大人達の想い
警備隊の隊長であるグレイ・ヴォルフが昼間から酒場にいるのは、町の見回りの途中で昼食を摂っているからだ。 そのため、体力の付きそうな肉料理はあっても酒類はテーブルの上にはない。
「今日も平和そのもの……良い事ですね?」
「……ああ、そうだな」
同席している部下のアイム・ザットが言ってくるのに答えたグレイは、「まあ、このまま世界が滅ぶまで平和ならいいがな?」と冗談めいた言い方をした。
「はぁ?……ああ、何とかの予言でしたか? そんなの当たるわけありませんよ」
「なら……いいがな」
傭兵時代からのリーダーであるグレイらしくない言葉だとアイムは感じた、ゲンを担ぐ様な事あっても、予言やら占いを信じるような素振りをこれまで見せた事はない。
「星が墜ちたと思ったらリザードラゴンがやって来て、それをリティア姫さんが倒しちまう……更には姫さんの使いとしてオークやゴブリンまでやって来る始末だぜ?」
確かにそんな気もするが、何もなくてもそういう事を普通にやってしまいそうなイメージをアイムは持っていた。
「……だとしてもです。 例え世界が滅ぶとしても、それを何とかしてしまうのがリティア姫な気がしますけどね……」
部下のあまりにも普通な言い方にすぐには意味が分からなかったが、「……なるほどな?」と笑ったグレイであった。
同じ頃、宿場町の近くにある森のにある古い小屋の中に、オークのオーバ達はいた。
「……兄貴、俺達いつまでここにいるんですかい?」
弟分のカーダの問いに、「さてな……」と答えるオーバ。
グレイ・ヴォルフの教えてくれたこの小屋は、かつては木こりが森で作業する時の拠点だったらしい。
「しっかし……リティア嬢ちゃんも人が良過ぎだな……」
どうやら手紙の中にはオーバ達の落ち着ける場所があったら教えてほしいともあったらしい、ずっといるわけにもいかないだろうが次にどうするかを決めるまでの寝床としては悪くなかった。
オークと人間は決して仲が良いわけではなく、しかも自分達はリティア達に対して襲撃を仕掛けて敵対したのである。 彼女がこの国の姫である事を思えば殺されてもおかしくもないとは、亜人のオーバでも分かる。
月の亡霊も襲撃のような事態があったにせよ、今のこういう状況は本当に妙な事になっているとは思えていた。
夕焼けに染まる空を見上げる青い髪の女性、アクア・ジーニアスがいるのは城のテラスであった。
「……いつだったかしら……」
かつてこの場所で弟子のような存在である少女にノースト・ラダムスの予言の話をした事だ。 その時のアクアは、予言など本気では信じてもいなかった。
「今、こうして予言の通りになって、それをあの少女が……リティアが世界を救いに行くことになる……」
そのリティアが目指しているだろうマナの大樹を見つめる、どうにか木だと分かる程度にしか霞んで見えない大樹の姿は、あの時とまったく同じ姿だった。
アクアも多少は戦いが出来ないわけではない、しかし書物を調べ情報を集める事こそが自分の役目だと考えている。 だが、それで大した成果を得られないでいれば、すぐにでも彼女らの元へと行き戦いに参加した方がましなのかという想いも過らないでもなかった。
「子供達の無事を祈るのが大人の役目とは思いたくないわね……」
マナの大樹に向かい祈っていたソシエ・ランディールは、「……アディンが心配か?」という夫の声に振り返る。
「子供を心配しない親はいませんよ?」
「そうだがな……」
オデル・ランディールも一人息子の事は心配ではあるが、同時にどこか誇らしく思うという気持ちも存在していた。 男なら一度くらいは大きな仕事をやり遂げてほしいとうのは、自分が母親ではなく父親だからだろうと思う。
もっとも、そのオデルもアディン達が月の亡霊を相手にしているなどとは想像はしていない。 危険なのは道中に遭遇する野盗や獣くらいだと思っていた。
「まあ、あの噂のリティア姫様が一緒なんだ、そう滅多な事もないだろう」
「確かにリティア姫様ならば信頼できると思いますが……」
ソシエもリティア本人を直接は知らないし、噂のすべてが真実でもないのは理解している。 それでも彼女にそう言わせるのはリティア……いや、クロウの代からのいろいろな積み重ねがそうさせているのだ。
日が落ちてもマナを使った照明器具のお陰で街には人通りもあるし、ましてや酒場となれば夜になってからかき入れ時だ。
そんな酒場の一軒にダン・ヴィヨンドとリリム・チコットはいた、今日の仕事も終わり二人で飲みにやって来たのである。 互いに相方のある身ではあるが、長年の親友としての絆は変わる事はない。
「……しかし、クロウの奴も我慢強くもなったもんだぜ?」
「そりゃね、クロウ君だって王位に付いて何十年だと思っているのよ?」
仕えるべき王を奴だの君付けで呼んでいるのは、彼らにとってはクロウ・リュミエーラは王である以前に親友だからである。
「……とはいえ、今回ばかりは流石に私も心配にはなるわねぇ……」
娘のスレイのことだけではもちろんない、レイトやリティアもまた自分の子供も同然だと、リリムは思っていた。
「お前は心配性だな……と言いたいが、流石にな?」
ダンも息子やリティア達の強さは理解しているが、今回は相手が相手だけに彼らの手に負えるかどうかの不安は、ダンにもあった。 今すぐにでもユグドリアに向かいたい衝動にかられないでもないが、ソレイユ国内ならまだしも王であるクロウの命令なくして勝手に他国へ向かうわけにもいかない。
「まあ、ユグドリアのバッシュ・ドラグナ王の目は確かなはずだ、見込みがないと判断したらリティア嬢ちゃん達に無理はさせねえだろう?」
リリムは「そうね」と答えながら過去にあったバッシュの姿を思い出す。 王というより生粋の武人という雰囲気を醸し出しながらも、王としてわきまえるべきことはわきまえており時に冷徹な計算も出来そうだという風に感じた。
クロウも似たような人物像だが、彼の場合は冷徹な計算とか非情な判断といういうものが出来ないのである。 それは王としては欠点ではあるのだろう、だがそういうクロウだからこそ今もこうして傍にいるのがリリムやダンなのも事実だった。
「しかしなリリム、子供だっていつまでも子供じゃいられねえからな。 あいつらを信じて見守るのも大人の……親の仕事だと俺は思うぜ?」
やっぱり無理だと泣きついてきたら、その時は助けてやればいいのだとダンが言うと、「あの子達が泣きついてくるなら……ね?」と笑うリリムであった。
クロウ・リュミエーラは決して要領が悪い人物ではないが、悩みごとが多くなれば日常の業務といえど効率が低下し、結局はこんなに遅い時間まで執務室に籠る事になってしまっていた。
「お疲れ様……」
妻であるミトラ・リュミエーラが紅茶の注がれた陶器のカップを机の上においてくれたのに、「……ああ、すまんな」と礼を言う。
「……まったくな、リティアもせめて詳細な報告をしてくれればな……こっちも動きようもあるというのにな……」
確かに世界が滅ぶがどうかの危機ではあるが、大人が器用に立ち回ればそれほどに危ういという状況ではない。 この場合はリティア達がアディンという少年の警護をユグドリアに要請すれば、絶対はありえないとしてもほぼ解決したも同然だろう。
そうしている可能性もゼロではないが、親の勘とでもいうべきはそれはないだろうなと分かってしまう。
そもそも、月の亡霊と遭遇した時点で引き返しても良かったのだ。 それほどの事態になっても大人を頼ろうとしなかった娘達には呆れと憤りも覚える。
「いつまでも子供のままでいたくない……そう思うのが子供なんでしょうね?」
リティア達も大人を信用してないわけはないだろし、大人に頼るのを恥とは思ってはいないはずだ。 ただ自分達でも出来るはずだという想いがそうさせるのだろうとミトラは考える。
レイトやスレイにしても、心のどこかでそう思っているからこそリティアの無茶を止めきれないのだと思う。
「子供の時は早く大人になりたがり、大人になれば時に子供に戻りたくもなるか……それも妙なものよな?」
今回のような場合には子供の時のような多少の無茶は出来る立場になりたいという意味だが、クロウも大人である事に疲れてそんな風にもう事もないではない。 ニンゲンとしての弱さがそんな風にない物ねだりをさせるのも仕方がないのだろうと思うが、素直に肯定できる感情でもなかった。
「……だが、親にとっては子供はずっと子供だし、子供にとっては親はいつまでも親である事は変わらぬ……いや、変えることなど出来んからな?」
だからこそ、リティア達には生きて帰って来てほしいと願うのであった。




