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満月の夜3  作者: 桐生初
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所轄に依頼した安部恒雄の監視は、思わぬ方向に向かってしまった。

太宰が連絡を入れた数分後、恒雄の行方も分からなくなったというのだ。

何かを察知して、行方を晦ましたとしか思えないタイミングだ。

恐らく何らかの形で捜査をキャッチした取手が、恒雄を潜伏させたか、殺害したかだろう。


「また後手か〜!。」


太宰の叫びに激しく同意してしまうが、取手は予想以上に知恵が回り、捜査状況を熟知しているかの様だ。


「何ででしょう。どこから情報得てんのかな・・・。」


「そこだあ。俺も不思議でしょうがない。聴取に行った先の人間が逐一報告してるとしか思え・・・。」


そこで太宰は車を停めてある北条家の部屋が入っているタワーマンションの植え込みの中に、赤く点滅している光を見つけ、車から飛び降りて駆け寄った。


甘粕も訳が分からないなりに一緒に出て、既に太宰の手の中にあるものを見て、我が目を疑った。


それは監視カメラだ。

しかも音声も取れる様になっている。


太宰は電源を切ってから、甘粕に言った。


「もしかしたらこれ、全関係者の家の前に設置してんのかもしれねえ。早速各所轄に確認してもらおう。」


「はい!。」


甘粕と手分けして確認してもらったところ、太宰達が行った全ての家の前に、そのカメラは設置され、稼働していた。

勿論、その場で撤去し、捜査員を配置して張り込ませたが、今までの太宰達の動きはほぼ筒抜けと思っていいだろう。

取手絵美子の成績は芳しくなかったという話だが、下手な知能犯よりも用心深く、頭も切れるのは、目的遂行の為なのだろうが、その目的も動機もよく分からない。

何故、今更中学時代の想い人とライバルを真綿で首を絞めるようにジワジワと追い詰めて行くのか。

結果、何をしたいのか。

夏目ではないが、二人共『分かりたくねえ!』と突っぱねたい衝動に駆られた。




その頃、霞と夏目は、太宰から連絡を受けた、篠原の妻の聞き込みに行っていた。


他の同級生への聞き込みはもう終わっている。


皆、一様に驚き、そして、取手絵美子の事は覚えて居らず、前夫に貰った写真を見せると、気味悪がった。


「北条花梨を知っている人間は気味悪がる。逆に知らなくて、好みだと惚れ込む。

よく分かりません。」


夏目が言うと、霞も唸った。


「そうねえ…。私達は北条花梨さんを見てないけど、夏目君どう思う?。」


「う〜ん。パッと見、綺麗だな、可愛いなとは思いますが、やっぱりなんか作り物っぽい感じはしますね。」


「女同士だからか、私も整形しまくったわねという印象は受けるの。

でも、あんまり女っ気無かった人や、所謂、整った顔立ちの人と無縁の男性だったらどうだろうね。」


「騙されるって感じですか。後、魔性の女とか、フェロモン問題?。」


「そう、それ。」


「成る程。甘粕さんが旦那に聞いたら、北条花梨は魔性の女で、フェロモンまであるって話でしたが。

でも、そういうのって、体質でしょう?。どうやって会得したんですかね。

どう考えたって、無かったっぽいじゃないですか。取手絵美子には。」


「そうね。全然モテなかったし、覚えられてもいないんだものね。

対して、北条花梨さんは、当時も頭が良く、大人になっても出世されてる、所謂、将来性のある人にばかりに愛されてた…。

そこか!?。」


「はい?。」


「動機よ!。」


「折角エリート官僚捕まえたのに、離婚された腹いせですか。でも、昔の男は篠原和彦だけですよね。他の同級生をどうして殺す必要があるんですか。」


「北条花梨さんになれば、エリートに愛される筈だったのに、結局愛されなかった。

破れかぶれになって…。」


「で、大昔の同級生殺すんですか?。意味あるんでしょうか。」


「無いよねえ…。なんだろな、意図は…。」


「それに篠原和彦はT大の院まで出てますが、今はT大付属と雖もただの高校教師でしょう?。エリートとは言えないんじゃ…。」


「でも、長居する気は無いらしいし、実際、学術論文も発表してて、私大の教授なら引く手数多らしいじゃない。」


「ああ、成る程。知識階級ってやつですか。」


「第一被害者になり掛けたというのは、何かあるわ…。」


「知ってたんでしょうか。取手絵美子は篠原と北条花梨が付き合ってたのを。」


「知ってたと思うし、未だに交流があるというのも、引っかかるわ。

篠原さんが殺されたとしたら、北条花梨さんは、今まで殺された4人の様に、驚くだけじゃ済まない打撃を受けるんじゃない?。」


「つまり、篠原殺しだけは意味がある。後は意味が無いってことですか。」


「無い事は無いでしょうね。本町さんと児島さんは未だに友達としてご夫婦で仲が良いみたいだし。

でも、他の7人はほぼ意味は無いかもしれない。

意味が無いのに何故殺すのか…。

打撃を与えたいなら、篠原さんとご主人を殺せば良いのに、篠原さんの事は簡単に諦め、ご主人には全く手を出さず、息子さんには接触…。」


分からないまま、篠原の妻に話を聞くと、篠原の話を詳しくしただけだった。


当時は、目黒のマンションの一室で教室を開いており、彼女はそこの特別な日のディナーコースという、高級コースに通っていた。


そこでは、第一被害者である梶田の妻が一緒だったらしい。

殺害の話をされたのは、年度替わりでクラスが終了する時だったという。


つまり、教室を引き払ってしまって大丈夫な状態にしてからという事になる。

そして、篠原の妻が断った事で、篠原を第一被害者にするのは諦め、藤井にしたと推測された。


印象が薄めなのは他の証言者と同じだったが、彼女は北条花梨を知っているだけに、違う印象を持った様だ。


「凄く北条さんに似ていました。

顔も。ちょっとした仕草とか、立ち方とか、頭の下げ方とか。

でも、どこか下品なんです。媚びてるというか。

それに変な臭いがしました。」


「ハーブとかでは無いんですか。」


夏目が青木から得られた匂いの情報を思い出して聞くと、頷いた。


「香水も着けてはいました。ロクシタンのローズと、北条さんと同じ匂い。

でも、その他に動物っぽい様な、なんだか変な臭いが。」


霞はピンと来た様で、注意深く聞いた。


「発情期の時に出す様な香りでしょうか。フェロモン系の…。」


「ああ!。そう!あれだわ!。」


篠原夫人は突然何か思い出した様子で、応接室を出て行くと、階段を駆け上がり、戻って来て、霞に小さな瓶を渡した。


「友達がくれたんです。夫をその気にさせる香水だと。でも、臭くてつけられなかったんですけど、その臭いが薄らしていました。」


夫人は大分鼻がいい様だ。


怪しげな小瓶を開けると、確かに動物的な匂いがした。


「こちら、お借りしてもよろしいですか。」


「はい。差し上げますわ。どうせ用事は無いですから。」


「北条花梨さんにもお会いになってるんですよね。」


「ええ、主人のマンションに居ました。不倫関係じゃないって言ってましたけど、嘘でしょう?。人妻が1人暮らしの男の部屋に行ってるんですから。

それに、主人から、北条さんの香水の香りがしましたよ。」


夏目はどうしてそんな面倒な質問をするんだと、内心霞を責めつつも、答えた。


「それは分かりませんが、捜査員にも否定されたそうです。」


「嘘に決まってます。」


「すみません。私がお聞きしたかったのは、北条花梨さんからも、そういう香りがしたかというのと、北条花梨さんとの違いを、もっとお聞きしたかっただけなんです。

取手絵美子と北条花梨さんの両方に会われていらっしゃるのは、奥様だけなので…。」


「はあ。北条さんからはそういう匂いはしてません。ロクシタンのローズの匂いだけです。

違いって…。片桐さんは下品だなというのと、声と話し方は作ってるんだなって感じがしました。

北条さんは落ち着いた声ですけど、片桐さんはわざと低い声にして似せている感じでした。

時々キンキンした声になってたので、そっちが本当の声じゃないのかしら。

後…。

まあ、悔しいですけど、北条さんは誠意がある言葉な気がしましたけど、片桐さんは…。」


「はい。」


「嘘っぽいんですよ。皆さん、癒し系だ、なんでも話聞いてくれてって仰ってましたけど、口だけって感じがするんです。実が無い感じ。

カウンセラーの人の本を読んだら、カウンセラーの相槌のお手本通りのことしか言って無いんですよ。」


「成る程。お料理教室はどうやってお知りに?。」


「家のポストにチラシが。そこにQRコードがあって、スマホで翳したら、インスタのページに飛んだんです。

凄く綺麗な写真でしたし、チラシの写真も綺麗だったので…。

お月謝も結構な額でしたし、格の違う変な方はいらっしゃらないだろうなと思って。」


そう言って、高そうな指輪を見せびらかす様な手付きで、ティーカップを持った。

決して上品では無い。


服装も如何にもブランド品という様な派手な感じだし、中年太りした太い首には、大粒の黒真珠ののネックレスが嵌っている。

肉のせいで、ぶら下がらず、食い込んでしまって見えるのだった。


でも、指輪も服もネックレスも、テレビの通販番組で見た様な感じだ。


篠原が離婚に拘る理由の一端は、妻のこういう所なのかもしれないと、霞はふと思った。


特権階級意識が高く、浪費癖があるのだろう。


夫がT大の講師までして居たという事に、しがみついている気がする。


「他にお気付きになられた事はありませんか。」


「特にございませんわ。」


夏目は、インスタの片桐愛のページを教えて貰ったが、無駄だと言われた。


「全然活動してないんですよ。多分、教室が1年間で終わるのと同時に、違うのを出して、前のは使わなくしてるんじゃないのかしら。」


夏目は立ち上がりながら言った。


「念の為、警護の人間がついてますが、片桐愛から連絡が来たら、直ぐにお知らせ下さい。それから、絶対に2人きりでお会いにならない様にお願いします。」


「分かりました。」




一応、原田にも確認してもらったが、篠原夫人に教えてもらったインスタのアカウントは使われて居らず、携帯番号から取ったアカウントというのは分かったが、その携帯番号ももう存在していなかった。


足取りの消し方は、どこまでも上手い様だが、そうなると、夏目には疑念が生まれる。


何故篠原夫人は生かして置いているのか。

片桐愛と北条花梨の両方を知っているなんて、一番危険な人物だ。


「篠原夫人は何故殺されていないんでしょうか。長澤夫人、会沢夫人は恐らく殺害されていますよね。」


帰りの車で夏目が言うと、霞は意外とすんなり、考えずに答えた。


「会って分かったわ。同じなのよ。自分と。」


「え…。」


「夫は贅沢な暮らしと、虚栄心を満たす道具でしか無い。

もしかしたら、愛もあったのかも。

でも、裏切られて、捨てられようとしている。

見た目もお世辞にも美しい、魅力的な状態とは言えない。

そして、北条花梨さんの存在に苦しめられている。」


「取手の元旦那の官僚より、篠原の方がマシな男に思えましたが。」


「ええ。それは多分その通りね。でも、篠原さんを夫として考えてみるとどう?。結局ずっと、北条花梨さんしか頭に無いのでは?。

そんな人と結婚したって、幸せな筈無いわ。

しかも、その人と不倫してるかもしれないなんて、凄く屈辱的じゃない?。」


「ああ…。成る程…。同病愛憐むというやつですか。」


「だと思うな。生かして置いて、何かに使う気なのかもしれないし、そこは分からないけど、少なくとも、根源はそこだと思う。」


「あ〜、分かりたくね〜。」


夏目の正直な呟きに、霞も久しぶりに笑ってしまった。


「確かにね〜。ただ、ジワジワ分かって行くのに、結局狙いが分からないっていうのは気持ち悪いわ。

それに課長がチラッと報告してくださった、安部朋樹の父親が登場して来たのも、非常に気になるし。これまでの事、しっかり整理しないと駄目ね。」


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