厩戸豊聡耳皇子命について
聖徳太子という名前は後世に名付けられた尊称で、日本書紀においては厩戸豊聡耳皇子命と表記されています。読み方は「うまやとのとよとみみのみこのみこと」になります。名前の前半である「厩戸」は馬小屋を意味していて、日本書紀には彼が厩戸前にて出生したという記述が残されていました。このエピソードから、キリストの誕生と比較されることもあります。また、聖徳太子は黒駒という馬に乗っていたエピソードが残されていました。古代における馬は、現代でいうところのスポーツカーに相当します。そうした馬は、蘇我氏や秦氏が管理していたようで聖徳太子とも縁が深い。
古代社会は、本当の名前を隠す風習がありました。仮に知っていたとしても、相手の名前を気安く呼ぶのは失礼な行為になります。なので、名前の代わりに、その人物と関係する土地の名前を利用しました。例えば、蘇我馬子の邸宅の庭には池があり、中ほどに島があったそうです。その事から嶋大臣と呼ばれました。日本人の名前も多くはこのルールが適用されています。そうした意味では、厩戸皇子の邸宅には黒駒を飼う馬小屋があったのでしょう。
日本書紀や古事記に記された名前には、その人物に関連した意味が込められているので、事実かどうかは別にして、その理由について思いを巡らすのは面白い。では「豊聡耳」はどのような意味だったのでしょうか。今回はこのことを推測してみたい。聖徳太子のウィキペディアには、次のようなエピソードが紹介されていました。
「ある時、厩戸皇子が人々の請願を聞く機会があった。我先にと口を開いた請願者の数は10人にも上ったが、皇子は全ての人が発した言葉を漏らさず一度で理解し、的確な答えを返したという。この故事に因み、これ以降皇子は豊聡耳とも呼ばれるようになった」
このエピソードから、「10人の話を同時に聞き分けた」みたいな話を子供の頃に聞きました。ついつい超能力のような聴力に注目しがちですが、僕は本質は別にあると考えます。 「豊聡耳」を分解して意味を確認してみます。
豊: 豊かであること、優れていること。
聡: 聡明であること。物事を素早く、正確に理解する知力。
耳: 情報を受け取る器官。傾聴する姿勢。
つまり「豊聡耳」とは、「圧倒的な情報処理能力」と「他者の言葉の真意を理解する深い共感力」を併せ持っていたと考えます。また注目すべきは、しゃべったのが「請願者」だったことでした。請願者とは、国に要望を述べる人のことになります。
古代において、国の政治的な決断は神託によりました。巫女や忌部氏が活躍したと考えます。そのような呪術的な思想が信じられていたのは、この世界と自分たち人間が密接に繋がっているという意識で、その象徴として神がいました。神という存在は、人間社会に豊穣をもたらしますが、災害も招きます。この神との関係性こそが政治でした。巫女による神託は神の意志であり、忌部氏が行う祝詞は神への願いになります。
ところが、厩戸皇子の政治は、「請願者」の声に耳を傾けたのです。「十七条憲法」の第17条には、以下のような一文がありました。
「大事は独り断ずべからず。必ず衆とともに宜しく論ずべし」
――重要なことは一人で決めてはいけない。必ずみんなで議論しなさい。
独裁や神託ではなく「人の意見を聞き、合意形成を図る」という、厩戸皇子の政治スタンスを見ることが出来ます。古代社会と比較すると、これは政治的に大きな転換でした。この変化に仏教が影響したことは間違いありません。
仏教において、人々の苦しみの声を聞き、救済に現れる仏のことを「観世音菩薩」と呼びました。「世間の音を観る」は、「人々の声を聞く」に通じます。後世の人々が厩戸皇子のことを「豊聡耳」と呼んだ背景には、「観世音菩薩として、迷える私たちの声を聞き届けてくれる慈悲深い存在だった」という意味が込められていたのかもしれません。
聖徳太子の物語を創作する上では、このような思想的な背景を理解する必要がありました。特に、神道的なOSと仏教的なOSはその構造が全く違います。この違いを、説明ではなく物語で見せるのが僕の目標になります。このカルチャーショックを表現したい。
ところで、個人的な話なのですが、今年から自治会長になります。織田信長の戦乱の舞台にもなった古い村で、600世帯もある大きな自治会になります。歴代の自治会長は財力の有る地主さんが務めてきましたが、時代の流れと言いますか、現代は自治会長のなり手がいません。余所者だった僕に、白羽の矢が当たりました。
自治会長として最初の仕事は、これまで自治会の要職を務めてきた先輩方への挨拶だと考えています。一人一人にお会いしたい。その上で、様々な要望に耳を傾けたい。自治会不要論も叫ばれる現代ですが、僕は自治会の存在意義を掘り起こしたい。その答えは、自治会に所属する皆さんの中にあります。まだ目には見えませんが、自治会長として具現化が出来れば……と思っています。




