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エルス・ドラゴン



 明らみ始めた空の下、すでに身支度を整えたリティアは立ち並ぶ仲間達の顔を見渡した。 その彼女の後ろ聳え立つマナの大樹は、もはや樹木ではなく高く聳え立つ山めいた存在感だ。

 「……もうすぐ大樹に着くけど、そこには間違いなくガイム達が待ち構えているわ」

 樹海に入りガイムと遭遇してから四日間、生息する獣との遭遇戦はあったが亡霊たちが襲ってくることはなかった。 ガイムの言葉の通りに大樹の下で自分達を待ち構えているのだろう。

 「……リティア姫様、くどいようですが、やはり一度戻り援軍を連れてきた方がいいと思いますが?」

 ユグドリアの騎士のヴァン・グドールのこの意見は、すでに道中で何度か言われたものである。 相手の出方が分からないからの前進であっても、亡霊側が待ち構えているのが分かったならきちんと作戦を立てて戦力を整えるのがベストだからだ。

 しかし、それはズルだから出来ないというのがリティアの答えだった。

 どういう理由かは分からないが、ガイムは自分達との決着を望んでいるのだから、これ以上は他のヒトの力を頼ってはいけないというのが彼女の理由である。

 「ごめん……それは出来ないよ」

 だから、リティアはヴァンに対し謝る。 彼女自身もそれが一番正しく賢い選択なのは分かっている、それでも相手が真っ向から向かってくるなら自分も真っ向から受けて立ちたいと思うのだ。

 「俺もそうはしたいがな……が、こういうリティア嬢なら仕方あるまいか」

 「ですねぇ……」

 レイトとスレイも申し訳なさそうに言ってくる、それの様子はやれやれ……という風ではあっても、主の命令だから嫌々従っているというものではなかった。

 「僕はリティア姫を信じますよ、そう決めてますからね」

 リティアにただ従うという意味ではない、自分の意志で彼女リーダーの選択を尊重するという意味だ。 おかしいと思った事にはきちんと意義は唱えるし、信じると決めた事に対する責任はきちんと自分で背負うつもりだ。

 ヴァンは、そんな子供達に呆れもしたが、同時にそこまでの信頼を得ているリティアはたいしたものだなとも思えた。 何にしても自分だけ引き返すという選択肢はなく、隣国の姫を相手に力を行使し強引にいくという程に困難極まるという状況でもない。

 「仕方ないですな……ですが、私が退くと言ったら素直に退いて頂ける事が条件です、よろしいですが?」

 それが、ヴァンの大人のしての責任だ、それに対しリティア達は素直に頷いた

 

 


 不意に景色が開けた。

 リティアの瞳が見つめる先には高い崖とも山とも思える茶色い幹が聳え立っているが、そこまでの距離はまだ一キロ以上はあった。 そこまでは草は生えていても樹木は一本たりとも存在しないのが、木々がマナの大樹の領域を犯さないようにしているのではとリティアは考えた。

 「……行くよ」

 そしてゆっくりと、しかし力強く赤毛の姫が歩き出すとアディンらも後に続く。

 やがて樹海の切れ目と大樹との中間くらいあたりで、前方に数十もの影が見えてきたが、躊躇なく進んだ。

 「……来たな?」

 リティアの数倍はある巨体が口を開く。 

 ゴツゴツした黒い皮膚に覆われ、長い首の先にある頭部には二本の白い角を持ったその容姿は間違いなくドラゴンだ。 しかし、以前に対峙したリザードラゴンとは違い長くがっしりした両の足で大地に立ち、前脚も鋭い爪を持った腕となっている。

 そのドラゴンの周囲にはニンゲン大の大きさの禍々しい姿の魔物達が少女達を睨んでいた、狼やネズミ、他にも昆虫だったのだろう事だけは分かる。

 「よくもこれだけの数を集めたものだ……」

 油断なく魔物達を見返しながらレイトとアディンが剣を抜き構える、一体や二体なら十分に対処出来るであろう相手でも、この数では脅威と言うしかない。

 「……そうか、キュラッソ。 逃亡中の凶悪犯罪者の名だったか……」

 剣を構えたヴァンがエルス・ドラゴンを見据えながら言うのに、「犯罪者……ユグドラ人の犯罪者なのですか?」とスレイが尋ねる。

 「ああ、我が軍も少々手を焼いていると聞いたか……そのキュラッソの力を持った亡霊とは厄介な……」

 「ああ、今の俺はユグドラ人の戦士相手でも簡単には負けないと思うぜ?」

 エルスのその言葉は、強がりやハッタリではないだろうと思うヴァン。

 「……それはいいけどさ、ガイムはいないの?」

 マナ・ツインブレードを展開したリティアが言うと、レイトが「……何?」と驚きの声を出したのは、エルスの傍の魔物のどれかがガイムが憑依したものだと考えていたからだ。 

 「ほう? そう思うか?」

 「ガイムの気配がないんだもん、そう思うよ?」

 リティアの答えに「相変わらず……いや、更に勘が良くなったか?」と感心しながら指を鳴らせば、魔物の一角が左右に動き道を作った。

 「ガイムはこの先で……それこそ大樹の下で待っている。 お前を、リティア・リュミエーラをな」

 「……へ? あたしを?」

 予想もしなかった事態に驚くリティアの前にアディンとレイトが進み出て彼女を守るようにした。

 「どういうつもりなんだ?」

 「何と言うか……まあ、あいつにもいろいろあるらしくてな? リティアと一対一で決着を着けたいらしい」

 アディンに答える声には迷いのようなものがあるようにリティアには聞こえた。

 「笑止な! 俺達がそんな危険をリティア嬢にさせると思うか!」

 ガイムとは直接戦った事はないがエルスと同等以上の力と考えるのが妥当だろう、ならば自分達の誰であっても一人では太刀打ちは出来ないだろう。 

 「そういう事だな。 このまま貴様らを倒して、そのガイムとやらも倒すだけだ!」

 ヴァンが剣を地面に突き立てるとその手を放す、そして直後に彼の身体を闇が覆い肥大化し、それがはじけ霧散すると濃い緑色の皮膚の竜人へと変化していた。

 「ヴァンさんが竜化した、いくのか……?」

 始めてみる竜化に息を呑んだアディンは、それが戦いの開始の合図だと理解し魔物達を見据えたのは、エルス・ドラゴンの相手はヴァンの役目だという理解だ。

 しかし、次の瞬間に「ちょっと待った!」というリティアの声に、驚きと困惑の視線が彼女に集中した。 

 「エルス、もしもあたしがガイムの要求を受け入れたたら、あんたは戦いをしないでいる?」

 「……は? どういう意味だよ?」

 「あたしとガイムで決着を着けるっていうならさ、あんたとアディン達が戦う必要ないでしょう?」

 当然、仲間達からは何を言っているんだという抗議の声が跳ぶ、どう考えてもそんな必要はない。

 「……理由ならあるぜ、俺だって二回も負けた雪辱を晴らしてえからな?」

 「結構負けず嫌いなのね、あんたも……ってゆーかさ、マナの大樹を枯らすためって言わないのね?」

 言われてエルスは気が付いた、全く忘れていたわけでもないが今の自分にとってそれは大して重要なものではなかった。 そもそも、調査目的でこの地に降り立ち、成り行きで大樹の延命を阻止しようとしただけなのだ。

 「……そうだな、今の俺はその為に身体を張って戦おうって気にはなれねえな……とはいえ、このまま引き下がれねえ意地もあるってこった」

 言いながらもまだ自分から仕掛けようとしないエルス。 しかし、リティアも話し合いを終わらせようとしなければレイト達も攻撃を開始も出来ない。

 「でも、戦えばあんたは今度こそ死ぬかも知れない、あるいはレイト達の誰かが死んじゃうかも知れない。 でも、あたしとガイムで戦うなら最悪でもどっちか一人だけで済むんじゃない?」

 「リティアちゃん! そういう言い方をっ!!」

 スレイの声は、本気で怒っているときのものだった。 それが分かっても、リティアは可能な限りガイムとの対決を選ぼうと思う。

 「スレイ、レイトもアディンも、ごめんね……でも、もうきっとマナの大樹とかこの世界の運命とかじゃない気がするんだ、エルスもそうだし……きっとガイムも何か自分の気持ちに決着を着けたいだけだと思うの」

 それが何かは分からないし根拠もない、 

 「だからそのガイムに付き合おうと言うのかリティア嬢……そんな事を認めるわけにはいかん!」

 レイトも厳しい口調だ、自分の答え方しだいでは問答無用で突っ込んで行き戦闘を開始するかも知れないと思えた。 アディンの顔を見れば、彼も納得しているとは言い難い顔で見返して来た。

 「流石にリティア姫だけで戦わせるわけにはいきませんよ……どうしてもというなら、僕も一緒に行きます」

 「……何だと?」

 「アディン君!?」

 レイトとスレイだけではない、ヴァンやエルス、それに当のリティアも彼の予想外の言葉に驚きの反応をした。

 「ただ力で押し切るなら、そもそもリティア姫達がここにいる理由はないはずです。 自分達の手で最後までやり遂げたいなら、きっとリティア姫の納得のいくやり方でやり遂げるべきだと思うんです……」

 世界の運命を背負っているくせに無責任だとは思う、あるいは……いや、確実に手段としては間違っているのだろう。 でも、決闘を望む相手に力で押し切る事を良しとするのも正しいとは思えないのだ。

 「アディン君の言う事も分かりますけど……」

 絶対とはいかないにしても、リティア一人で十分に勝ち目のある相手ならスレイもレイトも止めないだろうが、月の亡霊のガイムは間違いなく彼女だけで勝てる相手ではないだろう。

 「……そうだな。 ガイムの奴が判断する事だが、こっちも無茶言ってるんだし俺はそっちの条件を受け入れていいぜ?」

 ただし、ヴァン達から攻撃してこない限りだと付け加えるのは、当然の事だろう。

 「私は断固反対したいとこですが……こうなってしまうと……」

 「ええ、リティア嬢の停戦要求をエルスは受け入れた……そのエルスを臣下の我ら攻撃は出来ませんヴァン殿……」

 それがリティアの誇りや名誉を傷つける行為となるからだ。 もちろん、レイト自身はどんな汚名を着ても彼女の命を優先するが、実行するには抵抗のある行為にはかわりなかった。

 レイトが剣を納め、スレイは集めたマナを開放してもヴァンは竜化を解かない。

 「ですが、私はエルスは信用しきれません。 ですが、奴がおかしな真似をしない限りはこちらからは攻撃しない事は約束致します」

 そんな彼らに「ありがとう……」と言ったリティアは、隣に歩み寄って来たアディンの顔を見つめる。

 「じゃあ、行こう?」

 「はい……」

 



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