樹海
「……これはすごいわねぇ……」
無限にどこまでも続くかのように深い樹海、しかし、その先ある天まで伸びているかのような巨大な樹こそがリティア・リュミエーラ達の辿り着くべき目的地だ。
「ヴァン様はここの立ち入られた事はあるのですか?」
スレイ・チコットの問いに「……いや、初めてですね」と答えたヴァン・グドールは、結局マナの大樹までの同行を申し出た。 自分達の力でやり遂げたいと言った手前、少し躊躇もしたリティアではあったが、「誰かに任せる事と、必要な時に誰かの力を借りるのは違うのだよ」というレイト・ヴィヨンドの言葉に従った。
「……行きは大樹に向かって真っすぐ行けばいいけど……帰りはどうするんです?」
アディン・ランディールが不安そうに言う、良く知る村の近くの森ですらうっかりすると迷いそうになることもあるのだ。 マナの大樹を救っても自分達が生きて帰れなくては何の意味もない。
「……考えてなかったのかね……?」
「あたしもスレイも目印を付ける魔法は使えるんだけど……」
リティアが言うのは、深い森などを探索する際に迷わないように使用者にしか感知できない目印を置く魔法だ。 置ける数に限度はないが、設置の際に込めたマナを使い切ると消滅してしまうし、他者がそれを探知する魔法もあるにはあるので今回のように誰かに追われる立場では安易には使えない。
もっとも、マナが弱点という月の亡霊の特性上は彼らが魔法を操れるとも思えず、今回はその危険は低い。 なので、問題は目印が消失前に行って戻って来れるかだ。
「往復だけならギリギリ行けるか行けないかですけど……」
「向こうで何があるかは分からないからな?」
レイトに「そういう事ですね?」と頷くスレイ。
そんな少年少女達のやり取りに、ヴァンは肩を竦めながら自分が同行して正解だったと思う。 行き当たりばったりとは言えないが、知識も不足してるし考えも足りていないところもあるようだ。
呆れもするが、それが必ずしも悪い事ではなく、ヴァンもそんなリティア達に好感を持ちもする。
「……つまり……それが若さだな……」
呟きながらヴァンは自分の荷物から小さな円形状の物体を取り出した、子供の掌に乗るくらいのそれは透明な蓋がしてあり、中には数字が刻まれれる。
「リティア姫様、これを持って軽くマナを込めてみてください」
言われた通りにしてみると、0~11まである数字の”0”が赤く光る、手を少し移動させると、今度は2が光る。
「これは……?」
「マナ・コンパスという道具ですよ、この光は常にマナの大樹のある方角を示しています……そして私達が来た方角は6時の方向……」
「成程……これがあれば樹海で迷う事はない……しかし、こんなものがあったとは……」
レイトが少し悔しそうなのは、彼も自分の知識はそれなりのものだという自負があったからである。
「国家機密……まではいかないにしてもマナの大樹の防衛という観点においては重要な秘密ではありますからな?」
「どういう事……?」と首を傾げたリティアとアディンに説明したのはヴァンではなくレイトである。
「樹海といういわば天然の迷宮は大樹を守る上では重要という事だ、その存在だけで悪意を持った者の侵入を防げるのだからな? しかし、マナ・コンパスの存在はそれを容易にしてまう」
白髪の剣士の理解の速さにヴァンも驚く。
「そういう事ですよ、製造法はともかく存在自体は秘密でもないんですが……まあ、あえて公表するものでもないですからな」
そういう事かと理解したリティアがコンパスを返そうとすると、「それは姫様達が持っていた方がいいでしょう」と言ってきた。
「でも……」
「この先は何があるか分かりません。 私は一人でも何とか出来ますが、あなた方は私と逸れたら樹海で迷子になってしまうでしょう」
それは正しいし、彼の好意はありがたい。 しかし、絶対にする気はないが自分が失くしたと嘘を吐きコンパスを奪う可能性だってあるだろう。
だから、ヴァンのこの行為が彼の責任問題になるのではないかと心配する。
「確かにそれはありますがね?」
ヴァンはあっさりと肯定しながらも、リスクを負ってでもマナの大樹を守るのが最優先事項なのだと説明する。
「……つまりマナの種子を持つアディン君が大樹へと到着出来る可能性を上げるため……という事ですね?」
眼鏡のレンジ越しにめるメイド少女の瞳には、ヴァンの真意を探ろうとするかのような鋭さがあった。
「そういう事です。 ならばアディン君が持ってた方がいいのですが、彼は一般市民ですからな……リティア姫にお預けするのがギリギリというところでしょう」
「でしたら、そのリティアちゃんの判断で私が預かるのは問題がないという事でしょうか?」
意味が分からずに「どういう事ですかな?」と聞き返す。
「信じられないでしょうけど……リティアちゃんはいざ戦いとなるとすぐに前に出てしまいます。 私は基本的に後方で援護なので、私が持っていた方が紛失の可能性は低いでしょう」
そう言われるとリティアは口を挟めなかった、そもそもスレイには魔法のポケットがあるのだから、その意味でも適任ではある。 「……確かにそうだがな」とスレイの同意するレイトの声には、躊躇が含まれているように聞こえた。
「適任というものもありましょうから構いませんが……」
彼女の言い分を認めようとしたヴァンの声は「……少し変じゃないです?」というアディンの声に遮られた。
「何と言うか……レイトさんやスレイさんはリティア姫の事をいつも一番に考えていました、そのスレイさんならリティア姫がコンパスを持っていた方がいいと思うんじゃないかって……?」
ギョッとした表情になったスレイが「どうしたなの?」と問う。
「えっと……だって僕らが都合よく四人一緒で迷子になるって限らないでしょう? それこそバラバラなった時を考えればコンパスがあった方が絶対に助かる確率高いはずだし……」
スレイが自分だけ助かろうと思っているというのは、そんな発想すら今のアディンにはない、旅をしていた期間は短くてもそれは理解していた。
「えっとね、アディン君。 絶対にないってわけでもないけど、ユグドラ人のヴァン様までいてそんな事態になる可能性はかなり低いでしょう? だから、あくまでヴァン様と”私達”が逸れた時くらいでいいんですよ?」
筋は通っている気はするのだが、まだ腑に落ちないアディンだ。
「おそらくは紛失の際の責任を気にしているのかね?」
しばし話の流れを見ていたヴァンが口を開き、彼に視線が集中した。
「大樹の安全にかかわる程の道具だ、失くせばリティア姫の責任が問われるでしょう……しかし、スレイさんが持っていたなら、その一番の責任は自分になり処罰を受けるにしても自分だけで済む……というところですかね?」
だからアディンにとも言えなかったのだろう、彼はあくまでも一般人なのだから。
驚きの表情になるリティアとアディン、「……ヴァン殿、言ってしまわれるか……」と苦虫を噛み潰したような表情になるレイトだ。 当のスレイは否定も肯定もしないでただヴァンを見据えている。
「ダメだよ! だったらこれはあたしが持つ! スレイにそんな事させないからねっ!!」
マナ・コンパスを握りめながらスレイに向かって言うリティア。
「……だが、まぁ、そこまで心配はしなくてもいいでしょう。 確かに建前的な責任問題もあるので姫様に預かってもらうと言ったわけですが、樹海内で失くしてたとて悪意ある誰かの手に渡る可能性などほとんどないでしょう」
紛失時の状況もあるが、マナの大樹を守るべく行動した結果なのであるから、せいぜい自分が上司に説教を受けるくらいだろう、そもそもリティア達の行動を容認した時点で最終的な責任はすべて守護国の王であるバッシュ・ドラグナが負う事になるのだと説明する。
「だから、君達は目的を果たす事だけを考えてればいいのですよ。 子供の行動を大人が承認したという事は、結果がどうなろうと最後に責任を取るのが大人の役目なのです……それが大人というものですからな?」
最後に、「まぁ……辛いところではありますがな?」と苦笑するヴァンである。
誰でも彼でもというわけではない、リティア達は真っすぐで信頼できるだけの実力があり責任感も十分と認めたからバッシュも彼女らの行動を容認したのだろう。
しかし、責任感が先行し過ぎて行動が制限され過ぎてしまうと却って失敗してしまうものだ。 だからこそ今は大人が責任を持つ事で子供達のやりたいようにやらせてみるべき時なのだ。
見ると、リティアは何かを考えている様子で、アディン達は彼女の言葉を待っているようだった。
「……なら、このマナ・コンパスはスレイに預けるね。 ただし、万が一の時はすべての責任はあたしがとる事をリティア・リュミエーラの名において宣言する」
主君の差し出したコンパスを受け取ったスレイは、溜め息を吐いてから苦笑した顔を見せる。
「まったく……こういう時だけはお姫様らしい言い方をしてみせて……」




