思想が日本に定着し始めたのではないでしょうか。
その後、何人かの女性天皇が誕生しますが、多くは男系男子の天皇が誕生していきます。ただ、天皇を男子の血筋だけにこだわるというのは、コスパが悪い。なぜなら後宮を用意する必要があるから。日本の宮殿は、大陸を見習って後宮を用意したものに変わっていきます。
現代において、天皇を男系男子に限るという思想は、実は表面的な理由だと思います。ぶっちゃけ、僕は愛子天皇が誕生して欲しい。今回の皇室典範は、議論を経ることなく短時間で決まりました。その理由は、男系男子とか、愛子天皇とか、そう言った問題ではなくて、大きな声では言えませんが、――麻生さんが、蘇我馬子のように天皇の外戚としての地位が欲しいだけじゃないの? とか思っています。知らんけど……。
僕が描く聖徳太子の物語、第二部の主人公は、推古天皇になります。これから描きますが、女性なのに天皇になったと描くと、これは薄っぺらい。推古天皇の和風諡号は、豊御食炊屋姫尊になります。この名前、神に捧げる神饌を意味しています。つまり、推古天皇は巫女だった。
僕が考える古代のヤマト王権は、卑弥呼の時代とそれほど変わらなかったと考えています。祭祀を司る巫女と、実務を担当する大王の二頭政治。ただ、最終的な決定は、巫女の神託が必要になります。このような政治を延々と繰り返してきたのに、巫女であった推古天皇が大王になりました。この様子をドラマチックに描きたい。その為には、もう少し勉強が必要ですけどね。




