探偵事務所の朝
事務所に着くと既に客らしき者が苛立しげに扉の前で待っていた。
(人を見た目で判断してはいけないけど…ガチャガチャと貴金属付けてて成金みてえな連中だな)
そんなことを思いながらでかでかとヒカワ探偵事務所と書かれた看板のかけられたちょっとおしゃれな喫茶店みたいな見た目の建物に着く。
技術革新しているのに未だに建物や街並みが中世なのはせめてもの救いなのかもしれない。中世の街並みに亜人と人が歩き、クルマと馬車が同時に駐車スペースに停められ空をヒコウキと飛行型のモンスターが飛びながらテレビで魔法を競い合う大会の中継を見ているというのは中々に混沌としている気がするが、映画の世界だとかちょっと遠くの国に旅行しているのだとたまに思ってしまう。まあ、此処にはそんな物は無いので目にも精神にも優しい。
「あんた、ここの人間か?客を待たせるとは随分なご身分だな」
「ああ、すみません。今上司呼んでくるんで。もう少々お待ちください」
「あ、おい!」
客を無視して裏口から入ると相変わらず酒臭い部屋の奥で死んだ様に眠っている者がいる。
「ヒカワさん朝っすよ。もう客来てます」
「ふごっ…え?あれ?おはようエンスケ君。レディーの部屋に勝手に入ってくるとは君も偉くなったものだね」
「貴方前に自分は女性型の体をしてるだけで性別は無いって言ってたじゃないですか」
「気分の問題だよ…うっぷ…おぼろろろろろろろッ…すまないが水をくれないか?二日酔いだ」
「はぁ…」
ヒカワ カガミと言うのが彼女か或いは彼の名前だ。一応女性型なので彼女と呼んではいるがヒカワが苗字カガミが名前の人間らしき生物だ。此方に飛ばされた直後の住所不定無職だった俺を雇ってくれた恩人でもある。
渡された水を飲み、恥ずかしげもなく脱いで着替える姿を視界から外す。彼女は半分がよくわからない植物、半分が人間と体の中の友達同様にわけのわからない生き物ではあるのだが、それでも女性型と言うだけあって豊満な胸に引き締まったくびれと引き締まったヒップ。失礼、おっさんのようだ。出会った当初は何故かスーツ姿でエリートOLみたいな印象を持っていたが…その実呑んだくれでギャンブル好きで借金抱えてるダメ人間…人間?人間なのかは別としても自分の上司に当たる人物でここヒカワ探偵事務所の所長だ。
「エンスケ君。すまないが、私の下着を知らないか?ブラジャーだ、ブラジャー。君がこの間持って帰ったものだよ?わかる?めっちゃでかいやつ」
「マジで客来てるんで冗談言ってる暇あるならサラシでも巻いててくださいよ。
じゃあ、事務所の扉開けますよ。お客さん待ってるんで」
「つまらんなぁ。君は童貞だろう。まあ、茶出さなくていいから多分君のお迎えだし」
「また辺な仕事取ってきたんですか?やりたくないなぁ」
「はっはっはっ。そうかい」
思わず本音が出てしまったが軽く流された。
「客待たせた挙句に茶も出さねえとはどんだけ俺たちの事を馬鹿にしてるんだ?ああ?」
「さーせん。それについては所長が話に来ると思うんでー下っ端に言われても困りますー」
『ヒカワ、コナイ。死ンダ?』
「どうせ飲めもしないのにコーヒー入れて匂い楽しんでるんでしょ。飲むのは俺なんだから勘弁してほしいよ」
「は?なんの話だ?」
「いーえ、なにも」
メタルの声は基本的に脳内に直接聞こえてくるのだがたまに体外に銀色の粉状になって出てきたり、1センチ程度の無数の菱形の金属になって体の周りを飛び回っていたりする。因みに主食は金属だ。さすが未知の宇宙生物、生態が全くわからない。流石に精神に入り込んでは来ないが。
「やあやあやあ、お待たせしました。ヒカワです」
最低限の化粧もしてくるとは思ってなかったが何時ものだらしないよれよれの鹿撃ち帽に多分下に何も着てないのだろうインバネスコートにパイプを咥えてヒカワが部屋に入ってきた。変態ファッションだ。
「あ、エンスケ君。私のスーツどこだい?」
「今言いますかそれ?この間ゲロ吐いてクリーニング出したじゃないですか。しかも上の店に」
「あ、じゃあ仕事帰りにヨロシクね」
「はぁ!?まったく…今回だけですよ」
いつものような当たり障りのない会話をしていると客が口を開く。
「…へえ、いい女だな。で?あんたが同行してくれるのかい?」
「いーえ、私は今日は賭ば…立てこもってる仕事があるので助手のクロバネ エンスケが行きます」
今、賭博場って言いかけたな。
「クロバネ?そっちの東の島国のガキか?そんなヒョロヒョロの枝みたいな奴で大丈夫なんですかい?悪いですけど今回の仕事は…」
「はっはっはっ、こう見えて優秀ですよ」
「助手だったのか俺は…」
「はっはっはっ。それで報酬の話になりますが」
「おい、話を聞け」
「…それに関してなのですが、まあ随分と態度も悪いし貴方は貴方で待たせるしで…悪いですが下げさせてもらいますよ。探そうと思えば幾らでもあんたらみたいなグレーゾーンの仕事してる奴なんているんで」
「…まあ、いいでしょう。危険な仕事なので先払いですので悪しからず」
「ちょっ、あんたまたヤベエの取ってきたのかよ!」
この女。探偵事務所と名乗ってるくせして浮気調査だとか探し人の捜索とかならまだしも護衛任務だとか魔物狩り、屋根の修理、店の手伝いなどはっきり言って探偵と言うよりは何でも屋と言った方が正解の仕事を行なっている。
そして案の定今回の仕事も街から街への護衛任務。しかも他にも護衛の冒険者雇ってるらしいのに何故かうちの所にも話が転がり込んできたそうだ。どんだけやばい道すがらなんだ?
「実は貴族様からの依頼でレアなモンスターを捕まえたのですがね…いかんせん随分と暴れっぽいし何よりもモンスターを匂いか何かで誘き寄せているので非常に危険なんですよ。まあ、ビビった冒険者があまり仕事を請け負ってくれなかったので…肉壁くらいにはなるかと思って、ね?」
なるほど。
「へえ。うちの従業員を肉壁扱いと?はは、面白い方々だ。精々肉片にならんようにだけ注意しといてくださいね?お客さん。うちのは暴れだしたら止まりませんよ?」
「人を危険生物みたいな言い方するの止めてもらえます?」
たしかにこの世界に来てド定番だし冒険者になろうかと思った。まあ、なってないけど。何回かは依頼で畑を荒らすモンスター追っ払ったりしていたが。
どうやって戦ったか?決まってる、毒撒いて、不意打ち、罠貼り、当初はメタル以外に何もなかったから何かを得ようと必死になった。狩りの本や戦闘、毒、狙撃。暇な日は毎日図書館に行き知識を受け実践しての繰り返しだ。結局はヒカワに拾われるまでそんなギリギリの暮らしをしていた。
他の転生者の人達に会ったことはあるがみんな一癖も二癖もある能力を神様から貰ったそうな…しかも神様は女神様で結構可愛かったらしい。俺は見てない。多分頭部破壊されたからだと思う。しかも能力もらってない。異世界に寄生宇宙生物と飛ばされてきただけの人間が変な万能感に浸れるわけもなく、毎日仕事をこなし、暇な日は美味いもん食って寝る。まあ、前世?よりもいい暮らしはしてる。寂しいけど。
「…よし、まあいいでしょう。契約成立。期間は3日間。無事に戻って来ることを祈ってるよエンスケ君」
「俺も戻ってきたら何でも屋ヒカワになってる事を祈ってますよ」
「それは無理なお願いだな!私は鹿撃ち帽とこのコートが着たいが為に探偵を名乗っているのだからな!」
「普通にファッションとして着りゃいいじゃないですか…」
そうして今日もまたヒカワの取ってきた仕事を開始する。




