大樹の下へ
「何を考えているのですか陛下っ!!」
バッシュが滞在の間使っている部屋に、クアンの怒鳴り声が響く。
窓の外の景色を眺めていたバッシュは、「どうもこうも言った通りだ」と彼を振り返った。
「リティア姫達の実力は認めましょう。 ですが、彼女らだけで大樹へ行かせるなどリスクが大きすぎます!」
「中途半端にうちの連中を加えてもな、あいつらのチーム・ワークの邪魔になるだけかも知れないからな? なら、四人で行かせた方がいいだろう?」
戦いが数だけで決まるならリティア達はウーマ達には勝てていない。 また、生け捕りにしようというハンデを加えれば個の力でも優位となる程でもないだろう。
「しかし……危険な賭けになりましょう……」
ユグドリアの戦士とて決して素人集団ではないのだから、百パーセントでないとしても成功率なら彼女らに任せるより高いだろう。 要するに若い奴らがやる気を出してるならやらせてみようであるが、守護国の王としての建前があるのでそれらしい理屈を並べているに過ぎないのである。
バッシュ・ドラグナは間違いなくユグドリアの王としての重責を受け止める器や責任感はあるが、その一方でそれは自分のやりたいようにやるという面も持っているのだ。
「まあな? だが決してゼロでもない」
バッシュも月の亡霊と戦った経験はないが、伝承の通りなら並みの人間が幸運だけで勝てるような相手でもない。
「それにな? マナの大樹は自分の寿命が尽きるって言ってたらしいぜ?」
「それが何か?」
「つまりだ、動機は分からないが大樹は定められた運命に逆らおうって言ってるんだ、つまりは我がままだな?」
大樹ですら我がままをしようというなら、リティアの我がままを守護者の王として認めてもいいだろうという判断も、バッシュにはあったのだ。 それを言うと、「リティア姫の我がままですか?」と聞き返してきた。
「あいつらが求めてきたのは樹海への立ち入り許可であって、ユグドリアへの協力要請じゃなかった。 なら、自分達の手で最後までやり遂げたいって事だろう?」
それが世界を危険に晒すかもしれない行為と理解出来ないはずもない、それでもそうすると決めてやって来たからこその”立ち入り許可”なのだろう。
「……とはいえだ、子供ががんばろうってんなら大人もただ見てるわけにもいかないだろうな。 クアン、今すぐ動ける奴らだけでいいから月の亡霊の捜索部隊を編成しろ」
「しかし……」
そんな急場の対応で意味があるとはクアンには思えない。
「そうだ、しかし……だ。 やっこさんらが国内に潜入していたとして発見できる可能性は数パーセントだろう……が、何もしないでいればゼロなんだから?」
確かに世界の運命がかかっていれば、やれる事をやっておかないという手はない。
そう思えたクアンは、「承知いたしました」と頷きバッシュの部屋を出て行った。
「……しかし、親が親なら子も子ってやつかね?」
バッシュが思い出すのは七年ほど前にソレイユを訪れた時の事だ。 王城でクロウらと対面した後にソレイユ国内のいくつかの場所をクロウらと訪問した、その時にダン・ヴィヨンドやリリム・チコットらとも顔を合わせている。
その途中で立ち寄った村で、近くに危険な野盗集団が出没し困っているという話を聞いたクロウは、何とダンとリリムだけを連れて討伐に向かったのであった。 その理由は、この事態は早急に解決する必要があるが、他国からの来賓のための護衛の戦力を割くわけにはいかないからだという。
そして彼らの自信は口だけではなく、数人は取り逃がしたものの二十人以上はいた野党団のほとんどを捕らえてしまったのだ。 噂に聞いた事もありはしたが、クロウ・リュミエーラの実像とは噂以上だったと感心したものだった。
これが、バッシュが出会った王の中ではクロウが一番に印象に残っている理由だった。
「まあ、お前らの我がままは認めてやるよリティア……でもな、大人って奴は案外ずるいし、お節介なんだぜ?」
翌朝、バッシュの用意してくれた馬車に乗りマナの大樹のある樹海に出発した。
もちろん、他国の来賓を乗せるような装飾の施されたようなものではなく、一般市民の足になっている質素なものである。
「……順調に行けば明日の昼から夕方くらいには到着するでしょう」
ヴァン・グドールと名乗った御者はもちろんユグドラ人であるから人間より能力は高いが、それだけではなくきちんと訓練さされた者だとリティア達には感じられた。 月の亡霊の襲撃の可能性は知っているがリティア達の目的は聞かされてはいないし、聞いてはいけないと言われてるとの事だ。
「その樹海ってどういうところなんですか?」
アディンがヴァンに尋ねてみる。
「樹齢数百年は超える樹木が立ち並ぶ広大な場所です、道らしい道もなく姫様方が徒歩で行くのはかなりきついでしょうな」
確かに大樹に害をなそうとする者が近づきやすくする必要はないだろうが、それは人間だけではないだろう。 現に月の亡霊なら鳥などの飛行する生物に入り込み容易に接近してしまうだろう。
更にアディンが質問してみると、「な~に、心配無用です」と自信たっぷりに返された。
「竜化したユグドラ人は飛行能力も有するのだ、しかも鳥よりもずっと早く移動できると聞く」
そう言うレイトにヴァンは「そういう事です」と頷く。
聞けば聞くほどにとんでもないヒト達だなとアディンは思う、味方にすれば頼もしいが敵になったら絶望的なほどに勝てる気がしない……と、考えてアディンは、次に思い付いたことにゾッとなる。
「……そうなるとですよ? もしもエルス達がユグドラ人に入り込んだら無敵って事になりませんか?」
リティア達はその発想にギョッとなりヴァンへと視線を集中させた、そう都合よく遺体があるとは限らないが、まったくありえない話ではない。
少し考えこんだヴァンは、「…………ありえないとは言えませんね」と慎重な言いようながらも肯定した。
ユグドラ人の死者は火葬とされるのは、今でこそ昔からの習慣と化しているが、起源はまさにその危険を回避するためだったと聞いた事があった。 その意味では考えにくい事態とも言えたが、一般市民が何らかの事故に遭遇し遺体が行方不明になるという事態も長い歴史の中ではない事もない。
馬車の中を重苦しい空気が包む、殺す気がなかったとはいえ野盗レベルでも手こずるのであるから、フルに力を発揮したユグドラ人と同等の存在など倒せるとは思えない。
「……だとしてもよ!」
その空気を吹き飛ばさんばかりの少女の力強い声が響き、皆が彼女を見やった。
「ここまで来て引き返せないわ、そうでしょう?」
そもそも、それも可能性の話でしかないのであれば、進むのを止める理由にはならない。 自分達が背負っているのはこの世界の運命なのだから。
「……だな? それでやめるなら最初からここには来ない」
「ええ、そういう事ですね」
レイトもスレイも怖くないわけではない、しかしリティアが命を懸ける時と判断し行動するなら、自分達もその彼女の為に命を懸けるだけだ。
「まあ、僕はどうしたって前に進むしかないですからね」
アディンの表情には怯えこそあったが、迷いはない。
「……元気があるのはいいですが」
そこへヴァンが割って入ってくる。
「我らユグドラ人は決して甘い相手ではない。 だからな、そうなったら迷わず逃げなさい……いや、素直に逃がしてもくれないだろうが……」
彼にはリティア達の自信は、子供の楽観にしか聞こえない。
「とにかく、死んだらそこで終わりだが生きていればチャンスはまだあるのですから、君達みたいな若者が命を無意味に捨てる事はない」
彼女らの様子を見ていれば、おそらくは国、あるいは世界そのものの危機ではないかとヴァンは思う。 リティア達の言動にはそれくらいのものを背負っているだけの覚悟を感じたし、ソレイユに墜ちた星とノースト・ラダムスの予言の事も知ってもいた……というか、この任務を受けた際にバッシュが世間話でもするかのような口調で言っていたのだ。
「うん、あたし達は死ぬ気はないよ。 アディンもレイトもスレイもね?」
三人が当然という風に頷いたのを見たヴァンは、「……まったく、陛下もお人が悪い……」と小さく呟いたのであった。 馬車を操る技術に優れた騎士であるために自分がこの任務を与えられたものと考えていたが、どうやらそれだけでもなかったようだ。
ヴァンには、「俺は命令はしないがな、ヴァン・グドールの奴がリティアに手を貸すのは自由だからな?」と言っているのが、確かに聞こえていた。




