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満月の夜3  作者: 桐生初
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太宰は顔色が未だ青い江崎と話していた。


「ごめん…。太宰…。」


「江崎…。1課から移動した方がいいと思うがな。で。聞き込みはどうだ。」


「半径50メートル内の目撃者を探してるが、あの袋が置かれてたのに気付いたのは、北条貴也君が初めてな様だ。

他の通行人の証言は取れてない。」


太宰は腕時計を見た。

現在、午後7時。

日が暮れて、暗くなり出したのは、5時過ぎだった。


袋が置かれていたのは、車二台がすれ違える程度の通りに面したマンションと飲食店の間の、人間の幅程度の小さな路地の入り口だった。


飲食店のゴミ箱も置いてある、雑多な空間だ。


そのビニール袋から血液がメインストリートの歩道に滲み出ているので、貴也も気づいた様だ。


ビニール袋は真っ黒だし、暗闇の中だと、気付き難いというのはあるかもしれないが、最近の通行人は、あまり人も風景も見ていない。

大抵がスマホ画面を見ている。


貴也は今時の子にしては珍しく、周囲を観察しながら歩くのが好きらしいし、事件好きのせいか違和感のある物には反応してくれる様だが、そうでもない限り、余り気づかないのかもしれない。


現に、流れ出た血痕には、女物のパンプスの様な足跡が付いており、なんの迷いも無く立ち去っている様子が窺える。


貴也には、詳しい状況をもう一度聞かねばなるまい。


「甘粕。夏目と一緒に貴也君に詳しい状況、聞いて来て。」


「はい。」


甘粕達を行かせると、江崎に聞いた。


「他に今現在判明してる事は?。」


「その店の従業員が、6時頃にゴミを捨てに出た時は、無かったと思うと言ってた。」


「んで、ゴミ袋の中身は。」


「ー人間の肩と、首の切り口が見えた…。」


江崎はまた吐きそうになっている。


江崎からは他には何も出て来なかったので、幸田達鑑識が到着するまでの間、太宰は霞と共に周辺を見て回った。


人通りは結構ある。

ゴミ袋が人間の身体だとしたら、相当な重さだ。

ホイホイ持ち歩ける物では無い。

それに持ち歩いていたとしたら、血が多少なりとも近隣に落ちている筈だが、確認したが、それは全く無い。


車が入って来るのは目立つ通りではあるが、酒瓶を乗せた台車は結構通っている。


「台車か…。」


太宰の呟きに霞も頷いている。


「業者を装って台車を転がしている分には、目立ちませんね。」


この辺りは北条家が住んでいるタワーマンションも多いが、夜がメインの様な、ちょっと小洒落た料理と酒を出す様な飲食店もかなりの数が点在しており、酒屋などに扮装して台車を転がしていたら、台車の音が煩くても全く目立たない。


「となると、結構計画的犯行だね。」


「そうなりますね。」


夏目に電話し、貴也にその辺も確認して貰う様に言った時、幸田達、鑑識班が現れた。

夏目の不在を感じると、幸田の羽が伸び切る様に見えるのは、最早気のせいでは無い。


「なんだあ、このゲロ〜。発見者のかあ〜?。」


「発見者は至って冷静な、今すぐにでも捜査官になれそうな少年だよ。そのゲロは江崎の〜。」


太宰が小声で言ったのに、幸田は大声で返す。


「ああ!。芝浦!。現場荒らしのショバかあ!。」


現場荒らしの江崎は、警視庁内で知らない者は居ない。




「すみません、度々。貴也君、大丈夫ですか。ショックとかは…。」


甘粕が出て来た尊に詫びると、尊は笑った。


「全然。元気に肉食ってるよ。多分、話聞きに戻ってらっしゃると思うって言ってた。」


「読まれてるな〜。」


感じ良く入れてくれたので、中に入ると、花梨が嬉しそうに2人を見た。


「丁度良かったね。」


と尊と言っている。


「え…。なんですか…。」


「こんなに余ってしまってもしょうがないので、警視庁にデリバリーに行こうかって言ってたんですよ。」


と、ダイニングテーブルに置かれた紙袋を指差した。


「さっきの!?。いいんですか!?。」


「ご迷惑でなければ。」


「うおおおお!。助かります〜!。」


甘粕が、腹が減ると動けなくなる男なのは相変わらずなので、多分4人の中で一番切実に嬉しいだろう。

夏目は苦笑しつつも、甘粕と一緒に頭を下げた。


来る途中で、甘粕に夏目がやれと言われていたので、今回質問をするのは夏目だ。


「ごめん。食事中に。」


「大丈夫ですよ。こちらこそ食べながらですみません。」


「いや、そうしてくれた方がいい。出来るだけ順を追って、発見当時の様子を聞かせて欲しい。」


貴也は冷静に理路整然と話し始めた。




貴也は駅から歩いて来ていた。

今日は待望の太宰達の来訪日なので、いつもより急いで歩いていたのだが、角を曲がって、家の前の通りに出た瞬間、いつもと違う違和感を感じた。


酒屋の台車は、いつも通りガタガタと煩い音を立てて動き回っているのだが、その中で、この暗がりなのに、サングラスをかけ、マスクまでし、深めの野球帽を被った黒の上下を着た男が目に着いたからだった。


男は貴也の進行方向から歩いて来ていた。


酒屋というより不審者だが、台車には『銘酒大和盛』と、CMでもよく見る日本酒の銘柄の書いてある段ボールが置いてあったので、酒屋なんだと思った。


その男の台車は音がしなかった。

ちょっといい台車は音がしないというから、それを使っているのか、みんなそうしてくれりゃいいのにと思って、男とすれ違おうとすると、段ボールが台車から落ちた。


貴也が拾ってやろうとすると、もぎ取る様に段ボールを取り、台車に乗せて、取って付けた様に、『すみません』と、中音域より少し高めの声で言った。


そして段ボールを片手で抑えて、駅の方向に向かって足早に去って行った。


変な奴だなと思いつつ、例の路地裏の前に来た時、前を歩いていたパンプスの女性が何かに滑って転びそうになりながらも、スマホに夢中になったまま歩いて行くのが見えたので、貴也は歩道を見た。


そして、飲食店の明かりに浮かび上がる、赤いドロっとした液体を発見。


スマホのライトでよくよく見ると、どう見ても血液だった。

出所を目で辿ると、最近では見かけない黒いビニール袋から出ていた。


「これ、血液です!。踏まないで下さい!。」


周囲に向かって怒鳴る様に言い、警察に電話をかけ、江崎が到着するまでの5分間、その場に立っていた。


その間、周囲の人間の様子は見える範囲で観察していたが、逃げるとか、怪しい動きをする人間は居なかった。

ただ、何が面白いのか、動画を撮り出した奴は野次馬の中に数人居た。


貴也が警察に電話したのは、6時35分だったそうだから、その不審な男がゴミ袋を置いたとすると、ゴミ袋が置かれたのは、せいぜい6時半位と思われる。




「で、現場荒らしの方が来たという感じです。野次馬の動画要りますか。」


「うん。念の為。」


「さっき確認したら、YouTubeにアップされてました。これです。」


そう言って、スマホを夏目に見せてくれる。

本当に今すぐにでも捜査官に欲しい出来っぷりだが、動画のタイトルが凄い。


『警官みたいな美少年&吐いちゃう残念な刑事』


確かにその通りだが、江崎がバッチリ写っているのは、警備上、ちょっとまずい。

それに貴也が犯人の目に留まり、危険に晒されるのは避けねばならない。


「これ、原田に言って、止めて貰おう。」


「ですね。これでお辞めになられてもいいと思いますが。」


北条家の3人が、夏目の正直な物言いに笑い出している。


「貴也君、その段ボールなんだけど、普通だった?。」


甘粕が聞くと、貴也は唸った。


「それがなんか変な気がしたんですが…。日本酒が入ってる段ボールって、そんな重いんでしょうか。」


「普通の段ボールよりは厚手だとは思うけど、その程度だな。重そうだったって事?。」


「はい。男が持ち上げた時、持った所から切れそうな位、底が重そうでした。

ああ!。後!。」


「うん。」


「男が段ボールを落としたのは暗い所だったので、正確な色は分かりませんが、段ボールの底から側面に掛けて、それから台車の段ボールが載っていた部分が真っ黒に濡れて見えました!。」


甘粕も夏目も、直感的に血液だと思った。

暗がりで大量の血痕は真っ黒に見える。


「貴也君、ほんと凄えな。お手柄だ。」


夏目が珍しく笑って、貴也の頭を撫でると、貴也は初めて、子どもらしい可愛い笑顔を見せた。


「ほんとですか?。5課で雇って貰えます?。」


「今すぐにでも欲しい程。」


「母さん!。俺、検察官やめて、5課狙いで行こうかな!?。」


「それも楽しそうだね〜。」


両親は幸せそうに貴也を見ている。


さっき、貴也が案内してくれた時も、夜道と貴也の精神面を心配してか、尊は迎えに来ていた様だし、関われなくて寂しい思いをさせていた自覚はしっかりあり、余裕が出来た今、息子にも妻にも必死に埋め合わせしようとしている様に思えた。


強烈なキャラクターは間違いないが、存外愛情深い、いい人間だと甘粕は感じていた。


夏目は質問を続ける。


「じゃあ、その男なんだけど、背はどれくらいだったとか、何か覚えてる事はある?。」


「背は、台車を押すせいか殆ど屈んでて、段ボールを拾った一瞬しか真っ直ぐ立たなかったので、正確では無いんですが、夏目さん達より大分高かった気がします。」


奇しくも、尊と夏目は176センチ。甘粕は178センチだから、それより大分高いというと、180センチは優に超えている事になる。


「180超え?。」


「そうですね。185センチの体育の先生より大きく思えました。」


「成る程。」


「体型はどっちかというと、痩せ気味というか…。ガッシリはしてなかったな。肩幅も俺位しかありませんでした。」


貴也は高1の成長期。

高1にしては大きい方で、170センチ位あるし、ガッシリした剣道体型だが、少し痩せ気味のせいなのか、骨が細いのか、肩幅は然程広くは無い。


「顔は暗闇でサングラスに黒いマスク、黒いキャップを深く被ってたんで、分からないに等しいんですが、なんか顔デケエなと思ったんですよねえ…。」


貴也は母親に似た様で、顔はとても小さい。


「マスクに入り切ってなかったとか?。それとも、肩幅狭いから、対称的にデカく見えた?。」


「ああ。そうだ。マスク、ちゃんと嵌めてるのに、顎と鼻がはみ出てたんですよ。顔の横も。」


「よく見てるな。」


貴也はまた嬉しそうに笑った。


「ああ、後、すっげえカビ臭かったな。そんなんで飲食店入って平気なのって思ったんです。」


「カビ臭い…。」


「うん。小学校の友達で居たんです。時々カビ臭い奴。なんの臭いって聞いたら、一階に置いとくと、カビ臭くなるんだよって。それと同じ臭いがしました。」


一階に置いとくだけで、服がカビ臭くなる家というのも、健康上どうかと思うが、人は自分の家の臭いというのは基本分からない。


その男は、カビ臭くなる条件の家に住んでいるという事か。


かなりの収穫と持たせて貰ったディナーを手に現場に戻ると、柊木が到着していた。


背中からハートマークを飛び散らせ、太宰と喧嘩しているいつもの光景だったが、ハートマークの出方が派手な所を見ると、柊木好みの死体らしい。

つまりは残虐でグロテスク。


甘粕と夏目は覚悟しながら太宰に声を掛けた。


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