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満月の夜3  作者: 桐生初
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取手絵美子は聞いてもいないのに、ベラベラと拍子抜けするほど自供した。


恒雄が花梨を好きだったのも、強姦未遂事件を起こしたのも知っていたので、これは使えるのではないかと声を掛けたら、簡単に乗って来たという事も。


また、花梨は魔性の女だとかフェロモンがあると榊雅代から聞けば、魔性の女について研究研鑽を重ねたとか、フェロモンだけはどうしようもなかったので、動物系の香水を使っただとか、どうでもいいことまで喋り続けている。


余程、北条尊が怖かったかららしいが、残念な事に、三件の殺人と死体遺棄に4件の殺人教唆及び、殺人請負では、恐らく死刑か良くて無期懲役なので、尊には二度と会うことはないから、尊の手による死ぬより辛い目には合わないだろう。


問題は、安部恒雄の方だ。

今回の同級生連続殺人事件だけではなく、大田区の事件に関しても口を割らせなければならない。


だが、何も喋らなければいいと思っているのか、全く喋らないかと思えば、甘粕や夏目の恫喝に逆ギレして暴れ、更に夏目が脅すと泣き出すという繰り返しだった。


小柄で髪も長めの霞など、目にしただけで襲いかかってきそうな、いやらしくも邪悪な目で見るので、甘粕が霞を抱える様にして取調室から走り出た位だ。


満を辞して太宰が出た。


「あのね。喋らなくても立件できるほど、取手が証拠出してくれてんのよ?。

トランクから見つかった女性3人に乱暴しているところも、取手が全部録画してたの。死体をトランクに入れるところもね。

仙崎弁護士を陸橋から突き落としたのだって録画してあったし、あんたが大事に履き続けてたハイバランスのスニーカーの底も、仙崎弁護士の靴に残っていた足跡と一致したんだよ。微妙なすり減り方であんたのもんと完全に一致してる。」


動画は流石に驚いたのか、少し肩を震わせたが、恒雄は俯いたまま、矢張り黙っている。


「じゃあ、話変えようか。」


「・・・・。」


「お前さん、息子どうした。」


恒雄の顔がほんの少し強張った。

太宰には、恒雄がかなりの小心者だというのは分かっていた。

仙崎弁護士殺害も、取手に見守られて、命令されるがままだった様だし、読み通り朋樹を殺しているとすれば、初めてたった一人で計画、実行した殺しだ。

しかも、実の息子をである。


のし掛かる罪悪感に怯えていないはずはない。


「あんた、取手からトリカブト分けてくれって言って、致死量の3倍の量、もらってるよな。丁度、大田区の二度目の事件が起きた直後だ。」


恒雄の手が震え出した。


「今、鬼の夏目と甘粕が血眼になって、多摩川土手を掘り返してるぜ。」


実は今、甘粕と夏目自ら警察犬にも協力してもらいながら、アパートの裏にある多摩川土手の地中を捜索している。


太宰はある時点から、恒雄が朋樹を消したのではないかと睨んでいた。

取手に聞いてみたところ、朋樹のことは知らない、会った事も無いが、恒雄にトリカブトは渡したと証言した。


また、近所への聞き込みを続けてくれていた所轄からの報告で、恒雄が事件の直後の夜中、多摩川土手でシャベルを持って歩いているのを目撃されていた。


だから揺さぶりをかけてみたら、この反応だ。

掘り返していると言われ、更に震え出してきてもいる。

読みは外れていないと思われた。


「取手は用心深いが、お前さんはそうでもねえ様だ。大田区の一家惨殺事件でも、被害女性である母親から、朋樹と一緒にあんたのDNAも検出されてる。これで朋樹の死体が出て、死因が取手の使ってたトリカブトと同じ成分だったら、状況証拠だけでも真っ黒だなあ。

一家惨殺も、お前がやったって事にもなるかもなあ。」


太宰の最後の台詞を聞くなり、恒雄は顔色を変えて、太宰を見た。


「俺はやってしていない!。」


「でも、大田区惨殺事件の1件目は、おめえさんがカミさんと上手く行かなくなってきた頃だろ?。

惨殺はお前がしてないとしても、女が欲しくなって、朋樹をけし掛けて邪魔な家族を朋樹に殺させて、ゆっくり人の奥さんを犯したんじゃないのかねえ。

自分の欲望の為に、息子にあんな残虐な犯行をやらせるなんて、それでも親か。最低だな。」


「違う!。朋樹が・・・朋樹が持ちかけて来たんだ!。」


「へ〜え。どういう事?。」


この段階では真実なのか、言い逃れなのか判別がつかない。

太宰は敢えて疑っていると言わんばかりに聞いた。


「朋樹は・・・、昔からおかしかった・・・。嫁が相手にしてやらないせいもあったんだろうけど、甘えたいがいつの間にか性欲に変わってて・・・。そこまでは分からなかない。俺もそうだったから・・・。

でも、あいつのは俺が言うのも変に思うかも知れねえけど、変態だと思う・・・。

血を見たいだの、滅多刺しにしたいだの・・・。

でも、嫁の浮気を責めて、嫁とあんまりやれなくなって、丁度女が欲しかった時に、あいつが言ったんだ・・・。

パパと俺の好みにピッタリの、可愛くて優しいお母さんがいる。一緒に強姦しに行かないか、家族は俺が始末するし、やってもバレない時間はわかってるから大丈夫だって・・・。」


「ふ〜ん。中学生のガキの言う事を真に受けて、のこのこ付いて行って、血の海の中、乱暴しまくったってえの?。

朋樹の証言も取れず、お前も素直に取り調べに応じないこの状況じゃあ、信じられねえなあ。

惨殺事件も全部お前の仕業だろうっていう捜査方針は変わらねえだろうなあ。」


「ほんとだって、刑事さん!。じゃ、取手とやった事も全部話すよ!信じてくれよ!。」




安部朋樹の腐乱死体は程なく発見され、死因も取手が使っていたものと全く同じ成分のトリカブトだった。


安部恒雄は、大田区連続一家惨殺事件まで自分の犯行とされることに余程の抵抗があるらしく、トランクから発見された女性三人への強姦、取手と行った遺体遺棄、そして仙崎弁護士殺害を含め、全てを自供した。


2年前、朋樹に話を持ちかけられた恒雄は、情けないことに太宰が言ったように、のこのことついて行き、朋樹が家族を殺害して悦に入っている間に、自分だけは鑑識用のビニールカバーを靴の上から履いて室内に入り、朋樹が殴って気絶させた母親を浴室からリビングへ引き摺って行って強姦し、先に帰宅した。


しばらくすると、朋樹はまたやりたがったが、いくら恒雄が馬鹿でも、そんなに頻繁にやっていてはバレてしまうと思い、押しとどめた。


朋樹は戦利品や猫の惨殺でどうにか凌いでいた様だが、母親が出て行くと我慢できなくなった。

また、恒雄も無抵抗の全裸女性を北条花梨に見立てて強姦した、あの快楽が忘れられず、再び犯行に同意。前回同様に強姦だけして先に帰った。


しかし、その日、花梨を恒雄のものにできるのも、もう間も無くだと取手からの連絡を受ける。


そこで恒雄は思った。

朋樹が邪魔になると。


幼い頃から母親の証言にもあった様に、朋樹は可愛く思えず、息子とは思えずにいた。

朋樹はしょっ中痴漢事件を起こしているし、警察沙汰は避けておかないと、計画に支障が出るかもしれない。


それに、朋樹は女の趣味が恒雄と全く同じだ。

他の女ならいいが、花梨だけは手に入れたら自分だけの物にしたい。

だが、朋樹がいたら、絶対に朋樹は花梨に手を出すだけでなく、血まみれにして殺してしまう。


そう考えた恒雄は、取手にトリカブトを貰い、食事に入れて朋樹を殺害し、土手に埋めた。


警察が来たのは、その翌々日の事だった。



「―胸糞悪っ!!!。」


取調室から戻って来た太宰は、開口一番そう言って、禁煙の室内で煙草に火をつけてしまった。

取調室のやりとりは、夏目は記録係でその場にいたし、甘粕と霞は別室でずっとモニタリングしていたので、太宰の気持ちはよく分かる。

ずっと鬼か邪かという気を放って記録していた夏目は、そのままの状態で額に青筋を立てて黙って頷くので、余計に怖い。

幸田が見たら、間違いなく泡を吹いて倒れるだろう。


二人に用意していた冷たい缶コーヒーを渡しながら、霞が心から労った。


「お二人共、本当にお疲れ様でした・・・。

あんなどうしようもない馬鹿の変態野郎で変態メーカーとの長丁場・・・。

安部朋樹だって、適切な環境だったら、そんなモンスターにはならなかったのに・・・。

あの家は2DKの小さな壁の薄いアパートですし、愛人だけでなく、夫婦の性交渉も見聞きしてしまっていたでしょうから、尚更愛情欲求が歪んでしまったんだと思います。」


「だよなあ。息子を女との生活に邪魔だから殺すとか、仲良く強姦しに行くとかって・・・。あああ〜いやだ!!!。」


再び太宰が叫び、4人全員で大きなため息をついて、首を横に振ってしまった。


「全く、人の親とは思えません。どうなってるんですか。」


夏目が責め立てる様に霞に聞く。


「私も心からそう思うけど、恒雄は、ずっと親にも先生にも怒られ続けていた、突然キレて暴れて、余計に周囲に疎まれたっていう生い立ちや、再犯を繰り返したことから、情緒障害や軽度の知的障害が窺えます。

また、本人もチラッと言ってたけど、甘えたい欲求が満たされず、そのまま性欲に移行してしまったというのも、そういった障害を適切にケアしてこなかったせいでしょう。

朋樹も同様だったと思われますが、自分もそうだったからで片付けてしまい、更に助長させる様な環境下に置いてしまった。

父親を散歩に誘う様に強姦に誘った朋樹だって、愛されたい一心だった面はあるかもしれません。

恐らくですが、自分が話しかけて関心を持ってくれたのは、一緒に強姦しに行こうと言った時だけだったのかもしれません。」


「そう考えると、とんでもなくおぞましい下劣な犯罪を犯した朋樹も、不憫と言えなくもないな・・・。」


太宰が言うと、甘粕は、


「罪を憎んで人を憎まずですか・・・。」


としみじみと言ったが、夏目は鬼のまま言い放った。


「俺はいかなる理由があろうとも、許せません!。」


三人は笑いながら頷き、太宰は夏目の肩をポンポンと叩いた。


「お前さんはそれでいいのよ。うん。」




こうして、本格的な秋が来る前に、無事に取手絵美子と安部恒雄を全ての事件で送検出来た。


ほっとしたら思い出したのか、甘粕が突然ハッと思い出した様子で太宰の顔を見た。


「そういや、刑事部長との喧嘩は、大丈夫なんですか。」


「ん…?。なんだっけ…?。あああ〜、あれかあ。」


太宰は苦笑の様な顔で笑い出している。

それで大丈夫なのは分かるが、何で揉めていたのかは気になる所だ。


「俺に昇進試験受けて、管理官にならねえかと急に言い出したんだよ。

俺の後任に据えたい奴が居るらしくて。

体の良い追い出しかあって頭来て、喧嘩したんだけど、その据えたい後任候補が逃げたらしいんで、立ち消え。」


「どんな奴据えたかったんですか。」


「刑事部長の言う事聞きそうな、東大出たての、エリート坊ちゃん。」


3人は異口同音に叫んでしまった。


「絶対嫌だ〜!。」


でも…と、今度は甘粕が苦笑しだしている。


「なんだあ、甘粕。」


「貴也君が検察官じゃなく、警察に来ちゃったら、我々から見たら、エリート坊ちゃんですよね。」


「ああ〜、あの子なあ。確かにそうなるなあ。あの子ならどうよ。」


「どうって課長。あんな少ししか会ってないのに。」


「それでも判断すんのが、心理捜査官なんでないの、甘粕〜。」


「う〜ん…。夏目が上品になった感じですよね、多分。」


夏目の左肩がピクリと動いた。


「なんですか…。それは…。」


「だって、中身にあの強烈旦那っぷりが入ってたら、綺麗な顔して上品な物言いのお前じゃないか。」


「ー甘粕さん…。俺はあそこまで失礼でも、子どもでも無いと思いますが…。」


夏目には不条理に思えたが、全員吹き出すように笑い出したので、夏目は不満げに黙るしかない。


「でも、お前、絶対言うだろ。美雨ちゃんがあんな目に遭ったら、『生きてんのを、死ぬ程後悔させる苦しみ味合わせてやるぜ。』って。」


甘粕が笑いながら言い、太宰まで、


「そうそう。本気で15階から投げ落とすって、平然と言ったりさ。」


夏目は気まずそうに俯いた。


「まあ言うでしょうね…。」


実際、美雨が事件に巻き込まれた時、そんな様な脅し文句を言っていた気がするから、夏目と強烈旦那の類似性は強まるばかりで、再び笑いが起きる。


「ーでも、北条花梨が取手絵美子に話した、数年前までの生活は、いくら夫は愛してくれてると分かっていても、寂しかったでしょうね。」


太宰は霞の台詞にドキリとする様に、身震いした。


「課長も仕事優先ですもんね…。」


霞の目が、今日はやけに冷たく感じる。


「う…。そこまで酷く無えもん…。ちゃんと子どもの行事には行ってるもん…。遊んだのも旅行も数える程って事は無えもん…。」


「今日は早く帰ってあげて下さいね〜。」


「あ、いや、今日は、あの強烈旦那に呼ばれておる。」


「苦情ですか。」


速攻でそういう事を言う夏目を、悲しそうな目で見てしまう太宰。


「お礼だと!。奥さん容疑者にせず、無事とは言えねえけど、命まで取られずに済んだのは、迅速な捜査のお陰だからってえ!。」


甘粕も、苦笑ながらもフォローしてくれた。


「ほんと、そう仰ってた。それに、貴也君が事件オタクだから、是非支障の無い範囲でお話しをってさ。」


「はあ。」


「外で接待的な飲食は出来ませんて言ったら、奥さんの手料理〜。

もう2度と出せませんとか言って、意外と気前いいよな、強烈旦那。

夏目と霞ちゃんも、良かったらどうぞって言われてるけど、どうする?。」


「課長、夏目さんは帰してあげて下さい。美雨ちゃん待ってるんですから。」


「いえ。お邪魔します。美雨は友達と旅行に行っておりますので。」




4人で行くと、貴也は未だの様だが、どこぞのフレンチかという、皮がパリパリに焼かれた、見た目からして美味しそうなチキングリルの白ワインソース、その他諸々が並べられた。


「ワインも駄目ですか。」


尊が聞くと、甘粕が答える前に太宰が満面の笑みで元気良く返事をしてしまった。


「頂きま〜す!。」


「太宰さん、明るくて好き〜。」


笑いながらワインを注いでくれたので、大人6人で乾杯していると、貴也が帰って来た様だが、様子がおかしい。

ただいまも言わず、玄関からドタバタと音を立てて、リビングに駆け込んで来た。


「太宰警視!。」


滅多に呼ばれない正式名称に、自分でも不思議な位の違和感と驚きを感じながら振り返ると、貴也は真っ青な顔で立っていた。


「ん!?。」


「なんか…。なんか変なゴミ袋がありました。真っ黒のゴミ袋なんですが、中から血の様な物が染み出てて…。直ぐ警察呼んで、人入れない様に、現場保全したんですが…。」


高1から現場保全という言葉が聞けた上、更に実行してくれたという驚きに、3人は固まってしまったが、夏目はもう動いていた。


貴也の前に屈んで、目線を合わせて、礼を言っている。


「有難う。それで?。」


「制服警官より先に私服刑事が来たんですが、その私服の刑事さんが袋の中身覗いて吐いて、5課に連絡しろって…。5課の人全員うちに来てるので、呼んで来ますと言いましたが、良かったですか。」


「凄え判断力だな。ほんとに有難う。課長。」


「おう、行かねば。ここは芝浦署だな。仁義切っとこ。という訳で、北条さん、申し訳ないです。」


「いやいや。大変ですね。今度またゆっくりいらして下さい。」


「奥さんもごめんなさい。ほんと美味そうなのに残念です。」


「いいえ。休む間もなくご苦労様です。お気をつけて。」


「すいません。貴也君、有難う。」


「いえ。分かる所までご案内します。」


貴也と一緒にエレベーターに乗ると、夏目と甘粕は各々柊木と幸田に連絡をしていたが、太宰は不思議そうに首を捻った。


「でも、制服より先に私服が来た…。なんだろな。」


「『別件で直ぐ近くを走ってて、無線を聞いたんだけど、通報者は君?。』と言ってましたが。」


「ああ、成る程ね。で、上に通さず、いきなり俺達?。しかも吐いてる?。ペーペーじみてんのに、俺達を呼ぶ権限が…?。

あ…あああ!。芝浦署!。あいつかあ!。」


「課長…。もしかして、あの人!?。」


「そうだ、甘粕!。あいつだろ!。江崎!。」


「ああああ〜!。」


エレベーターが下に到着し、貴也の案内で現場に向かいながら、なんだなんだと聞く夏目と霞に甘粕が説明した。


「課長と同期で、警部補なんだけど、血を見ただけで真っ青。ちょっとでも凄え状態の仏さん見たら、速攻で吐く。

悪い人じゃないんだけど、その繊細さというかなんというかで、現場荒らしって仇名が付いてる位。」


「居なくて良いですね。あ、課長、柊木先生、10分後には来てくださるそうです。」


確かにそうなのだが、相変わらず夏目の物言いはキツい。

太宰の目が若干線になってしまう。


「おーう。」


「幸田さんも。」


前方50メートル先に、人だかりが出来ているのが見え始めると、太宰は貴也の歩を止め、微笑み掛けた。


「貴也君、本当に有難う。助かったよ。」


「いえ。とんでもないです。」


「後でお礼するからね。」


「では経験談を聞かせて下さい。」


「分かった。今度こそたっぷりね。

お父さんとお母さんに宜しくお伝え下さい。」


貴也は綺麗な一礼をして、大股でマンションに戻って行った。




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